暗澹に煌めく微かな夢の光

二条橋終咲

それは僕のこと……

 この冷酷な世界には【何を言ってもいいと思われている人】がいる。



「おい」


 僕が通っている中学校の、僕が所属している二年一組の教室。


 三限と四限の間の休み時間。


 教室の隅っこにある自分の席で僕が『進路希望調査票』と一人で睨めっこしていると、急に横から堂々とした大きな声で名前を呼ばれた。


「なっ、なに……?」


 恐る恐る僕がその声の方を見ると、そこにはクラスメイトの男の子の姿があった。名前は……覚えてない。


 でも確かこの人は、いつも男女数人で賑やかにしてるグループの一人だった気がする。まぁ、いわゆるってやつ? とにかく、僕とは住む世界の違う人間だ。


「ちょっと修正テープ貸してくんね? 調査票に書く高校の名前ミスっちゃてよ〜」


 そのは僕に向かって頼み込む。


 いつも都合よく大体なんでも持っている僕を利用しようとしてわざわざ声をかけたんだと思うけど、あいにく今日はテープを切らしていた。


「ご、ごめん……。今日は持ってないんだ……」


 申し訳なく僕がそう言うと、目の前に立つはこう言った。




「んだよ使えねーなー」




 一切の躊躇いもなく、僕に向かってそう言った。


 突如としてから告げられたその槍のような言葉が、僕の心にグサッと突き刺さって、そのまま僕をグチャグチャに壊そうとする。


「おいおいそんな怖い顔すんなって〜」


 と、僕がどうしようもなく惨めに黙り込んでいると、そのクラスメイトの男の子は優しく微笑みながら馴れ馴れしく僕の肩を叩く。


「冗談に決まってんだろ〜?」


「ご、ごめん……」


「まぁいいや。あっ、おーい!」


 目当ての物を持っていない無価値な僕を見限って、そのクラスメイトは僕の元を去って行った。



 ❇︎



 この苛酷な世界には【笑ってもらうことしか価値のない人】がいる。



「行ったぞー!」


 広々とした校庭に、快活な男子生徒の声が響き渡る。


 今は六限目の体育の授業。種目はソフトボール。


 グラウンドの端っこで僕がセンターの位置に突っ立っていると、急に空から真っ白な球体が僕めがけて飛来してきた。


「っ……」


 集まる視線。


 高鳴る鼓動。


 強張る手足。


「うぇ……」


 変な緊張と嫌な寒気のせいで、思わず口から妙なうめき声のようなものが溢れた。


 ってか、授業前も授業中も『どうか僕のところへはボールが飛んできませんように』って全力で祈ってたのに、なんで飛んでくるんだよ……。


 なんて鬱々と考えていたら、もうすでにボールは僕の目の前にまで迫ってきていた。


 こうなった以上、やるしかないっ!




「痛っ……」




 僕が空高く伸ばしたグローブの中に、ボールが見事に収まるなんて奇跡が起きるわけもなく、無慈悲に飛来してきた球体は僕の額に激突した。


「なにやってんだよ〜」


「ダッセェ〜」


「マジウケんだけど(笑)」


 辺りに響き渡る笑い声。


 押し寄せる無数の視線。


 ひしひしと感じる賑やかさと寂しさ。


「……」


 校庭にいる人の中で、僕以外のみんなが、とっても楽しそうに笑っていた。



 ❇︎



 この厳酷な世界には【存在価値のない人】がいる。



「はぁ……」


 見慣れた二年一組の教室に、担任の先生の声が溶けていく。


 さらにそれをかき消すようにして、外から部活動の掛け声らしき元気な声が聞こえてくる。


 僕は今、この教室で進路面談の最中だった。


「で、なんでなにも書いてないんだ?」


 向かい合わせた机の上に置かれた未記入の『進路希望調査票』を指差しながら、担任の先生は男らしい、それでいて体育教師特有の乱暴な威圧感を放ちながらそう言った。


「すっ、すみません……。まだ、決まらなくって……」


 それに怯えるようにして、僕は情けない早口で返す。


「まぁ、別に急ぎでもないからいいけどな」


「……」


「にしても、お前は本当に何もできねぇなぁ……」


 気だるそうに息を吐きながら、担任の先生は吐き捨てた。


「お前の姉さんは勉強も運動もできて、生徒会長とバレー部のキャプテンまでこなして、生活態度も良くて優秀だったんだがな。どうして血の繋がった姉弟でこんなにも差が出るんだか……」


