第32話「ハイパー小江戸川越ランチタイム」

☆★☆


「さて、散策開始ね」

「おー! 蔵造りの街並みすげー!」

「お兄ちゃんと未海が幼い頃に歩いた思い出の城下街だよぅ♪」


 十年の歳月が経っても小江戸川越の風景はほとんど変わらない。

 懐かしさを覚える。


「とりあえずブラブラ歩くか」


 それが一番いいだろう。

 まずは雰囲気を味わうことが大切だ。


「いいわね。時代劇の登場人物になったみたいだわ。ドスを抜きたくなるわね」

「日本刀振り回したいー!」

「未海も針で暗殺したくなるよぅ♪」


 ……しかし、物騒な女子たちだな。

 もうちょっと普通の感想は出てこないのだろうか。


「妄想が捗るわね」

「拡がる空想ー! ついでに空腹ーー!」

「お兄ちゃん♪ 未海、お腹空いたよぅー♪」


 武器から食べ物の話題に変わっただけ健全か。

 そういえば、もう昼だもんな。


「それじゃ、なにか食べるか?」


 一緒にご飯を食べれば三人の仲もよくなるのではなかろうか?

 俺と西亜口さんだってご飯(カップラーメン)を通して、親密度を増した。


 あと、なんだかんだ言ってプリンによって里桜と西亜口さんの仲もフランクなものになった気がする。


 そうだ。ここでみんなでご飯を食べれば、きっと仲よくなれるはず!


「ラーメンが食べたいわね」

「芋食いたい! さつま芋ーーー!」

「お兄ちゃん♪ 未海、鰻重食べたいよぅ♪」


 いきなり意見が割れていた。


「芋? 鰻? ありえないわ。ラーメンよ!」

「なんでここに来てラーメンなのさーー!?」

「ふたりとも、ありえないんだけど。死にたいの? 鰻重だよ、鰻重。川越といったら鰻重」


 仲よくなるどころか瞬時に険悪な雰囲気になっている。

 未海に至っては殺意の波動を放っていた。


 ここはどうにか俺が抑えねば!

 放っておくと蔵造りの街並みでリアル刃傷沙汰だ!

 殺陣(たて)は時代劇だけで十分だ!


「え、えっと、まぁ、仲よくな?」


 しかし、食べ物の問題は一歩間違うと危険だ。

 食い物の恨みほど恐ろしいものはない。

 ここはうまくフォローせねば。


「そういうあなたはなにが食べたいのかしら?」

「芋ーー! 芋ーー!」

「お兄ちゃあん♪ 鰻重特上がいいよぉ~♪」


 ここで誰かと同じ意見になるとパワーバランスが崩れるだろう。

 ならば――。


「蕎麦を食おう」


 あえて三人とは違う選択肢を出す。

 俺がもともと蕎麦好きというのもある。


「蕎麦……? そういえば一度食べてみたいと思っていたのよね」

「蕎麦かぁー! そういう考えもあるかー!」

「お蕎麦? うーん、お兄ちゃんが食べたいなら、それもいいかも!」


 お。意外と好感触。


「よし、それじゃ蕎麦でいいかな?」

「そうね。わたしに異存はないわ」

「ざる蕎麦ー! 天ざる蕎麦ー!」

「お兄ちゃんと一緒ならなにを食べても美味しいよね♪」


 窮余の一策だったが上手くいった。みんな日本文化好きなのだから、日本食の代表とも言える蕎麦はよいチョイスだった。


 俺たちは散策しつつ蕎麦屋に入った。

 

