蚊帳の外で全てが終わっていた

「何があったんだ……?」


 ――真也と香乃の二人が大学を辞めた。


 そのことに気付いたのは、真也たちと遊びに行ってから一週間経ってからのことだった。というのも、俺は俺でそれどころじゃなかったからだ。


 あの変な標識を見た後、顔を青くしていた麻紀を心配した俺は、真也に家まで送ってもらおうと頼んだのだが、麻紀は駅までで大丈夫だからと必死に訴えていた。

 それに真也はわかったとだけ返事をすると、それまでとは打って変わった様子で、香乃と楽しく話しながら駅まで送ってくれた。

 駅近くで停車すると、麻紀は脇目も降らずに車から飛び出した。その尋常ではない様子に、俺は真也たちに一言謝ってから麻紀を追いかけた。

 俺を見送る真也と香乃。それが俺の見た二人の最後の姿だった。


 駅内の端の方で縮こまっていた麻紀を見つけ、何とか落ち着かせた俺は、今日は別の友人の所に泊まるという麻紀をそこまで送った。

 別れ際に、今度話があるから少しだけ一人にさせてほしいと言われ、止める間もなく友人の家に入っていった。


 それから数日の間、俺は何度も連絡を取ろうとしたが、麻紀からは一切反応がなかった。大学にも来ていないようで、家に行こうかと考えていると、友人からは少し落ち着けと怒られ、麻紀の友達からも待っててあげてと言われた。

 そこでようやく落ち着いた俺は、そういえばあれから真也たちとも会っていないことを思い出した。


 真也には、香乃に協力してあの場所に連れて行ってしまったから会うのに躊躇してしまったが、一言謝ろうと探してみるも見つからなかった。

 連絡しても繋がらず、ゼミや講義にも来ていなかった。友人にも連絡を取れないかと聞いてみるが、誰も真也に連絡がつかなかった。それどころか、香乃にも連絡がつかないことがわかった。


 そこから更に数日後の現在。さすがにおかしいと思った俺は、ゼミの教授に真也と香乃のことを聞いてみると、教授は暫く言いにくそうにしていたが、二人が大学を辞めたことを教えてくれた。

 それを聞いた俺は理解ができなかった。

 固まったままの俺を教授は気の毒そうに見ると、一言俺に告げてからそそくさとその場を去っていった。


『おかけになった電話番号は現在電波が――』


「繋がんねぇ……」


 何度目かわからない留守電のメッセージを聞きながら、俺は静かにため息を吐いた。

 真也も香乃も大学に入ってからできた友人だが、結構仲良くやれていたつもりだった。何か事情があったのなら相談ぐらいしてほしかったなと思いながらも、何で急に辞めてしまったのかと、つい考えてしまう。

 一人食堂で項垂れていると、麻紀からメールが来た。


『何日も連絡しなくてごめん。今時間ある?』


 俺は麻紀に久しぶりに会えるという嬉しさもあったが、真也たちが辞めてしまったことを伝えないといけないことに少しばかり複雑に思いながらも、大学近くの喫茶店で会うことにした。



 先に喫茶店に到着した俺は、飲み物を飲みながらスマホをいじって待っていると、麻紀がやって来た。麻紀は少しだけ疲れたような表情をしていたが、俺の顔を見ると小さく笑ってくれた。


「……久しぶり」


「……お、おう」


 数日ぶりの俺たちの会話はぎこちなく、そこで途切れてしまった。

 もっと何か気の利いた事があるだろとは思うが、それ以上お互い何も言えないまま、麻紀の頼んだ飲み物が届くまでだんまりだった。


「あのさ、香乃たちの話聞いた? 大学辞めたって……」


 暫くお互い黙ったままだったが、話を切り出したのは麻紀からだった。

 どうやら麻紀も真也たちが大学を辞めたのを友人経由で知ったらしく、今日会ったのは、そのことを知っているのかの確認だった。


「ああ、ゼミの教授に確認取ったから間違いない。連絡も取れないし、大丈夫だといいんだが……」


「……そうだね。元気にしているといいね」


 そこからまた沈黙。

 俺たちの座っている席だけ重苦しい雰囲気が漂う中、突然麻紀は自身の頬を両手でパンっと叩くと、何処か覚悟を決めたような表情をして見つめてきた。


「香乃から何を頼まれてたの?」


 その言葉に、俺は別に悪いことをしていたわけではないがドキリとしてしまった。

 言葉に詰まる俺を落ち着いて、ゆっくりでいいからと優しく待ってくれているのだが、その眼からは話せという有無を言わさない迫力があった。


 そして俺は、一ヶ月ほど前に香乃から真也と付き合いたいから協力してほしいと頼まれたことを話した。

 日頃から、真也が彼女が欲しいとうんざりするほど聞いていたので、それがなくなるのならばと軽い気持ちでOKした。

 協力といっても真也の好きな物とか、一緒に遊びに行く時に二人きりにさせたりとかぐらいの簡単なことだった。

 先日の山道に案内した件に関しては、麻紀を怒らせるので正直嫌だったのだが、協力してもらうのはこれで最後だからというのと、後日、麻紀も誘ってお詫びするからというので、しょうがないと了承した。

 ……あ、そういやその約束もすっぽかされてたな。


 相槌を打ちながら話を聞き終えた麻紀はそっか、と一言だけ言うと押し黙った。俺はその様子にあたふたとしながらも、黙っててごめんと机に頭を叩きつける勢いで謝罪した。


「私と雄二をダシに使った香乃には怒ってるけど、雄二には別に怒ってないから。……ねえ、どうして香乃は真也君をあの山道に連れて行きたかったか聞いてる?」


「……あんまり興味なかったからよく覚えてないけど、変わった標識を二人で見れば何とか言ってたな」


 麻紀は俺の返答にうーんと少し難しそうな表情を浮かべる。だがその後に一つ頷いたかと思えば、麻紀は自身が注文した飲み物を勢いよく飲み干して、カラッとした笑顔を浮かべた。


「香乃たちのことはもう忘れよっか」


「えっ」


「私たちがずっと気にしていてもしょうがないし。真也君たちが連絡したくなったらしてくるでしょ。その時にまた考えればいいよ」


 気分転換に遊びに行こうと何時もの笑顔を向ける麻紀を見て、確かに麻紀の言う通りだよなと思う。

 俺も小さく笑って残った飲み物を飲み干すと、二人で喫茶店を出た。

 そこからは歩きながらの会話を楽しんでいると、ふと先ほどの話で気になったことを尋ねた。


「そういや、麻紀は香乃が真也をあの山に連れて行きたかった理由って知ってるのか?」


「……あの子はすごいバカなことをしただけだから、雄二は知らなくてもいいよ。私もどうでもいいからもう忘れることにするから。あ、でも私を騙して連れていったんだから、今日はお詫びで雄二の奢りね」


「……わかったよ」


 麻紀は何か知っているみたいだが、話したがらないからこれ以上は聞かないことにした。

 真也たちが今どうしているのかはわからないが、きっと何処かで元気にしているだろう。また何時か連絡が来たら笑って会ってやろう。

 それよりも、今日はこの後の麻紀とのデートを楽しむか。

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