 遠い過去を見つめながら、先生は僕なんて見えていないかのようにして独り言を溢す。


 それを聞いて、僕が自分の不甲斐なさと能力の低さに憂い目を感じていると、先生は目の前でこんなことを言った。




「お前って、本当にいいところないよなー」




 なんでもない様子で、さもこの世の常識を語るかのようにして、先生は僕にそう言った。


 その言葉を理解した瞬間、途端に僕の心が凍てついて、瞬く間に全身を流れる血が酷く冷たくなる。


「すみません……」


 でも、僕は何も言い返せないで、誰に向けたものかもわからない空虚な謝罪を口にすることしかできなかった。



 ❇︎



 この残酷な世界には【会話を奪われても当然な人】がいる。



「……」


 何も得られなかった進路面談を終えて、僕は家に帰るところだった。


 帰路につく僕の視界に映るのは、乾いた地面と自分の両足だけ。


 今日も僕は一人ぼっちで、俯いたまま歩いていく。


「おーい」


 と、酷くやつれた様子で正門まで歩いていくと、急に爽やかで聞き慣れた女の人の声が聞こえてくる。


「遅いじゃん。どったの?」


 顔を上げると、そこには高校の制服に身を包んだお姉ちゃんの姿があった。


「ご、ごめん、咲希さきねーちゃん……。ちょっと、進路のことで面談があって……」


 こんな【人類の黒歴史】みたいな僕と血が繋がってるとは思えないほどに綺麗で、かっこよくて美人な咲希さきねーちゃんから目を背け、僕はぼそぼそと情けない声で返す。


「あー、進路かぁ。もう創詩そうしも中二だしねー。そう言う時期だよねー。ってか私も高二だから他人事じゃないけどねー」


 穏やかで優しい、そして適度に隙を感じさせるような間延びした声でそう言いながら、咲希さきねーちゃんはさらっさらなミディアムの黒髪を指先でこねこねしている。


 相変わらず何をしていても、と言うか何もしていなくても咲希さきねーちゃんはいつでも綺麗だからすごい。今もただ立って話をしているだけなのに、なぜかオーラみたいなのを感じる。


 それもこれも、黒翡翠くろひすいみたいなぱっちりとした黒目とか、絹みたいに綺麗な肌とか、僕の158cmしかない身長を優に超える173cmの背丈に伴った完璧な体躯とか……。言い出したらキリがないけど、とにかく全部が綺麗だから咲希さきねーちゃんからはすごいオーラみたいなのを感じるんだと思う。


