第16話:パドマの問い

 白い皿に乗ったオムレツにフォークを伸ばし、やわらかそうな黄色い塊をすくって、口元まで運んだ。が、それを咀嚼そしゃくする気が起きない。少し迷った後で、フォークを皿の上に戻し、庭園の方へ視線を向けた。


 人間の舌のような形をした台地に作られた庭園には、人工的な川が縦横に数本ずつ走っており、川や生垣いけがきで四角く区切られた空間に、芝生や各種の花々、特徴的な噴水が設けられている。巨大な魚が何体も組み合わさったもの、数十メートル続く塀に彫刻された顔型から水を放出しているもの、霧のように水を噴き上げているもの。噴水の造形は、バラエティに富んでいる。


 目の前にある光景は、間違いなくユニークで美しい。けれど残念ながら、今はそれを楽しむ余裕がなかった。どうしても、視界の一番手前にある青いシートが目についてしまう。そしてそのシートを見ると、女性の白く膨らんだ肌を思い出す。


 私は詳細な映像を思い出す前に首を振って、食堂の中に視線を戻した。二本の長机が配置された室内の構造は昨日と変わらないけれど、雰囲気は昨日と違い、重く沈んでいる。人の姿はまばらで、聞こえる話声もひそやかだ。自立制御の掃除ロボットだけが、唯一機敏に動いている。


「集団生活って、こういうものなの?」

 フォークでオムレツをつつきながら、パドマが聞いてきた。


「こういうものって?」

「暴力はつきもの?」

「どうなんだろうね」

「他人事みたいに言わないでほしいなぁ。アガサは小さいころ、周りに人がいたんでしょ?」


「いたけど、ほとんど老人だったから」 

「老人が多いと、こういうことは起きないの? 人間は成長するってこと?」

「気力と体力が衰える、という方が正確かも」


「悲観的だなぁ」パドマは、ため息を漏らすように言った。「せっかく肯定的な内容にしようと思ったのに」

「気力と体力の衰えを老成ろうせいとみれば、矛盾はなくなるけど」

「それ、楽観的にしたつもり?」


「一応」

 個人的には筋の通った考えを披露したつもりだったけれど、パドマが目を細めているのを見る限り、万人受けする内容ではなかったらしい。


「でも、排除することに何の意味があるんだろう」

 少女は、ほほに手を当てた。

「王女を入れ替えたり、立場を空けたりすることに意味があるんじゃない? それでどんな利益があるのかは、ちょっと分からないけど」


「そういう意味じゃなくて」

「そういう意味じゃない?」

「もっと根本的な方。個人が得するために他人を排除するのは、人間全体で見れば合理的じゃないよね?」


「どうだろう。簡単には断言できないような」

 得をするという言葉を聞くと、どうしても浅はかな欲望を成就じょうじゅさせるシチュエーションが思い浮かび、合理性とはかけ離れているように感じる。ただ、例えば、暴政を行う王様を排除することは、手を下す個人の得にもなるし、ほかの多くの人にとっても得になるのではないだろうか。道義的な話は別として、合理的ではある気がする。

 

 いや、でも。

 

 個人の排除を許容すると、排除合戦を招いて結局自体が好転しない、という可能性もありそうだ。やはり、関わりのある要素が多すぎて、断言はできそうにない。少なくとも、会話の合間に考えるくらいでは。


「それに、他人を排除することが合理的ではなかったとしても、そういう行動をとる人がいるのはおかしくないと思うよ。感情に流されないで、合理的に行動をし続けられる人間はいないわけだし」

「それは同感。でも、私が言いたいのはそういうことじゃなくて、排除したい、という感情が生まれること自体に疑問を感じてるの」

「ずいぶんさかのぼるなぁ。でも、感情でしょ? それこそ合理性で考えるのは難しい気がするけど」

 

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