第01話「峡真[キョウマ]とフーロコード(その2)」


 数分後-----


「……あぁのね~? アンタに悪気はないのは分かるんだけどさァ~?」

 時計塔の一階ロビー。ソファーに腰掛けた桃色髪の少女は不機嫌にストローを咥えている。コップの中身は果汁百パーセントのリンゴのジュースだ。

「まことに申し訳ござらん……!!」

 その対面。綺麗な土下座で頭を地につける侍風の青年。

 背中には何が詰まっているかも分からないリュックサック。これだけ見ると亀の置物のように見えて間抜けだ。

「声をかけてるのに返事をしなかったのは悪かったわよ。でもレディの体に気安く触るのはどうかと思うんだけど? 助けてくれたのは嬉しいけど乱暴だったわよ?」

「己の不躾にござる……!」

「怪我をしなかったのは不幸中の幸いよね」

 上から大量に崩れ落ちた本。二人は飲み込まれこそしたが大したケガにはならなかった。多少顔に切り傷が付いたか頭にコブが出来たかくらいである。

「なにとぞお赦し願いたい……」

「お詫びにお腹をズバッと斬るくらいの覚悟を見せたら考えてもいいわね」

「……っ!!」

 涙目。侍風の青年の頭上に『ガーンッ』という文字が見えそうだ。

「かしこまった……拙者の血を持って、お詫び申す!!」

「真に受けんな。真面目か、大真面目か?」

 刀を抜き本当に切腹しようとした青年。冗談が通じない性格を前、冗談だからマジでやめろと不機嫌に少女は呟く。

「はぁ……今までの無礼、実を言うと気にしてないから。アンタの困っている姿とか礼儀の良さとか見てみたかっただけだから……分かった? ほらっ、それが分かったら早く自己紹介をする!」

 お互い、さっきの事は水に流し、早いところ仕事の話へとシフトチェンジする。

「拙者は【峡真キョウマ】と申す!」

 刀を鞘に収めたところで侍風の青年はその場で正座。自身の胸に手を当て、少女に自己紹介をする。

「私も自己紹介しとくわよ。【フーロコード・ラビリスト】。帝都魔術協会所属兼特殊階級エージェント。帝都の問題事を解決して回るヒーローってところ」

 桃色髪の少女はジュースを飲み干し、キョウマに続いて自己紹介をした。

「……んでこの時計塔で私に用事でしょ。一体何用かしら?」

 キョウマとフーロコード。自己紹介を終えたところで本題へ入る。

 時計塔に入れたという事はこのお侍はそれなりの権限を持っている。魔法使いか或いは王都からの使いか。要件を単刀直入に聞き出す。

「フーロコード殿!」

 正座のままキョウマは要件を告げる。

「騎士団の命により! お主のを承った!」

 ボディガード。目を星空のようにキラキラさせながら告げた。

「……おい、待て」

 するとどうだろうか。

「うん、確かに頼んだわよ。仕事の手伝いが欲しいから色々と都合付けてボディガードを頼んだわよ。うん、でもさ」

 頭を抱えながらフーロコードは天井を見上げているではないか。

「ひとまずアンタが騎士団所属であることは分かったわ」

 和風の羽織の下の制服。それは王都の騎士団の制服であることは分かっている。その制服に目を合わせるたび酷く肩を落としている。

「……んで、アンタ騎士団に属してどのくらい?」

 その制服を見て、彼が騎士団の中でどの階級であるか分かっているような。

二月ふたつきにござる!」

「くはぁああ~~~~ッ……!!」

 予想通りの返答がやってきたのか更にフーロコードは溜息を重く吐いた。

「新人も新人! しかもどう見ても王都出身じゃない異国人! そんな奴を使いに送る!? 普通!? フザケんな! お坊ちゃま貴族共めが……!!」

 不機嫌更に極まっていく。何をそう怒っているのかと頭をポカンとさせているキョウマを他所にフーロコードは頭を片手で掻きまわす。

「私の『楽したい』という考えを向こうがお見通しだったか……或いは私のような奴にはこんな雑兵で十分ですよという騎士団のお告げかしらねェ~~……!!」

 帝都の特殊階級であるというフーロコードはキョウマを寄越した王都騎士団に酷く文句を垂れているように見えた。

 そう、王都の騎士団は巨大な組織であり誰もが救いの手を求める。王都以外でも活動の幅を広げ、派遣で他所に兵を寄越す事も少なくない。

 階級によって制服が異なる。キョウマが来ていた制服は組織の中でも新米の証であった。付き合い方が分からない異国人の教育が面倒だからと王都が寄越したか。そう考えているようだった。

