あとがき「稲葉かりんに恋して……」
筆者も、稲葉かりん初段を好きになる前から、数々の女性芸能人や女性アイドルのファンになったことはあるのだが、あまり有意義に感じたことが無い。
例えば昔、一番ハマった女優さんは堀北真希さんで、彼女の出演したテレビドラマや映画を全て視聴して、雑誌も徹底的に買い漁って彼女のインタビューを読んだが、正直得るものは少なかった気がする。堀北真希さんよりも、全く興味の無かった他の俳優さんの演技力に感心したりする機会は多かったが、筆者の価値観や考え方を根底から変えるような作品には一つも出会えなかった。
いくら自分が好きな女優さんが出ていても、それだけで満足するほど、筆者は愚かではない。退屈なシナリオ、意味不明な設定、そういったものが重なれば、いくら自分の好きな女優さんが出演していようと、筆者は容赦なくチャンネルを変える。宣伝のためのバラエティ番組を視ても全く笑えないし、楽しめなかった。
結局、堀北真希さんが出演した映画やドラマを見まくって得られた経験は、映画やドラマは監督や脚本、プロデューサーの裁量によるところが大きいと云う、学生の頃から分かり切っていた事実を再確認する作業でしかなかった。
浜崎あゆみさんのファンだったこともある。
ところが10代までは浜崎さんを尊敬することが出来ても20代に差し掛かると、彼女の書く歌詞がだんだん説教臭く感じたり、幼く感じたり、薄っぺらく感じたりしていった。
これは筆者自身が人間的に成長していったことに他ならないのだが、例えば学生の頃に視た「ファイトクラブ」は大人になった今でも楽しめると云ったことを知っていると、大人になるにつれて、物足りなくなるモノに興味を持つのは正直難しくなる。
芸能人達が披露する歌よりも、より緻密な小説や書籍の世界に興味を持っていったのも致し方ないことである。
今ではもう、アーティストやアイドルの歌などをほとんど聴かなくなった。
棋士で云えば、将棋の女流棋士の香川愛生先生のファンだったこともある。
しかし、幸か不幸か、筆者は将棋が分かる人間だったので、香川先生の対局を観ていると首を傾げる場面が多く、彼女が負ける対局を観たりすると「その手じゃないよ!」とイライラしてしまうことが多かった。将棋の世界は男性と女性の棋力の差が大きく、将棋の女流棋士の一手は素人の将棋ファンでも納得出来ないことが多い。
しかも最近はAIと云う迷惑な代物が出て来て、番組を盛り上げる意図なのだろうが、最善手を画面に表示するから、視聴者は次の一手を考えようとする気概を失った上に、香川先生の手が最善でないことが一目瞭然になってしまった。
結局、「可愛い香川愛生」より「強い里見香奈と西山朋佳」の方が素敵だと思ってしまい、彼女に対する熱も冷めていった。
残念ながら、「可愛いから好き」で居られるほど、男は甘くない生き物である。
その意味では、囲碁においても「可愛い稲葉かりん」より「強い藤沢里菜」の方が輝いていると云う事実は否定できないが、藤沢里菜先生のために新しい物語を書こうと云う気概は何故か筆者には起きない。
積極的にメディアに出て普及活動をしている、香川先生の方が社会人としては稲葉かりん初段よりも遥かに尊敬出来るが、香川先生のために新しい物語を書こうと云う気概も筆者に起こらない。
筆者にとって、稲葉かりん初段の魅力とは、一体何だったのだろうか。
「不思議の国のアリス」である。
ルイス・キャロルがアリス・リドルのために執筆した「不思議の国のアリス」は、ある昼下がり、少女アリスが土手で遊んでいると、チョッキを着た白ウサギが時計を取り出しながら急ぎ足で通り過ぎ、これをアリスが追い掛けていったことから物語は始まる。
元々将棋が好きで、その延長で好きになった香川愛生先生とは違って、稲葉かりん初段は筆者が直接的に囲碁に興味を持った存在である。
「囲碁」と云う「不思議の国」に筆者を連れてきた稲葉かりん初段は、まさにアリスを不思議の国に連れて来てくれたウサギのような存在だったのである。
そしてそんな彼女のために物語を書かせたということは、稲葉かりん初段は筆者にとっての「アリス」に他ならない。
「囲碁の国のアリス」、それが筆者にとっての稲葉かりん初段である。
だから稲葉かりん初段に対する評価は香川愛生先生のそれより甘いのだ。
囲碁は本当に面白いし、素晴らしい。
その如何様にも表現出来る魅力を少しでも伝えられるように推敲したが、果たして書籍化や映画化に至るには難しいものがあるだろう。
この『囲碁の恋』は、元々NHKに出演していた稲葉かりん初段のために執筆した物語である。
結局、彼女をNHKのテレビドラマに出す夢は叶わなかったが、一次予選の通過を果たしたことで、長く続けている小説家や脚本家志望の夢を諦めずに済んだ。
仮に、第7回カクヨムWeb小説コンテストに合格しなくても、次の作品を執筆するために、また精進していくだけである。
稲葉かりん初段はもうテレビに出ていないし、関西圏で暮らしているため、関東で暮らす筆者は会える機会も少なく、何年か経ったら筆者はまた別の有名人や芸能人に興味を持って、稲葉かりん初段への思いは冷めているかもしれない。
いい加減、芸能人や有名人などに思いを馳せず、普通に恋愛や結婚を果たしたいと云った思いもある。
その意味で、恋路亘と違ってプロ棋士になれなかった筆者は、稲葉かりん初段への恋心を抱き続けることは残念ながら難しいだろう。
しかし、確かに稲葉かりん初段のために物語を書こうと思ったほど、情熱を捧げたことは事実であり、数年後、数十年後、この作品を読んだら、自分の青春の1ページとして振り返ることが出来る作品になったことは間違いない。
稲葉かりん初段が、この作品を読んだら、どう思うだろうか。
筆者が彼女に伝えたいメッセージは既に物語に書いている。
「せっかく好きで始めてプロになったんだからさぁ、かりんちゃんには囲碁棋士としてずっと頑張って欲しいなぁ」
囲碁の恋 黒羽翔 @Rightsning-Vampire
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