第31話「ハイパー川越城本丸御殿見学タイム」

「ま、まあまあ! 三人とも落ち着いてくれ! ほかに人もいるし、こんなところで騒ぎを起こしたら普通に捕まるからな?」


 西亜口さんはドスを持ち歩いているのだ。

 警察が来て所持品検査されたら一発アウトだろう。


 俺が視線を西亜口さんに向けると、そのことに思いあたったのだろう。

 西亜口さんは殺気を抑えていった。


「……いいわ。ここは祥平に免じて収めてあげる」

「お兄ちゃんのことを馴れ馴れしく祥平って呼ばないでよぉ!」

「日露ハーフであるわたしは人を下の名前で呼ぶのがデフォルトよ」


 日露ハーフは関係ないと思うが。

 再び険悪な雰囲気になりかけるが、せっかく収まりかけた騒動だ。

 ここは俺がなんとかしないと。


「未海、俺のことをずっと捜していてくれてありがとう! 必ずあとで未海のために時間をとるから! 今は、その、本丸御殿を見学させてくれ。ふたりとも本丸御殿を見るの楽しみにしてたんだ」


 まずはこの三人を引き離すことだ。距離を置くことで頭を冷やしてもらう。

 未海が奥から出てきたってことは、すでに見学済だろう。

 そして、未海自身も城好きなので、ふたりの気持ちをわかってくれるはずだ。


「……お兄ちゃんが、そう言うなら……」


 不承不承ながらも未海は頷いてくれた。

 よし。これで束の間の平和が訪れたな。

 薄氷の上の平和みたいなものだと思うが。

 

「お兄ちゃん、それじゃ、未海、本丸御殿前で待ってるから」

「あ、ああ」


 さすがにここでお別れとは言えない。

 俺のことを何年も捜し続けてくれたのだ。無下にはできない。


「……イレギュラーな事態になったわね」

「あたしもビックリしたよ! 祥平のイトコがあんなにかわいいなんてー! でも、いきなり豹変して怖かったけど!」


 今は殿中刃傷沙汰を防げただけでよしとしよう。

 とにかく仕切り直しだ。


「せっかく入館料払ったんだし奥まで見ていこう」

「……そうね。せっかく川越まで来たのだし」

「そだねー! 元は取らないと! 殿中でござるー!」


 というわけで、俺たちは川越城本丸御殿の中を歩き始めた。

 やはり和風建築は見ているだけで心が落ち着く。


 なお、本丸御殿には移築された家老詰所もある。

 そこには家老人形が三体置かれていた。


「あら、いい家老人形ね。切腹を申しつけたくなるわ」

「遠島に処すー! 流罪だー!」

「それもいいわね。シベリア送りだわ」


 家老たちになんの恨みがあるんだ。おそロシア。


 そのあとも余すところなく本丸御殿を見て回り、ふたりは満足の声を上げた。

 なんだかんだで西亜口さんと里桜も楽しんでくれたようだ。

 一時は刃傷沙汰になりかねなかったので、よかった。


 しかし、本丸御殿前には未海が待っている。

 なんとか穏便に済むようにせねば。


 でも、未海も俺のことを十年にも渡って捜し続けていたのだ。

 やはり未海のことを適当にあしらうことはできない。


 だからといって、西亜口さんと里桜とのデート(?)を適当にするわけにもいかない。難しいな……。いきなり不倶戴天の敵みたいな関係になってるし……。


 そんなふうに考えているうちに本丸御殿玄関まで俺たちは戻ってきた。

 靴を履く寸前、西亜口さんが俺のほうを向く。


「……安心しなさい。これでもわたしは年上よ。大人の対応はするわ」


 西亜口さんはクールさを取り戻していた。

 そして、里桜も――。


「ま、あたしも年上だしねー。川越散策、一緒に楽しめばいんじゃない?」


 よかった。殿中を歩いているうちに落ち着いてくれたか。三人一緒だと平穏で済む気はしないが、ここで未海をスルーするわけにはいかない。


 靴を履いた俺たちは本丸御殿を出て、外で待っている未海のところへ向かった。


「お兄ちゃん♪ 待ちくたびれたよ~♪ 会えなかった十年の歳月埋めようね!」

「お、おう……」


 いきなり未海は抱きついてくる。ヤンデレモードから擬似妹モードに戻ったので、未海も落ち着いてくれたのだろう。

 しかし、十年前と違って今の未海は女子高生。抱きつかれると刺激が強すぎる。


「…………待ちくたびれているのはこちらもよ…………わたしだって、幼稚園の頃からなのよ……」


 西亜口さんから意味深な言葉が小さく漏れ出た。

 幼稚園……? 幼稚園の頃っていうと、やはり……あの子が……?


 西亜口さんの声は呟くように小さかったので、俺にしか聞こえなかったようだ。


 未海は抱きついたまま頭をこすりつけ続け、里桜は「こらー! 人前でイチャイチャするなー!」と喚(わめ)いていた。


「ともかく、ここから離れよう。注目集めすぎだからな……」


 いくら観光地といっても騒ぎすぎだ。視線が痛い。

 ここはさっさと散策に移ろう。


「そうね。早く歩きましょう」

「そうだ、そうだー! 散策だー!」


 西亜口さんと里桜が両脇から俺の腕を掴んで、強引に移動し始める。


「きゃんっ! もうっ、強引なんだから~!」


 未海は不満そうだが、このままじゃ埒があかなかったし。

 ともかく小江戸川越散策だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る