第1章{不浄の目醒め、清浄なる世界を夢見る者}

第01話「峡真[キョウマ]とフーロコード(その1)」


 ----帝都エルーサー。

 そこは惑星クロヌスでは二番目に巨大とされている繁栄都市。

 なお一番に巨大とされている都市は“王都ファルザローブ”だと言われている。

 帝都と王都。ランクとしては帝都の方が本来は上。何故、この都市は王都の方より下なのか。疑問符を浮かべられるのも少なくはない。

「おおおっ……!!」

 だがそんな細かい事を気にもせずに目を輝かせる者は少なくない。なにせここは年内に数百万以上が観光に訪れる大都市だ。

 昼間となれば住民達の賑わいが聞こえてくる。出店商人の掛け声、世間話で盛り上がる主婦たち。道端の真ん中でボール遊びをする子供達。

「ここが王都でござるか! ついに、ついに着いた……実に長く遠い道のりでござった! 途中で嵐が来た時はどうしたものかと思ったが!!」

 そんな西洋の空気漂う街中に一人、雰囲気に似合わぬ男が一人。

「頑張った甲斐があった! この賑わい、実に良いもの……、おっと!?」

「いててっ!?」

「も、申し訳ござらん!」

「いやいや、大丈夫だよ……ん?」

 背中には大荷物。何が入っているか分からないがパンパンに膨れ上がったリュックサックを背負った男だ。

「むむ? 拙者の顔に何か……はっ! もしや! ぶつかった時に怪我を!?」

 和装だった。着物風の上着を羽織った細身の青年である。

 髪は小さなポニーテールで纏められている。そして腰には西洋剣とは全く違う、見慣れぬ形の太い刀。

「……ははっ。見ての通り外からの客って感じだな。気をとられるのも無理はない」

 帝都の住民とは百八十度かけ離れた異国文化の服装とその姿。初めての風景に感極まってしまったのなら仕方ない。

 ぶつかった貴族風の男は和装の青年に微笑みかける。

「拙者の不注意で……申し訳ござらん」

「いやいや、構わないよ」

 何度も頭を下げる好青年。侍を思わせる彼の姿を見て、貴族風の男は特に咎めもせずに頭を上げる様、促した。

「でも気を付けるんだよ。怖い人達も結構いるからね。君みたいな優男はあっという間に身ぐるみ剝がされちゃうかもしれないよ~?」

「うぐっ……き、肝に銘ずる……」

 侍風の優男は深く肩を落とす。

 初対面の誰かに“弱そうな男”と思われたのがショックだったか。或いは自身の不注意でぶつかったことがショックだったのか。

「……ぶつかった後で申し訳ござらんが、一つお尋ね申したい」

 何度も頭を下げながら、侍風の優男は再度無礼を詫びて質問する。

「道を聞きたいのかい?」

「時計塔を訪ねたい……申しにくいのでござるが、拙者は地図を見るのが苦手で」

「ああ、あそこか……ってこの地図。かなりアバウトじゃないか。いやいやコレは君は悪くないよ。こんなガサツな地図じゃ分からなくても仕方ない」

 むしろこんな地図でよくここまで辿り着いたものだと感心までしていた。

 帝都の真ん中。巨大な時計塔へ貴族風の男は視線を向ける。割と遠くにあれど、あれだけ巨大な建造物ならば何処にいても視界に入る。

「入り組んでるから道に迷うかもしれないね。いいかい? ここを真っすぐ、そのあと曲がって……ああ、いいや。その地図に書いてあげよう。間違えないようにね」

「かたじけない!」

 時計塔までのルートの説明を細かく書いた地図を受け取ると、侍風の優男はまたこれでもかと深々に頭を下げ、何度もお礼を言ったところで時計塔に向かって走り出した。

「……ふーむ。時計塔に用事?」

 貴族風の男はペコペコと頭を下げ続けた異国の青年の背中を見つめている。

「観光客は愚か、帝都の一般市民ですら立ち入りが出来ない。騎士とか、それなりの特権を持ってる者しか入れないが……」

 深く考え込んでいるようだった。

「まぁいいか。立ち入りは出来なくとも、外から眺めることは許されている。帝都に来たのなら時計塔くらいは見ておきたいのだろう。うん」

 深いアクビと共に貴族風の男はその場を去って行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数十分後。時計塔前。

