☆21
レタス、トマト、アボカド、レッドオニオン、チーズ。アリスお手製のサンドウィッチ。竹製の籠に入れ、リュックに収める。
キープへ参上し、納品完了。すぐさま身を縮小。最上階へ。
「やあ、アリス。また来てくれたんだ――」
だしぬけに。ウサギの首へ、抱きつく。
「アリス……?」
回した腕を、アリスはほどかない。頬をぴったり合わせたままで。
二人の息づかいが重なる。二人の波長が一致する。
ウサギの発する熱気を感じ、アリスはパッと離れた。
「ハグは挨拶です。うちでは毎日やってました」
「へえ……仲のいい家族だったんだね」
アリスはリュックからサンドウィッチを取り出した。
「差し入れを持ってきました。一緒に食べましょう」
「これは旨そうだ。アリス、君が作ったの?」
「愛情を込めて作りました」
「嬉しいなあ。いただきます」
罪人の食生活にうんざりしていたので、アリスのサンドウィッチは宮廷料理に等しかった。夢中で頬張るウサギを、アリスは正面から優しく見つめる。
「ああ、旨かった。こんな旨いサンドウィッチは、人生で初めてだよ」
水筒に入れてきた紅茶を飲み、ウサギは満足げに言った。
「ウサギさん」
「ん?」
「わたしと一緒に暮らしましょう」
目を剝いてむせるウサギ。呼吸を整え、おずおずとアリスに振り向く。
「本気?」
「はい」
「見ての通り服役中なんだけど……」
アリスは四つん這いでにじり寄る。ウサギが引くほど顔を近づけ、
「このままでは一生牢屋暮らしですよ? いいんですか?」
ウサギはうなだれ、一言も返せない。
アリスは声をひそめつつも、語気を強めて、
「脱出しましょう。牢獄から。フシギノクニから」
「ここを出て、どこへ行くつもり?」ウサギも小声になる。
「フシギノクニみたいな町を探しに行きます」
「フシギノクニは、大海と広大な荒野に挟まれているって聞いたことがある。その外側には、住民の誰も行ったことがないって」
「わたしはリモコンで巨大化して、海を渡って来ました。巨人になれば、数百キロだって徒歩で移動できますよ」
「数百キロのあいだに町は必ずある?」
「判りません」
「どこまで行っても町が見つからなかったら?」
「行倒れです。二人とも。でも、ここで一生を終えるよりマシだと思います」
アリスは真顔で意志の固さを示す。
「どうしてそんな冒険を……」
ウサギは戸惑うばかりだ。
「アリス、君は大女王とうまくやっているんだろ? 今のままで十分じゃないか」
「わたしはウサギさんと一緒に暮らしたいんです」
「アリス……」
ウサギの目から涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう……ありがとう、アリス。初めてだよ……こんな優しい言葉をかけてもらえるなんて……」
アリスはウサギの腕をつかみ、
「わたしに考えがあります」
涙を拭い、ウサギは話を聞く。
「フシギノクニ脱出の障害となるのが、見張りに立つトランプ兵と、城壁です。トランプ兵には、仰向けにひっくり返るとすぐに起き上がれないという弱点があります。何らかの方法で転ばせてしまえば、その間に逃げられると思います。城壁はリモコンを使って巨大化すれば、一跨ぎです。わたしの身につけている物も一緒に拡大しますから、ウサギさんはポシェットの中にでも入っていてください」
「そのときのぼくは捕まった虫と変わらないね。慎重に扱ってほしいな」
「大事にします。ところで見張りと城壁はそれでいいのですが、問題は牢獄からの脱出ですね。牢獄から出られる機会は、ありませんか?」
「あるよ。『特別御前ライブ』のときに」
「『特別御前ライブ』?」
「大女王一人だけに歌を聞かせるライブさ。大女王の気分次第で、開催は不定期なんだけど、じつは三日後に次の『特別御前ライブ』が予定されているんだ」
アリスは目を輝かせて、
「このチャンスを逃してはいけませんね。では、具体的にフシギノクニ脱出作戦を練りましょう。決行は三日後で」
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