「和風建築は落ち着くわね」

「天ざる! 天ざるー!」

「さすがお兄ちゃん。いいお店♪」


 一応、川越に来るにあたって色々と店は調べておいたのだ。

 作家志望者たるもの調査能力も大事だからな。


 時間帯がまだ早いこともあって、早めに店内に入ることができた。

 和風建築だが、テーブルと机があってスタイリッシュだ。


 なお、席の位置は俺の正面に西亜口さん、左隣に未海、斜め左前に里桜だ。


 注文して雑談しながら待つこと、しばし。

 天ざる蕎麦が四つ運ばれてきた。


「あら、これはなかなか美味しそうね!」

「わーい! うまそー! 腹減ったー!」

「おいしそう~♪」


 やはり料理は人の心を豊かにする。

 あれだけ険悪な雰囲気だった三人が揃って笑顔を浮かべていた。


「いただきます」


 俺の言葉に続いて、みんなも軽く手を合わせ蕎麦を食べ始めた。


「つゆに蕎麦をつけて食べるのよね」


 初めて蕎麦を食べる西亜口さんはおっかなびっくりといった手つきで箸を使いつつも、ちゃんと蕎麦をたぐってズズッと啜(すす)る。


「……っ!? お、美味しいわ!」


 西亜口さんは目を丸くする。

 どうやら西亜口さんの口にあったようだ。


「って、西亜口さん、薬味を汁に入れたほうがおいしいと思う」

「あら、これはつゆに入れるのね」


 西亜口さんはつゆにネギとワサビを入れて再び蕎麦をつけて啜る。


「――っ!? 辛っ!? で、でも、美味しいわ!」

「あとは天ぷらと一緒に食べても美味いかと」

「そういえば、天ぷらを食べるのも十二年ぶりくらいかしら」


 西亜口さんは箸で海老の天ぷらを掴み口に運ぶ。

 サクッと軽やかな音。


 その美味しさに驚いたように目を見開いたが、そのままモグモグと口を動かして咀嚼。再び小気味よい音を立てて蕎麦を啜る。


「本当に美味しいわね! 天ざる蕎麦がここまで美味しいとは思わなかったわ! これはカップラーメン以外にも好物と呼べるものができたわ!」


 よかった。西亜口さんに気に入ってもらえたようだ。


「久しぶりの蕎麦ー! ズゾゾゾゾゾゾー!」


 里桜はすさまじい勢いで蕎麦を啜る……というか吸いこんでいた。

 それを見て未海は「うわ……」みたいな顔をしていた。


「ちょっとさぁ、未海の前で汚い食べ方しないでほしいんだけどぉ?」

「美味しいものは美味しく食べるのがモットー!」

「ちっ……」


 ヤンデレモードになりかけたが、未海も蕎麦を食べ始めた。

 口は悪いが行儀はしっかりしているので、上品な箸使いだ。


「……! 美味しいぃ♪」


 やさぐれた表情が一瞬で笑顔に変わる。

 美味いメシは荒んだ心を癒してくれるようだ。


 さて、俺も食べるか。

 薬味をつゆに入れ、蕎麦を手繰(たぐ)り、ちょんとつゆにつけて啜る。


 これは通(つう)の食べ方だ。こういうふうにつゆにつけるのを最小限にすることで蕎麦の味をより感じることができる。


「うん……美味いな!」


 いい二八蕎麦だ。

 ちなみに二八蕎麦とは小麦二・蕎麦粉八の割合で打った蕎麦のことを言う。

 つゆも味わい深い。


「さて、次は天ぷらだな」


 海老天をいただく。

 ……うむ。サクッとしていて具材の鮮度も抜群。

 天ぷらだけで次々と食べたくなるぐらいに美味い。


「こりゃ美味い」


 事前にしっかり店を調べといてよかった。

 高校生にしてはかなり奮発した値段だが、その価値はあった。


「……これは認識を改めなければならないわね。ラーメンだけでなく蕎麦も素晴らしいわ。ハラショー!」


 西亜口さんは蕎麦を称賛し、蕎麦と天ぷらを食べることに集中していく。


「美味い、美味すぎるー! 埼玉にこんな美味い蕎麦があったなんてー! ずぞぞぞぞぞー!」


 里桜も蕎麦を絶賛して啜りまくる。


「おいしいよぉ♪ 未海、こんな美味しいお蕎麦初めてぇ♪」


 未海もニコニコしながら蕎麦と天ぷらを口に運んでいった。


 ……ほんと、よかった。

 一時は殺しあいが始まりそうな勢いだったからな……。

 仲よきことは美しき哉。


 こうして小江戸川越でのランチタイムは無事に過ぎていったのだった。

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