「と、遠かった……」

 帝都の中であれば、何処であろうとその巨大な時計塔は目に入る。

 しかし、そこに辿り着くまではそんなに簡単ではなかった。貴族風の男の警告通り、そこまでの道は結構入り組んでいた。

「これがというものでござるか……世界は広い」

 この丁寧な解説のメモがなければ一生道に迷っていただろう。侍風の優男は何度も心の中で貴族風の男に頭を下げていた。

「----さて」

 侍風の優男は何度も自分の頬を叩き、空気を入れ替える。

 彼は時計塔を外から眺める……のではなく。入り口に向かって、歩き出したじゃないか。

「止まれ。ここは観光客の立ち入りは禁止だぞ」

 身なり。その服装から明らかに異国の観光客だと思った見張りの一人が呼び止める。貴族風の男の言う通り、そこは関係者以外の立ち入りは一切禁じられている。

「……拙者、こういう者にござる」

 すると侍風の優男は荷物の中から何かを取り出した。

 便箋の入った封筒だ。封筒には“鳥”を思わせるデザインの判子が押されている。

「中身を確認してもいいかい?」

「構わぬ」

 見張りの兵士は一言確認をすると、手紙の封を開き、その中身を確認する。

 中に入っていた便箋には鳥の判子以外にも、誰かの名義のサインのようなものまで書かれている。

「なるほど。君が……君、が?」

「どうかしたでござるか?」

「い、いや。何でもない」

 キョトンと首をかしげる侍風の男に、見張りの兵士は慌てるように顔をそむける。

「よく来たな……“彼女”なら、五階の資料室にいるはずだ」

「御免」

 手紙を見張り兵から受け取り、侍風の優男は頭を下げて一詫び入れてから、帝都の魔術本部本拠地である時計塔へと足を踏み入れる。

「あぁ! そうそう! 入る前にノックをして! 何度やっても返事が来なかったら勝手に入っても構わないぞ~!! なんか言われたら『』としっかり文句も添えてな~!」

「承知したでござる~」

 一言、見張りの兵士は告げる。

 それに対し、青年はしっかりと片腕を上げ返事をしていた。振り返って礼の代わりに頭をしっかり下げて。


「……あのナリで、かぁ」

 見張り兵は時計塔に入っていく青年を見て、疑問符を浮かべまくるように首をかしげていた。不思議なお客様の背中をしばらく眺めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 時計塔の中は外の風景とは相反して、随分と薄暗い雰囲気だった。

 話し声こそ聞こえるが外ほど賑やかではない。騒ぐような声は一度たりとも聞こえてこないのだ。まるで図書館のよう。

「……静かでござるなぁ」

 或いは監獄か洞窟の中にいるような気分でもある。

 これだけ人がいるというのに明るさを一切感じない空間は結構珍しい。仕事の邪魔をするわけにもいかず、侍風の優男は挨拶を小声で呟き五階の資料室へ向かう。

「ここ、か」

 資料室と書かれた部屋の前。青年は手紙を片手、身なりを整えて足を止める。

「えっと……ごめん、くださーい」

 そして、しっかりとノックをする。騎士の警告通り。

 ノックは一種の礼儀のようなもの。中にいる人の準備は出来ているかどうか、返事が返ってくるまで青年は静かに待つ。

「……」

 しかし返事は来ない。

 試しにもう一度ノックをする。それを計五回ほど繰り返してみた。

「来ない」

 そっと耳を澄ませてみる。

 資料室の中からは確かに声が聞こえてくる。中に誰かいるのは間違いない。試しにもう一度ノックをと繰り返してみるが、やはり結果は一緒だ。

「……ふむ」

 そこで優男は見張りの兵士の一言を思い出す。

「失礼いたす」

 何度ノックをしても返事が来ないようなら、勝手に入っても構わない、と。

 礼儀を重んじる彼は抵抗こそあった。だが、彼も仕事でここに来ている。立往生というわけにも行かないようだ。

「むっ……げふっ、げふっ」

 思わず咳き込んでしまう。

 かなりホコリっぽい。換気もしていないのかカビの匂いも充満している。優男は足場もまともにあるか分からない散らかった部屋の奥へと向かって行く。

「ここにもない」

 奥へ進んでいくと、人影がある。

 蝋燭一つで照らされた机上。そこには大量の文献があり、人影は一ページ一ページ入念に何かを調べているようである。

 桃色の長髪。何処かの部隊に属していることを意味する制帽。純白の制服を身に纏った少女がブツブツと独り言を続けている。

「やはりあの文献以外に明確なものは残されていないのかしら? いや、そんなことはない。何かあるはずよ……何か……」


 とてもじゃないが、話しかけられる雰囲気ではない。

「白い悪魔の情報になるモノは……微塵でもいいから、どれか一つでも、」

「失礼いたす」

 だが言ったはずだ。彼も仕事でここに来ていると。

「【フーロコード】殿にござるか?」

 優男は少女の肩にそっと手を乗せる。

「……ひぎゃぁあああーーーーーッ!?」

 すると、どうだろうか。

 想像も出来ないほどの大きさの悲鳴を上げたかと思うと少女は椅子から猫のように飛び上がり、直ぐ近くの数メートルの高さの本棚にまで背を向けて逃げていく。

「あいたっ!?」

 そのスピードと勢いはそれはそれは凄いもので。

 本棚に背中がぶつかると、その本棚は大きく揺れてしまい……中に入っていた大量の本が雪崩となって少女に降り注ごうとする。

「いかんッ!!」

 優男もそれに気づき、慌てて少女に駆け寄った。

「「おわぁあああーーーッ!?」」

 見た目によらず重い本が大量に。気が付けば二人仲良くその雪崩の餌食。

 薄暗い雰囲気がピッタリと定着していたこの時計塔の中で、二人の悲鳴が沈黙を突き破るようにこだまする。

「な、何事ッ!?」

 騒ぎを聞きつけ、数名の協会メンバーが資料室へと集まっていく。

「ふ、不審者ァア~……! ノックもせずに部屋に入ってくる不届き者がここにぃい~いぃるぅう~ッ!!」

 積み重なった本の山の中から片手を伸ばす桃色髪の少女。

「ふ、不審者ではござらん……ノックも、し、た……がくっ」

 その隣、同じく本の山から上半身のみを出して、完全にのびている侍風の男。


 一種の事故。

 協会メンバー達は『心配損した』と言わんばかりの溜息を漏らした。

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