 本当に、僕とは似ても似つかない……。


「じゃ、帰ろ〜か」


 と、僕が鬱々と考えていると、咲希さきねーちゃんは家に向かって歩き出した。


「あ、えっと……」


「ん? どったの?」


「その……。待たせちゃって、ごめん……」


 僕みたいな無価値な人間が、咲希さきねーちゃんみたいな素晴らしい人の時間を奪うなんて、本来なら【万死】に値する大罪。


 でも死ぬ勇気すらもない僕は、ただただ謝ることしかできなかった。


「いや別にいいって。ってかこれは私が勝手に待ってるだけだから気にしなくてもいいから」


「ごめん……」


「いや別に謝んなくてもいいから」


「ごめ……」


 すんでのところで、僕はぎゅっと口をつぐんだ。これほどまでに謝ることが染み付いてしまったこの体はもうヤバいかもしれない。でも癖なんだから仕方ないといえば仕方ない。


 僕みたいなゴミ人間は、一生、誰かに頭を下げながら生きていけばいいんだから……。


「相変わらず辛気臭い顔してんね〜。ほら、もっとチャキっとせいチャキっと!」


 咲希さきねーちゃんは僕の鬱屈とした心の中を読み取ったのか、まるで僕を励ますようにして肩を優しくぽんぽんと叩いてくれた。


創詩そうしはやればできる子なんだから!」


 あ、僕それ知ってる。


 いわゆる『身内贔屓みうちびいき』ってやつだ。


 咲希さきねーちゃんは優しいから、こんな僕みたいな無意味な人間にもそういうことを言ってくれるだけなんだ。どうせ本心から言ってるわけない……。


「別に僕なん……」


咲希さきせんぱ〜い!」


 すると突然、僕が歩いてきた校舎の方から、太陽みたいに快活な女子生徒の声が聞こえてきた。しかも一人じゃなくて三人くらいの数が聞こえてきた。


 で、その声の主である女子生徒たちは一瞬にして正門に辿り着き、僕には一切目もくれず瞬く間に咲希さきねーちゃんを取り囲んでしまった。


「お久しぶりですっ! 先輩っ!」


 一人がそう言うと、咲希さきねーちゃんは爽やかに微笑みながら口を開いた。


「おー、久しぶり。バレー部のみんなは元気してる?」


「はいっ! 毎日練習めっちゃ頑張ってますっ!」


「そっかそっか。それは良かった」


 なんでも、前はこの中学のバレー部のキャプテンを務めていたらしい咲希さきねーちゃん。そもそもすごい綺麗だしめちゃめちゃ優秀だったらしいから、こんなにも後輩に慕われているのは納得せざるを得ない。


「高校生活はどんな感じですか?」


「んー、まぁまぁかなー」


 青春の具現化とも言えるような彼女たちの華やかで楽しげな雑談は、まだ始まったばかり。


 そして僕は、完全に居場所を失った。


「……」




 この冷酷な世界には【何を言ってもいいと思われている人】がいる。


 この苛酷な世界には【笑ってもらうことしか価値のない人】がいる。


 この厳酷な世界には【存在価値のない人】がいる。


 この残酷な世界には【会話を奪われても当然な人】がいる。




 そう……。






 全部、僕のことだ。






 ❇︎



 なんの変哲もない、なんでもない住宅街。


 建ち並ぶ家々の中に紛れてひっそりと佇む、なんの特徴もない一軒家。


 その家のとある一室から、気味の悪い独り言が発せられていた。


「ここはこうか? いや、このキャラはここでこのセリフの方が……」


 謎の独り言と共に、カタカタカタッと素早くタイプする音が微かに響く。


「ちょいちょいちょいちょい」


 なんの前触れもなく、僕の部屋の扉が開け放たれた。


 あまりにも突然すぎて、僕はビクッと肩を跳ね上げさせた。


 そしてノートパソコンから目を背け、開け放たれたドアのところに立つ咲希さきねーちゃんの方を見る。


「なんで勝手に帰ったし」


 なぜかちょっと不機嫌な感じで、咲希さきねーちゃんは僕に向かってそう言ってきた。


「え、いや……」


 なんでって言われても、会話権を奪われた以上、僕があの場に残る意味も理由も利点も何もないって思ったからってだけなんだけど……。


「僕がいても、咲希さきねーちゃんたちの邪魔だと思って……」


「そんなことだと思った」


 やれやれ、みたいな感じで咲希さきねーちゃんは首を横に振る。


 そしてすぐさま僕の方に歩いてきて、なんだか興味深そうに僕のノートパソコンを覗き込んできた。


「なになに? また小説書いてんの?」


「……っ!」


 僕は慌ててパソコンを閉じる。


「ねぇ見せてよ〜」


「い、嫌だよ……」


「なんでよ〜」


 僕が拒むと、咲希さきねーちゃんは僕の肩をわしっと掴んでゆらゆらと優しく揺らしてくる。


 ……なんで自分の作品を人に見せないか?


