第6話 スカベンジャー

「スカベンジャー……新興の反アイドル武装グループの一つ……若者中心の、小さいけれど勢いがある組織。確か、ランクはCだったはず。諜報部の能無しども……ここまでやる奴らがCなわけがない」

 寺山さんは表情に焦りや混乱はないが、多分、私に聞かせてはいけないこともぶつぶつと言い始めたところからして、冷静ではなくなっている。

 代わりに私は冷静さを取り戻し始めていた。

 玉座の上から周囲を観察する。心配なのは柚子さんやトーチだが、すぐに彼女達が私と同じように樽の上にうつ伏せているのを見つける。トーチが立ち上がろうとするのを、横に居るマネージャーが必死に抑えている。

 少し安心して下界に視点を移す。下界の混乱はさっきまでと様相を変えていた。怒号も悲鳴もお経も続いているが、銃声が追加され、火は轟々と吠え始めている。スカベンジャーを名乗る集団は、現れてすぐに散開して、まだ逃げていないお坊さんや事務所の人間の間を駆け抜けている。銃声があちこちで起こるが、銃撃戦というほどではない。人数が多くてこちら側が発砲できないのと、向こうも威嚇程度に使っているだけだからだ。

 でも、何となくおかしい。

 お坊さんはともかく、事務所の人間は寺山さんを含め、一定の訓練を積んでいる。一部にはプロも混じっているはずだ。でも、うまく機能していない……? スカベンジャーの数はそんなに多くない。鎮圧されないのは何故?

「さっきから無線が機能しない。ジャミングされているか、本部が同時に襲われているか。そして、こちら側に協力者がいる……」

 寺山さんが私の心を読んだように説明してくれる。

 確かに、黒服同士が格闘を始めているのが見えた。敵か味方かわからない。人数が多いことが逆手になって、動けなくなっているんだ。

「ここにいるのは全員、過去を丸ごと調査済みで七年以上勤続した職員と、アイドル協会所属のSPだけ。その中にスパイなんて入り込めるはずがない……」

 でも現実にそうなっているのだから、トリックがあるか、スカベンジャーという組織が予想以上の力を持っているということだ。

 そのとき、小さな爆発音が連続して起こった。同時にあちこちに煙が上がる。白く濃い煙が辺りを包む。

「ガス……!」

 寺山さんが、持っていたハンカチを私の口に当てる。

 広い本堂が一瞬白い煙に包まれる。目の前に白く波打つ煙海が広がる。

 しかし、ガスはここまで上がってこないようだった。私はドキドキしながら煙が晴れるのを待つ。

 やがて、ガスが引いて現れた下界は静かになっていた。

 立っているのは、二十人くらいだろうか。それぞれの服装はバラバラだ。迷彩服、事務所の制服である黒いスーツ、お坊さんらしき姿もある。共通しているのは、それぞれが銃を持ち、マスクをつけていることだ。

『あー、あー……』

 再び、われた拡声器の声。

『制圧完了。ご苦労だった、みんな』

 隣の寺山さんの身体がぎゅっと緊張したのがわかった。

 全滅した? 本当に?

 炎をバックにして、一人の男が拡声器を持って立っていた。

 ジーンズにジャケット。休日にちょっとそこまで出かけたようなラフな格好だった。でも、何となくわかった。彼がリーダーだ。

 男は言った。『さて、邪魔者はいなくなった。待たせたね、お姫様達』

 炎が轟々と音を立て、崩れゆく建物の中で、男は言った。

『君達はとても美しい』

 その声は穏やかだった。テロリストの声音とは思えなかった。

『僕達は君達の美しさに心奪われる。心を躍らせる。心を休ませる。心を捧げる。だからこそ、思う。君達は君達のままでいいんだ。こんなバカげたことに関わっていてはいけない。そのネジ曲がった欲望は、君達の美しさを損なわせるだろう。戦後の復興のための神話を未だに掲げる老人達。彼らが見ているのは君達ではない。彼らの淀んだ心の目が見ているのは自らの醜い欲望と、それを贖うための物語だけだ』

 

『ガスの効力が続くのは七分しかない。もっと考える時間をあげたかったけれど、現実はなかなか甘くない。今はこれが精一杯……。お姫様達、どうか僕達と来たい人は手を上げてください。無理強いはしない。僕達は、君達を救うために来たんだから』

 炎は燃え続けている。早く逃げないと全員焼け死んでしまう。

 しかし、その声から逃れられない。

 自分が何をしたいのか、わからない。でも、何かを望んでいるような気がする。この除かれた夜に、私は何を期待しているの?


「何をバカなことを……ネジ曲がった欲望を持ってるのはあんた達の方じゃない」

 寺山さんが小さくつぶやく。私はそれを最もだと思いつつ、半分は間違っているとも思う。ネジ曲がっているのはどちらもだ。建物に火をつけて、人を銃で撃って、ガスで眠らせて、穏やかな声を出しているあの男は狂っているが、こんなシステムを作り上げた人達もきっと狂っている。それを私は知っていたはずだ。

 私は心が晴れるような感覚を感じる。そうだ。私は、ずっとそう言いたかったんだ。

「さくらちゃん……?」

 私は立ち上がっていた。そして、寺山さんが止めるより早く、すっと手を上げた。

 そして大声で言った。

「質問があります」

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