第33話 レッド・ダイヤモンドの化身

 「セレンさんっっ!!」


 サニーの叫びが虚しく坑道にこだまする。

 止める暇も、止めるすべも無かった。

 レッド・ダイヤモンドを無理やり口の中へ押し込んだセレンの喉仏が、ごくんと上下する。坑道の暗闇に彼女の白い肌が異様に映えて、その嚥下の様子は忌々しいほどくっきりとサニー達の目に焼き付く。




 「う……ウ……! ウォォォォ――――!!」




 セレンの絶叫。澄明だった彼女の声は、猛獣が発するような重厚さを帯び、最早人間の喉から発することが出来る声量の限界を超えていた。

 そしてその咆哮に呼応するかのように、殆ど異形として完成仕掛けていた彼女の身体が、再び変化を起こす。


 全身に赤い斑点が浮かび、それらが発光し始める――

 脚部だけだった茨の蔦が全身に及び、まるで鎧のように幾重にも胴体や肩を覆う――

 首元に襟巻きのような肉片が新たに追加され、歪な花びらのように頭部の周囲を装飾する――

 四本の腕が細まり、ツメや吸盤が消えた代わりに柔軟性を帯びて、極太の鞭のような形状に変異する――

 身長が激しく伸び、天井につく程に胴体が肥大化する――


 その有り様は、さながら…………


 「しょ、植物……っ!?」


 怪物自身が放つ赤い光によって暗闇に浮かび上がったその姿は、まるで何かの植物のようだった。

 アンダーイーヴズの呪いで生まれたアングリッドの『エゴ』。

 レッド・ダイヤモンドの力を直接浴びたジュディスの『エゴ』。

 

 その両者の更に先を行く、完成しきった『エゴ』の姿――。

 まるで、街を覆う呪いそのものが、明確な形を伴って自分達の前に現出したかのようだった。





 「――シェイド……サマァァァ!!!」





 肉片の花びらに囲まれた頭部は、やはりセレンのもの。しかし、彼女の人としての面影を残している部分は、それだけだ。

 レッド・ダイヤモンドと同化した怪物が、全身を押し出すようにずるりと脚部の蔦を押し出す。


 「っ! シェイドさん!」


 「離れていて下さい、サニーさん!」


 シェイドがステッキを構える。

 ブルー・ダイヤモンドの青い光が迸り、シェイドを護るかのように彼の前面で膜を張る。


 「シェイドさん……!」


 戦うしか無いのか? セレンと、此処で?

 その苦悩は、青光に照らし出されたシェイドの顔にもくっきりと顕れていた。

 だが、最早考えている余裕は無い。

 既に、『エゴ』は生まれてしまったのだ。




 

 「殺ス……殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス――!!」


 



 怪物が吠えながら激しく身体を捻った。

 四本の触手が唸りを上げて、赤い光の軌跡を描きながらシェイドに迫る。


 「フッ――!」


 四方から襲来する触手を、シェイドは地を滑り、身を伏せ、あるいは跳躍しながら躱し続ける。幸いにも開けた場所とお互いの放つ光のお陰で、縦横無尽に動く事が出来るようだった。


 「ヌウウ……!」


 セレンの表情が苛立たしげに歪む。人語を発するところといい、人としての意識……というより感覚がまだ微かに残っているのだろう。その所為か、怪物と化した己の身体にまだ不慣れなようだ。

 今ならまだ、付け入る隙があるかも知れない。

 

 「ッ――!」


 シェイドも同様に感じたようで、闇を斬り裂きながら迫りくる触手の乱舞を紙一重で躱しつつ、セレンに向かって走り出した。

 最早躊躇いを見せず、間合いに届くと同時にシェイドは、怪物の脚目掛けて斜め下からステッキを振り上げる。


 「……!」


 肉薄するシェイドを認識したセレンは、彼がステッキを構える寸前で触手の一本を引き戻し、迎撃の為に振るった。

 暗闇の中で、青い光と赤い光が交錯する。

 

 「――!? ぐぅっ!!」


 なんと、押し負けたのはシェイドの方だった。

 ブルー・ダイヤモンドとレッド・ダイヤモンドの力が拮抗しているのか、いつもなら難なく『エゴ』の肉体を寸断する筈のシェイドのステッキは、セレンの触手には通じなかった。

 結果、遣い手同士の純粋な力と力のぶつかり合いになる。そうなれば、人間の身体であるシェイドが勝つ見込みは無い。

 上から振り下ろされた触手に叩き伏せられ、シェイドが地面に倒れ込む。


 ニィィィッ、と。残忍な笑みが花開くようにセレンの顔に表れる。


 「オイタワシヤ、シェイドサマ……。左様ニ情ケナク地ニ伏セラレテ…………」


 「くっ……!」


 シェイドは身を捻ってセレンの悪意に満ちた表情を見上げる。


 「貴方様ハ、レインフォール家ノ現当主――。願ワクバ、ズット共ニ在リトウゴザイマシタ――」


 しおらしいセリフとは裏腹に、セレンの残忍な笑みは更に深くなる。


 「デスガ、ソレモモウ叶ワヌ願イ――。先代様ノ宿願ヲ、ソノ子ニヨッテ壊サレルクライナラ――」


 四本の触手が、セレンの周囲で槍のように林立する。


 「我ガ手デ、レインフォール家ニ幕ヲ――」


 セレンの表情と共に、四本の触手が動きを見せる。


 「死ネィッ――!!」


 一瞬だけ、倒れたシェイドに悲しそうな目を向けると、セレンはとどめを刺さんと彼目掛けて再び触手を放つ。


 「くっ――!」


 殺到する触手を、シェイドは間一髪で地面を転がって避ける。一瞬前までシェイドの居た場所を、四本の触手が容赦なく抉り、地を穿った。

 すると――


 「……ッ! ナンダ――!?」


 プシューッ、と。

 触手を叩き付けた箇所からガスのようなものが激しく吹き出し、セレンの周囲を包んだ。


 「――っ! サニーさん、ランタンを!!」


 はっと気付いたシェイドが、呆然と立ち尽くすサニーに呼びかけた。


 「ランタンを、投げて下さい――!!」


 「えっ!? は、はいっっ!!」


 我に返ったサニーは、シェイドに言われるがまま、持っていた自分の分のランタンをセレン目掛けて放り投げた。

 そして――――




 「アッ……!? ギャアアアアアア!!?」




 ランタンが割れると同時に、凄まじい火柱が立ち上り、セレンの全身を呑み込んだ――!

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