 そもそも、僕みたいな存在価値皆無な人間から吐き出された気色の悪い文字の羅列なんて人様に見せていいものじゃないし、仮にそれを目にした人の気分を害しても良くないし、僕の作品なんかで人様の大切な時間を奪うのなんてもってのほかだし。


 何より……。




「だって、前に【二度と書くな】ってレビューついたから……」




 痛々しい過去を口にすると、僕の心は途端にズキズキと痛み始める。


 寝る間も惜しんで夢中になって書いた約十二万文字の長編小説。それをとあるWebサイトに上げたら、たったそれだけの反応しかなかった。


 あんな辛い思いをするのなら、もう自己満足でいい……。


「じゃあ、賞に出したりネットに上げたりしないの?」


「うん……」


 これでいいんだ。


 小説なんて、元は作者から滲み出た醜いエゴの結晶体。それを人に見てもらうっていうのがそもそも間違ってるんだ。


 だから僕はこれでいい。


 姿形もわからない有象無象から罵詈雑言を浴びるくらいなら、閉鎖的空間でただただ自己満足するために書いていれば、それだけでいい。


「え〜、もったいないなぁ」


 咲希さきねーちゃんは制服のポケットからパープルのiPhone12を取り出す。


 そしてその綺麗な指先を画面上に走らせた後、とあるWebサイトのページを僕に見せてくれた。


「こんなに評価されてんのになぁ」


「ん?」


 急に告げられた咲希さきねーちゃんの言葉の意味がわからず、僕は差し出されたiPhone12の画面をまじまじと覗き込む。


「これは……」


 僕は自分の目を疑った。


 画面に表示されていたのは、有名なWeb小説サイト『カクヨム』のページ。




 そしてそこには、投稿した覚えのない僕の小説があった。




「な、なん……」


 無様に僕が混乱していると、咲希さきねーちゃんがなんだか嬉しそうに言った。


「コレめっちゃ星ついてるんだよ。すごいじゃん創詩そうし!」


 確かに咲希さきねーちゃんが言うとおり、僕が書いた小説には投稿してからまだ三日も経ってないのに、もうすでに500を超える数の星が付けられていた。


 ありえない。


 でも、何度見直しても、これは紛うことなき僕の小説。


「え、で、でも……」


 僕は『カクヨム』に投稿した覚えがない。


 それこそ、随分前にあげた長編小説にあのレビューがついたのをきっかけに、僕はアカウントを消した。


 それ以来、投稿どころかアクセスすらもしていないのに、なんで……。


「あー、ごめんごめん。あんまりにも創詩そうしが見せてくれないからさ、この前の夜に創詩そうしの部屋に忍び込んでノーパソのデータ引っこ抜いて小説見ちゃったんだよねー」


