☆18

 ウサギ。

 以前にも言われた。チチカカと出遭ったとき。あんた、ウサギと同類だろ。アリスの顔を見るなり、チチカカはそう言った。

 おまけに今回も前回も、現実世界から来たことを言い当てられた。

 導き出される答えは一つ。

 現実世界から来た「ウサギ」という人物がいるに違いない。

 ウサギはアリスと同じように、別世界へとやって来て、ここフシギノクニへたどり着いたのだろう。

 アリスはチチカカの部屋に行き、開口一番、ウサギについて訊ねた。

「ああ。その通りだよ。現実世界から来たウサギってのがいる」

「ウサギさんは、まだフシギノクニにいるんですか?」

「いるよ」

「そんな……」

 アリスはチチカカに詰め寄る。

「そんな大事なこと……どうして黙ってたんですか?」

 チチカカは気圧され気味で、

「どうしてって……話したところでウサギには会えないからさ」

「どういうことですか?」

「ウサギは今、牢獄に収容されているんだ」

 ウサギと名乗る少年がフシギノクニに現れたのは、一年ほど前。茶色のギターケースをぶら下げていた。

 ウサギはフシギノクニへの定住を希望し、トランプ大女王と面会した。そこでウサギは真っ白いアコースティックギターを取り出し、自作の歌を披露した。

 歌が終わるやトランプ大女王は立ち上がって、激しく拍手した。さらに大女王はウサギに握手まで求め、その場にいた臣下一同の度肝を抜いた。

 トランプ大女王はウサギにご執心だった。宮廷音楽家の職を与えるだけでなく、キープ内にウサギの部屋を用意し、住まわせた。皆が羨むほどの特別扱いだった。

 ウサギは次々新曲を生み出し、大女王を喜ばせた。ウサギの上品な歌声に、大女王はすっかり心を奪われているようだった。

 ウサギとトランプ大女王の良好な関係はしばらく続いた。しかしウサギの中にある思いが生じてから、徐々に調子が狂っていった。

 その思いとは、大女王がウサギの歌を独占していることへの不満だった。

 いくらいい曲を作っても、大女王一人に聞かせて終わり。大女王のためだけに生まれた音楽。

 ……そんなのが音楽って言えるのか?

 もっと多くの人に自分の曲を届けたい。多くの観客を前に、歌ってみたい。

 ある日ウサギは思いきって大女王に要望を告げた。宮廷前広場に住民を集めて、ソロコンサートを開きたいと。

 トランプ大女王はこれをにべもなく却下した。

「それ以降二人の関係はぎくしゃくしていったってわけさ」

「大女王様を怒らせてしまったんですね……ウサギさんは」

 大女王から仕事をもらって、絵を認められて、アリスは有頂天となっている。不満などあるはずがない。それでも同じクリエイターとして、ウサギの気持ちは理解できた。

「ウサギの不満は、大女王本人に向けられるようになったんだ」

 トランプ大女王の独裁体制について、公開処刑による恐怖政治について、ウサギは批判するようになった。

 大胆にもウサギは自作の歌詞に、大女王への皮肉を込めた。あからさまな当てつけだった。この歌を聞いた大女王は激昂し、即刻裁判を開くと言った。

 大女王が起こす裁判は必ず斬首刑で決着してきた。だが、ウサギが言い渡されたのは終身刑だった。

「どれだけ仲違いしても、ウサギを失うのは惜しかったんだろうな。それくらいウサギの歌にも楽曲にも、魅了されていたのさ」

 ウサギに会ってみたい。同じ現実世界からやって来た人間として。

「お願いしても無理でしょうか? ウサギさんとお話するのは……」

 チチカカは首を振って、

「無理無理。そんなこと言って、下手すりゃ大女王に睨まれるぞ。やめたほうがいい」

 やはり諦めるべきか。しかし止められると、ますます会いたくなる。ウサギに会ってみたい。ウサギと話してみたい。

 ……と、アリスに妙案が浮かんだ。

 会える。いや、会わなければいけない。ぜったい会うんだ。

 アリスは拳を握りしめた。

「ウサギさんがいる牢獄は、どこにあるのですか?」

「トランプタワーの最上階にあるって噂だ。簡単に脱獄できないように」

「見張りもいるんでしょうね」

「当然いるだろ。……ていうかアリス、本当に馬鹿な真似するんじゃないぞ?」

 アリスはうふふと笑って、

「チチカカさん、ご心配にはおよびません。じつはわたし、魔法が使えるんです」

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