「ハッハッハ! バチでもあたったかな。フーロコード」

 そんな彼女を見るなり大笑いする学者が一名。

 アンクルを光らせる古風な青年は数名の学者仲間を引き連れ彼女のもとへ訪れる。

「人遣いの粗さが治らないようじゃ信用されないよ。それと、誰かを困らせたくなる嫌な趣味とかもね」

「黙れ、マーシィ!」

 どうやら仕事仲間のようである。

「気を付けるんだよ、新人騎士。彼女のトコに送られた奴は雑巾のように使い回されるようだからねぇ~! ボロボロにならないようにしっかりと鍛えておくんだよ!」

「余計な忠告すんな!!」

 顔を真っ赤にしてキレるフーロコード。それをからかうマーシィ。他の学者仲間もゲラゲラと笑っているようだった。

「……?」

 軽快。フレンドリーに話しかけてきてくれた帝都の学者を前。キョウマは首をかしげている。

「ん? 僕の顔に何かついているのかい?」

 じっと見られていることに気づき、マーシィは首をかしげていた。





「お主……?」

「……え?」

 突然の質問。マーシィは思わず目を点にして固まる。

「「「え」」」

 近くにいた学者仲間達もキョウマの発言には思わず疑問符を浮かべ始める。

「まともな挨拶も出来んのかァ! この田舎坊主はッ!?」

 瞬間! 頭上へ手斧のように降ろされる魔導書!

「ぐえぇっ!?」

 フーロコードからの制裁! キョウマは目玉も飛び出そうなショックを体感する。

「『はじめまして』だろ? 『これから、よろしくお願いします』だろ!? 『フーロコード殿はそのような方には見えません』って言うのが普通だろぉおお……!?」

「痛い……痛いにござるぅう……」

 本でチョップをされたどころか髪を掴んで人形のように揺らすという追い打ちまでセットでプレゼント。キョウマは目をクルクル回しながら説教にトントン拍子で返事をするのみである。

 フーロコードの表情は怒りで歪んでいながらも、マーシィの言う例の性格ゆえか楽しんでいるかのようにも見えた。

「ハッハッハ! 面白い子だね、フーロコード」

「勘弁してほしいわよ。ホント……」

 今までと比べて、一段とヘンチクリンな奴がやってきた。

 頭痛薬の一つでも飲みたいと思ったのだろうか。フーロコードはより一層強くなる一方の頭痛を片手で押さえつける事しか出来なかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それから数十分が経過した。

「さっそく仕事をしてもらうけど、大丈夫?」

 時計塔の外に出たフーロコードは振り返り際に自身の髪に触れる。

「オーケー! でござる!」

 彼女の視線の先には最初の初仕事で目をキラキラさせるキョウマ。

 その背には大きな荷台。中には指では数え切れないほどの数の文献が山積みになっている。

「……荷物持ちをノリノリで引き受ける人はなんか初めてね。私からすれば都合が良いから別にって感じだけど」

「これをどこまで?」

「私の家。これから調べたいことが沢山あるから。今日は家から動くつもりないから終わったらゆっくりしていいわよ」

 フーロコードは自宅に向けて歩き出す。

「ここ最近、大忙しになるからね」

 一言。何かをボソッと呟いた。

「む? 大忙し、とは?」

「家に着いたら何個か説明してあげるわよ」

 フーロコードに続き、キョウマも歩き出す。

 かなりの数の文献。荷台が必要な数ともあって結構な量と重さである。それどころかキョウマは背中に自分の荷物も背負っているのだ。まだリュックを降ろしていないのである。

「きょーおの天気っは、大っ快晴~♪」

 だがキョウマは嫌な顔一つせずに荷台を引いて歩き出す。汗一つかかず、何なら鼻歌まで歌い出すほどノリノリであった。

「ホンット、変な奴が来たなぁ~……」

 またフーロコードは頭痛で頭を抱えていた。面倒を見きれるだろうかと。

「むむ?」

 ノリノリで仕事をする最中。キョウマは突如足を止める。

「どうしたの、キョウマ」

「……あれは」

 さっきまでの気分の良い表情が途端に曇り始めている。今後の自分の事を考えて早いうちに目が覚めて気分が萎えてしまったのだろうか。

 仕事自体に不満がある様には見えなかった。彼の表情の曇りの原因は何か、その視線の先を追ってみる。




「オラッ! とっと動け!」

 それぞれ鞭を手に持つ大柄な男。

「……」

 銀色の髪。ボロボロの服。

 言葉一つ発そうとせず地面に座り込む少女がキョウマの視界に入っていた。

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