「え」


 今さらっと言ったけど、咲希さきねーちゃん結構すごいことしてる……。


「ぱ、パスワードは……?」


「あんなもん、私の手にかかればカピカピのジャム瓶の蓋より簡単に開けれるし?」


「……」


「まぁ私、天才だし?」


「……」


「ごめん調子乗った」


「……」


「で、読んでみて面白かったから、このまま眠らせとくのももったいないなーって思ってあげちゃった☆」


「んな勝手な……」


「そしたらなんかいっぱい星ついちゃった☆」


 相変わらず咲希さきねーちゃんの天才的行動力には驚かされるばかり。


 やっぱり僕みたいな凡人未満の存在とは格が違うんだと、毎回思い知らされる……。


「あっ……。ってかこれ著作権何たらかんたらとか、盗作がどうたらこうたらでやばいのかな……。私、訴えられちゃうのかな……」


「い、いや別に商業作品じゃないし、そもそも僕が咲希さきねーちゃんを訴えたりなんかしないから……」


「あそう? なら良かった」


 心配事が吹っ切れると、途端にケロッとして咲希さきねーちゃんはいつもの綺麗な表情に戻る。


「ま、とにかく、創詩そうしのお話は面白いの。これが証拠」


 いまだに困惑を拭いきれていない僕に向かって、咲希さきねーちゃんはビシッとiPhone12の画面に映った僕の小説のページを突きつける。


 確かに『数字』がそこにある以上、疑う余地はないけれど……。


「で、でも……。やっぱり僕が書いたお話なんて、つまんないし……」


「……」


「……」


「はぁ〜……」


 しばらくの沈黙の後に、とても重苦しいため息が響く。


 その声の方を見ると、そこには微かな不快感を放つ咲希さきねーちゃんの姿があった。


「私、もう嫌なんだよね。創詩そうしのこと悪く言われるの」


「え?」


 いつもとは違う、なんかトゲトゲした雰囲気の咲希さきねーちゃんから発せられた低い声に、思わず僕は違和感を覚える。


 でも、そんな僕をよそ目に、咲希さきねーちゃんはちょっと怖い顔つきのまま思いを紡ぎ始めた。


「お姉さんと違って創詩そうしは何にもできないとか、お姉さんと違って創詩そうしが優秀じゃないとかさ。外野のくせに全部知ったみたいな感じでお前らの評価を押し付けてくんなバーカ、って感じ」


 バーカ、って……。


 そんな乱暴な言葉、かっこよくて優しい咲希さきねーちゃんからはこれまで一度たりとも聞いたことなかった。正直、めちゃめちゃびっくりしてる。


 それでも、咲希さきねーちゃんは自分の優等生像が崩壊していくのも顧みずに、次々と荒々しい言葉を継ぎ足していく。


「じゃあお前らはこんなに面白いお話書けんの? 人のことばっか悪く言って自分は何かを一生懸命頑張ったことあんの? 自分の好きなことに夢中になったことあんの? ないなら黙ってろってのこの有象無象が」


 取り乱した様子の咲希さきねーちゃんの言葉が尽きると、僕の部屋は静寂に包まれる。


「あ、ごめん。ついベラベラ喋っちゃった」


 今の今まで怖い感じの表情と態度をしていたのに、次の瞬間にはいつもの優しい咲希さきねーちゃんに戻っていた。


「いや、別に……」


「ま、とにかく、創詩そうしのお話は面白いの。自分だけが楽しむなんて勿体無いよ」


「……」


「でも、別に創詩そうしの好きなようにやればいいと思うけどね〜」


「……」


「あっ、でもでも、私だけには読ませてくれてもいいんだよ?」


 物欲しそうにチラッチラッと僕に目配せしてくる咲希さきねーちゃん。まぁ、咲希さきねーちゃんなら酷いこと言わないだろうし、読んでもらってもいいかもしれない。


「……」


 にしても、あの短期間であの評価か……。


 今までは例のコメントが胸につっかえてて、こんなゴミみたいな自分が生み出した作品はゴミにしか見えなくて、全然自信を持てていなかった。


 けど、これなら……。


咲希さきねーちゃん」


「ん?」


 咲希さきねーちゃんが見せてくれた希望が本物なら……。




「ありがとう」




 作家としての登竜門である『新人賞』に挑戦してみるのも、悪くないかもしれない……。



 ❇︎



「……そういえば」


 しばらくの沈黙の後に、咲希さきねーちゃんが口の端っこに僅かな笑みを潜ませながら話しかけてきた。


創詩そうしのパソコンから抜き取ったファイルの中に、こんなのがあったんだけど……」


 シュッシュッと指先で操作してから、手に持ったパープルのiPhone12を差し出してくる咲希さきねーちゃん。


「ん?」


 妙にニヤついた感じの咲希さきねーちゃんを不審に思いつつも、僕のパソコンには特に変なもの入ってないはずだから、特に思い当たる節もない。


 胸の中に疑問を抱いたまま覗き込んだiPhone12の画面には、僕の書いたとある小説のタイトルが大きく表示されていた。


 そのタイトルは……。




『大好きなお姉ちゃんと一緒に異世界転生してのんびりスローライフします』




「……っ⁉︎」


「……」


「……」


「……」


「ふ〜ん?」


 咲希さきねーちゃんは意地悪な声で呟いた。


 とっても綺麗な顔で、とってもニヤニヤしながら。

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