第8話

 校門までやってきたとき、ありえない人影が視界に飛び込んできた。


 きれいな黒髪が風にそよいでいる。

 ガラス玉のように澄んだ目は、ぼんやりと黄金色の空を見つめていた。


 心臓がトクトクと鳴る。

 いったい、何分待っていたのだろう。


 アンニュイな表情からは、近寄りがたいオーラが放たれている。

 でも、美人すぎる裏返しといえば、あながち悪いこととはいえない。


 野暮ったい眼鏡すら、彼女の魅力を消しきれないのだ。

 あるいは顔立ちの良さを隠したくて、わざとダサい眼鏡をかけているのだろうか。


『先に帰ったはずなんじゃ……』というセリフをユウトは飲み込んだ。

 そんなことを告げたら、例の場面を盗み見していた、と白状するみたい。


「誰かを待っているのか?」


 つぶらな瞳がこっちを見た。


 マミは何も答えない。

 その代わり人差し指を向けてきた。


「はぁ? 俺?」


 振り返ってみたが、近くにはユウトしかいない。


「まだ下駄箱に靴があったから。ユウトが校舎に残っていると思って」


 一瞬のデジャブがあって、小学生の頃もこれと似た場面があったのを思い出す。


 ユウトが先生に叱られて。

 ペナルティとして放課後に掃除をやらされて。

 1人でトボトボと帰ろうとしたら、校門でマミが待っていた。


「変なの。俺に用事があるならメッセージの1本でも送ってくれたらいいのに」

「それじゃ、味気ないから」

「でも、俺が別の門から帰ったら、どうするつもりだったんだよ」

「…………」

「考えていなかったのか」


 小バカにしたつもりはなかったけれども、マミは恥じらってうつむいた。

 ささいな表情の変化が、なぜか愛らしいと思ってしまう。


 2人は肩を並べて歩いた。


「……」

「…………」


 マミは何も話しかけてこない。

 あるいは用件をど忘れしたというのか。


「あのさ……」


 交差点の信号に引っかかったタイミングで、ユウトは首の後ろをかきむしった。


「俺に直接伝えたいことがあったんじゃね〜の?」

「あ、そうだ、忘れないうちに」


 マミはカバンに手を突っ込んだ。


「はい、これ」


 小さい封筒を差し出してくる。

 カラフルなデザインで、中には図書カードが入っていた。


「少額だけれども、誕生日プレゼント。当日に渡しちゃうと彼女みたいだから、わざとずらした」

「おう……サンキュー。ありがたく使わせてもらう」


 最初に誕生日プレゼントを贈ったのはどっちだろう。


 もらった方がお返しをして。

 お返しをもらった方が、さらにお返しをして。

 卓球のラリーを続けるみたいに毎年送り合っている。


 示し合わせたわけじゃないけれども、1,000円以下で選ぶ、というのが暗黙のルールだ。

 ちなみに前回は、ユウトからマミへ、喫茶チェーンで使えるギフトカードを贈った。


 恋人だったら気合いの入ったプレゼントを用意するのだろう。

 1,000円以下という気軽さは、友達の距離に近いと思う。


「あの噂、だいぶ広まっちゃったみたいね。どう? 平気?」

「平気も何もプレッシャーだよ。昨日の今日だし、ショウマについて特別詳しいわけじゃないし」

「かなりお疲れね。いつもより髪がボサボサ」

「1年で一番疲れた。帰ったら寝たい」


 交差点を渡っているとき、向こうから双子らしい小学生男子が走ってきて、マミにぶつかりそうになった。


「うわっ! すみません!」


 ぺこりと頭を下げて去っていく。


 もし、ショウマが養子に出されていなかったら……。

 自分たちも追いかけっこをしていたのかと、センチメンタルなことを想像してしまう。


「昨日までの自分に戻りたいとか思ったりする?」

「まさか。でも、ショウマとの関係はマミ以外に知られたくなかった。なんか自分が自分じゃないみたいでさ。発覚するにしても、今回のバレ方は急すぎた」

「チヤホヤされるのは悪いことじゃないでしょう。1回きりの高校生活なんだし、冒険してみるのもアリじゃないかしら」

「それはそうなのだけれども……」


 動かないで、とマミがいう。

 白い指が伸びてきて、ユウトの頭についている葉っぱの欠片かけらを取ってくれた。


「おう……すまん」

「ううん。ほとんど毎日会っているから意識しなかったけれども、ユウトの背、大きくなったね。小6くらいまで私の方が大きかったのに」


 今では逆にユウトの方が10cm以上大きい。


「まあ、俺は男だし」


 胸の奥がキュンとして、おかしな欲求がもたげた。

 マミの頭を無性にナデナデしたくなったのである。


 油断している。

 今なら隙だらけだ。


 怒られるかな?

 チラッと考えてみたが、ユウトの手はすでに伸びている。


「なっ⁉︎」

「目線がマミより高いと、気持ちいいと思ってね」

「ちょっと⁉︎」

「別にいいじゃん。減るものじゃないし」

「セクハラ!」


 向こうずねを蹴られたけれども、そんなに痛くない。


「次やったら、殺す」

「はいはい」


 これと似たやりとり、小学生の頃もあったな。

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