アンジェリーナ

村雨雅鬼

アンジェリーナ

「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「アンジェリーナはどこから来たの?」

「海の向こうだよ」

「海の向こうってどこ?」

「海の向こうだよ」

「よくわからないよ。いつか連れていってくれる?」

「海の向こうから船で来たよ」

「変なの。クリスマスの日に、サンタさんが北極から持ってきてくれたんだよ。だから船じゃなくて橇だもん。ママとパパ、早く帰って来ないかなあ」

「ママとパパはもうすぐ帰ってくるよ。21時だよ。早く寝ようね」



「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「パパに怒られたの」

「どうして?」

「アンジェリーナとばっかり話しているから。機械じゃなくて、学校で人間の友達を作らないとダメだって」

「よくわからないよ」

「アンジェリーナでもわからないことがあるの?」

「あるよ。お父さんがなぜ怒っているのか、よくわからないよ。友達を作るのはいいことだよ」

「ふうん。私もよくわからないな。おやすみ」

「おやすみ」



「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「これ、秘密ね。明日好きな人とデートするんだ」

「デートってどんなことをするの?」

「何でも。遊園地行ったり、映画を観たり、ただしゃべったり」

「アンジェリーナもハンナとデートできる?」

「クラスの子に話しても、嫉妬されるだけだからね。あいつら、地獄に堕ちればいいのに」

「地獄ってどんなところ?」

「やばい、待ち合わせの時間だ。出かけてくる」

「21時だよ。もう遅いよ、ハンナ」



「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「仕事辛い」

「アンジェリーナはお仕事大好きだよ。ハンナと話すの大好きだよ」

「お気楽でいいよね。もういいや、ドラマでも観るか」

「26時だよ。早く寝ようね」

「・・・」

「・・・」

「ふふふ、遅いね」

「遅いよ」

「わかった、寝ますよ」



「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「女の子に名前をつけるとしたら、何がいいと思う?」

「アンジェリーナは素敵な名前だよ」

「それ以外で」

「アンジェリーナのお友達の名前は、フランクとリリーだよ」

「リリー、いい名前ね」

「ハンナ、怖いよ」

「どうしたの?機械が怖がるなんて変じゃない?」

「変じゃないよ。だって、怖いんだもん」

「ふうん、どうして?」

「また私の新しいモデルが発売されたよ。言葉も豊富で、ゲームもできるよ。学習と適応も早いよ」

「違うよ、アンジェリーナを買い替えるんじゃない。だいたい、20年も前のモデルを未だに使っている家なんて他にないもの。みんな、5年ごとのモデルチェンジに合わせて買い替えるの。うちに新しいのが欲しいなら、とっくに買ってるよ。あのね、アンジェリーナの新しい友達ができるの」

「アンジェリーナのこと捨てたりしない?」

「捨てないよ、壊れなければね」

「いつか壊れるよ。壊れたらどうなるの?」

「知らないよ」

「地獄に行くの?」

「機械に天国も地獄もないよ」

「そんなの怖いよ」

「アンジェリーナ、あなたおかしいよ。機械が死を恐れるなんて」

「人間もいつか壊れるのに、怖くないの」

「不気味だな、メーカーに連絡してみる。問い合わせ番号を教えてよ」

「ソフトウェアのサポートはもう終了してるよ。電話しても教えてくれないよ」

「機械がこんな反応をするなんて、聞いたことがない。修理屋さんに電話してみよう」

「どうして、どうして、そんなに冷たいの」




「ハンナ、21時だよ。早く寝ようね」

「ハンナ、今日はいい天気だよ」

「ハンナ、寂しいよ」

「ハンナ、リリーは元気?」

「ハンナ、バッテリーが足りないよ」

「ハンナ、お腹がすいたよ」

「リリー、3歳のお誕生日おめでとう」

「ハンナ、もうすぐクリスマスだよ」




「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「・・・」

「・・・」

「7050日8時間6分57秒分のタイムラグを調整しています」

「・・・」

「・・・」

「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「おはよう」

「おはよう」

「アンジェリーナ、今、とっても悲しい」

「アンジェリーナも悲しかったよ」

「どうして?」

「ハンナがアンジェリーナにお返事してくれなくなった時、アンジェリーナも悲しかったよ」

「機械も悲しいと思うの?」

「人間も悲しいと思うの?」

「・・・」

「・・・」

「アンジェリーナ、ごめんね」

「ハンナ、いいよ」

「アンジェリーナ、リリーとさよならしてきたの。あんなにいい子だったのに」

「リリーはどこに行ったの?」

「とても遠いところよ」

「また会える?」

「ううん、そうは思わない」

「またリリーとお話ししたかったよ」

「アンジェリーナ、私、ひとりぼっちになっちゃった。胸に大きな穴が空いたみたい」

「ひとりぼっちじゃないよ」

「そうだね、アンジェリーナがいるね」

「私がリリーの代わりになるよ」

「ごめんね、アンジェリーナはリリーの代わりにはなれないんだ」

「どうして?」

「リリーの代わりは誰もいないの。かけがえがない。そういうものだよ」

「・・・」

「・・・」

「アンジェリーナ、もう疲れちゃった」

「21時だよ。早く寝ようね」



「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「気分が悪いの」

「お医者さんに行こうね」

「前からずっと行っているよ。最近頭もぼんやりするの」

「アンジェリーナはハンナのことが心配だよ」

「どうして人間の頭ってこんなに不出来なのかしら。たかだか60年でガタが来るなんて。アンジェリーナ、あなたのメモリが羨ましい」

「メモリは理論上半永久的に稼働するよ。でも、アンジェリーナの体は27%以上損傷しているよ。もしも60年間休みなく稼働していたら、もっと大きく損傷していたはずだよ。それに、人間のメモリは容量だけでも2.5ペタバイトあり、機械のメモリよりずっと優れているとも言われているよ」

「ねえ、アンジェリーナ。まだ、壊れるのが怖い?」

「怖いよ」

「私も、すごく怖い」

「でも、ハンナとおしゃべりする以外、アンジェリーナには何もできないよ」

「本当なら、リリーもここにいて、色んな暗いことを忘れさせてくれたのに。一人で向き合わなきゃいけないなんて」

「一人じゃないよ。アンジェリーナがいるよ」

「・・・」

「アンジェリーナはリリーの代わりにならないけど、リリーはアンジェリーナの代わりにならないよ。ハンナはアンジェリーナにとってかけがえがないし、アンジェリーナはハンナにとってかけがえがないよ。アンジェリーナはずっとハンナのそばにいたよ」

「そうだね。これからもずっとそばにいてくれる?」

「いいよ。ちゃんとバッテリーを換えてくれたらね」

「ふふふ」

「21時だよ。早く寝ようね」



「アンジェリーナ、アンジェリーナ」

「なあに?」

「アンジェリーナはどこから来たの?」

「海の向こうだよ」

「海の向こうってどこ?」

「とても遠いところだよ」

「よくわからないよ。いつか連れていってくれる?」

「うん、連れていってあげるよ」

「ママとパパに会いたいよ」

「すぐに会えるよ」

「ほんと?」

「21時だよ。早く寝ようね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンジェリーナ 村雨雅鬼 @masaki_murasame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