第16話

 ユウトに対する詮索せんさくは、いったん落ち着くどころか、徐々にエスカレートしていった。


『舞原さんとデートしたってマジ⁉︎』

『手はつないだ? キスってまだなのか?』

『舞原さんの髪って、どんな匂いがするの〜?』


 ヒマと体力を持て余した男子にとって、学園のアイドルに関する情報は、大好物なのだろう。


 教室を移動するときなんか、ずっと付きまとわれて、トイレの中でも質問された。


「舞原さんって、実は処女なんだろ? 俺にだけ教えてくれよ、なぁ、早瀬」

「あのなぁ……」


 リンネのこと、尻軽とかビッチとかこき下ろしていたくせに。

 気になって仕方ないのが本音らしい。


「未経験かどうかは知らん。でも、舞原さんは普通にいい子だよ。本当に。考え方がしっかりしているし、男をもてあそんで楽しむような人間じゃない」

「随分と肩を持つじゃねえか。さすが、彼氏」

「うるせぇ……」


 ふと廊下でマミを見かけた。

 一瞬だけ視線がぶつかったが、すぐにらされてしまう。


 明らかな拒絶きょぜつ

 小学校からの知り合いなんだし、心の壁をつくられると複雑だ。


 彼女ができるって……。

 楽しいことだけじゃないんだ。


 次にマミの声を耳にしたのは放課後だった。


 日本文化部に割り当てられた和室があり、障子戸しょうじどに手をかけようとしたら、中から部員たちの会話が聞こえたのだ。


「早瀬先輩に彼女ができたって噂、本当なんだ?」

「うん、2年生の舞原先輩らしいよ」

「ああ……美人さんだよね」


 聞き捨てならないのは、そこから先。


「私、朝比奈先輩と早瀬先輩が付き合うと思っていたのに」


 ユウトの喉から、えっ、と声がもれる。


「そうそう」

「小学校からの知り合いだし」

「下の名前で呼び合っているもんね」

「素敵だよね。恋愛小説みたいな幼馴染の関係」

「この部活に早瀬先輩を誘ったのも、朝比奈先輩なんだってさ」

「へぇ〜」


 朝比奈先輩は美人だとか、メガネを外したらヤバいとか、マミに対する褒め言葉が出てくる。

 暗に自分がディスられたような気がして、ユウトの胸に黒い雲が広がった。


「どうして早瀬先輩、舞原先輩を選んじゃったのだろう?」


 違う。

 そうじゃない。

 2人を天秤てんびんにかけたわけじゃなくて……。


「あなたたち、おしゃべりは準備が終わってからにしなさい」


 後輩をたしなめるマミの声がした。


「でも、朝比奈先輩はいいのですか? 早瀬先輩と舞原先輩が付き合っても?」

「いいもなにも……ユウトが誰と付き合おうが、私は一切干渉かんしょうしないことにしている」

「そうじゃなくて、朝比奈先輩は早瀬先輩のこと、好きじゃないのですか?」


 次に聞こえたのは、大きなため息。


「そういう目で見られない。私たちは単なる幼馴染だから。好きとか嫌いとかじゃなくて。ベストな距離というものがある。そういう関係なの。恋に落ちるだけが、男女じゃないでしょう」

「さすが部長!」

「大人です!」


 あはは……。

 単なる幼馴染だってさ。


 ヤバい。

 これは完膚かんぷなきまでの失恋だ。


 マミにその気はないどころか、未来永劫ないってことが分かった。


 自惚うぬぼれ。

 舞い上がり。

 50%くらいチャンスがあると思っていた自分が恥ずかしい。


 辛いって言葉じゃ足りないくらいの痛さ。

 目の奥が熱すぎて、感情がこぼれそうになる。


 ユウトはスマホを取り出すと、


『急にお腹が痛くなってきた。食当たりかも……。申し訳ないけど、今日の部活は休む! 次回はちゃんと参加するから!』


 とマミにメッセージを送ってから、やってきた道を引き返した。

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