後日譚。

─私はあの後、帰宅し、風呂に入り、食事を摂り、歯を磨いた。

 そして、書類を完成させた。

 それを近くの裁判所に提出し、私は晴れて正真正銘の女の子になれる。

 長いようで短い。こんな紙切れ一枚で私20年間の悩みが解決するのだ。

 私は徐に立ち上がり、キャリーケースの中からウィッグと白のワンピースを出す。

 目の前に置いてある姿鏡を見ながら、私はそれらを装着する。

「ふわああ……」

 目の前には今まで見たことのない私が立っており、それらは私がずっと探し求めていた、可愛いが満ちていた。

 私はその姿を写真に収め、メッセージアプリ ラビンで母に送ってあげた。

『可愛いじゃん。似合ってるよ』

 母はすぐ返信をしてくれて、褒めてくれた。

その後、父が書いているであろう口調で、『似合っているぞ』とそうメールに書かれていた。

こんなんならもうすぐ早く話しておけばよかった。

 私はそんなことを思いながら、一夜を過ごし、久しぶりの大学への登校となった。

 この格好では初めての登校だ。正直心配で、恥ずかしいとも思ったりする。 

 ある程度の批判はあるであろう。それでも前よりかは身が軽かった。

「いってきます」

 私は満を辞して家を出た。

 登校中はいたって変わりはなかった。

 しかし外部には私が女に見えているのだ。 

 随分不思議な様子に私は心躍らせながら大学へと着いた。

 周りは就活に頭を悩ませる人ばかりで、自分から声をかけづらかった。

 私は親の人脈で就職先は決まっており、後は遊んでてもいいのだが、私はこの姿を見てもらいたくここにきた。

 それでも前から陰キャを決めていた私に話しかけてくれる人はおらず、結局無駄足となってしまった。

「はあ……」

 どんな反応でもいいから見て欲しかった。

 そんなこんなで私は駅へと向かう。

 いつものように定期で改札を通ろうとした矢先、改札の隣で駅員さんと立ち往生している男性の姿があった。

「お願いです! お金は後日払いますんで! ここを通らせてください!」

 どうやらお金がないらしく、改札を通れないでいた。

「あー、私、払いましょうか?」

 周りにも聞こえるような声だったので、ここで対処しないと周りに迷惑がかかると思った。

「え!? いいんですか!?」


「いいですよ。いつか返してくれば」


「ありがとうございます!!」

 別にお金は返されなくてもいい。それくらいの思いで彼にお金を渡した。

 私はその後足速に駅のホームへと入り、次の電車がくるのを待つ。

 案外電車はすぐ来て、私は余裕の表情で電車の中へと入った。

「待ってええ」

 すると全力でこの電車に向かって走っている立ち往生していた彼がおり、閉まりそうになるドアにぎりぎり入ってきた。

「どうも」

 

「ど、どうも」

 彼そんな挨拶をしてくるので私も挨拶をする。

「この度は本当にありがとうございました」

 彼は誠心誠意深々と頭を下げた。

「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」


「お綺麗ですね」

 一瞬、誰に言ったのか分からなかったが、すぐに私に言われたのだと気付き私は顔を隠す。

「そんな……私はそんな綺麗な人間じゃないですよ……」

 優しく好青年な彼の姿は高校の時に出会った運命の人にそっくりであった。

「綺麗ですよ。少なくとも性格は」


「あの時はたまたま……それじゃあ、私が元男だと言ったら、どうします?」

 これは少し実験でもあるのだ。目の前の女性が元男だと言われてどんな反応をするのか。

「過去なんて知りませんよ。僕は今生きている貴方に話しているんです」

 彼の思っても見なかった発言に私は少し心を打たれてしまう。

「隣の席、空いていますか?」


「ど、どうぞ……」

 彼は言った通り私の隣に座り、そして徐に顔を近づけてきた。

「ひゃうんっ……」

 私は思わず変な声を出してしまう。

「貴方、どこかで……」

 どこか知り合いに似ていたのか、彼は首を傾げながら思考を巡らせる。

「あ! お前高校ん時の!」

 

「えっ……まさか」

 お互いそうかもしれない名前を呼び合う。

 そしたら一致したのだ。(私の名前は少し違ったが)

「うそ……」

─彼はこれまでのこと、私は私のことをありのまま話した。

「そっかー。だから名前変わってたのか。納得」


「納得しちゃうんだ」


「まさかだよ。まさか大学まで一緒だったとはな」


「学年は違うけどね。でもなんで浪人したの?」


「やんちゃしすぎちゃって……あはは……」

 彼は高校を卒業して、しばらく後輩と付き合っていたらしいのだが、ある日後輩が悪い輩に目をつけられたらしく、性的暴行を加えられ学校に来なくなってしまったらしい。

 彼は大学の入学式だったのにも関わらずバットを持って悪い輩がいる場所に殴り込み、主犯、共犯者含め3人を全治2ヶ月の病院送りにしたらしい。

 彼は自分の力では後輩を守れないと別れを告げ、大学の試験をもう一度受け直したという。

 彼も彼でだいぶ壮絶な人生を送っており、笑いながら話す彼の前で私は人笑いもできなかった。

「でも、すごいな。お前はもう吹っ切れて前へと進もうとしてるが、俺まだあの時から進んじゃいねえ」


「いいや、君は進んでいるよ。声はでかいけど、今日も後輩の両親のところ行って謝りに行くんでしょ?」

 そう、この男、事件があってから毎日のように後輩の家に訪問しては謝りに行っていたのだという。

 両親はもういいと言っているそうなのだが、彼は自分の気が済まないと毎日行っているらしい。

「それ多分迷惑の領域だよ……」


「そうか? 気の弱い俺はそうでもしないと自分が押し潰されてしまうんだよ」

 彼は悲しげな表情でそう呟く。

 その姿は愛らしく、私が今1番欲しいものである。

 気が付けば私はこんなことを言っていた。

「あの時、私が男の子の時から貴方が好きだったの。友達でいいから、付き合わない?」

 唐突に出たその言葉に、私はすぐに頬を赤く染めた。

「あの」

 ああ、でもこれから私はまた辛い思いをするんだ。もう慣れた気がするが、最初から友達になってくださいと言った方が良かったのかもしれない。

「時間をください……」

 そして彼もまた、頬を赤く染めていた。

「え!? 私元々男だったんだよ!?」


「俺は今の話をしてる。でも時間は必要……だから」

 すごくウブな表情で、それはそれは可愛らしい。

「私が欲しかった可愛い……だ」


「!?」

 彼は私の意味不明な言葉に首を傾げる。

「これから……よろしく」


「こちらこそ……よろしくお願いします」



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男のコ、辞めました。 ニュートランス @daich237

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