クニノマホロバ~prince eyes~

戦い疲れていたのかー。


夜のキャンプ場で・・・。彼はマガツ神たちとの戦いに備え、ラジオの電波を消して仮眠に入った。


決戦間近ー。

対イブキ戦に備え夜営のため用意したテント。


買い物を終え、目的地に関するガイドブックなどを捲りながら青年テルヒコは孤独な夜、天井を見上げていた。


とりとめない過去、うつろう意識のなか、潜在意識に紛れ込み強烈な思い出がフィードバックされる。


その夢の中で。


ある日見た夢の中で男(テルヒコ)は思い出した。


(だれか、いるー?!彼女は・・・!)


見覚えある美しい黒髪の人影。


荒野のなかで一人佇むその後ろ姿。


二人はそこに残されていた。


次の瞬間にテルヒコは電車のなかにいた。いつも乗る、日豊本線サンシャイン号のなかに。


緑の座椅子に平時の白い洋装のユタカがいた。


彼女はなぜかとてもリラックスしていて、殺伐とした日々には似合わぬほど笑顔だった。


「ねえ、私たちこんな風に旅するの久し振りね。(ユタカ)」


「あ、ああ・・・。いつから俺たち、ここに?(テルヒコ)」


「ほら!きれいな景色。(ユタカ)」


「ほんとだ!いい眺めだな。(テルヒコ)」


・・・・・・・


「あれ?!・・・(テルヒコ)」


彼女の姿が見あたらない。


どこを探しても、走り続ける電車内に人ひとりとして乗っていない・・・。


青年は急激な恐怖におそわれた。


「・・・・・・(テルヒコ)」


わけもわからず、溢れるもの。


込み上げるもの。


「俺、なんで・・・?(テルヒコ)」


爽やかな夏の海岸沿いを、サンシャイン号は走る。


風景は切り替わる。


トンネルを抜けて・・・・・・。


とたんに。


彼の周囲は地下無辺に続く真っ暗闇に変わり


鈍重な影法師となったそのイメージは、青年テルヒコを圧殺していた。


彼を圧殺するもの。


ドバァーっと・・・


黒い昆布のような。


何メーターにかけ髪の毛が広がり、終いには肩に絡まる。


「・・・・・・!(また、おんなじ夢だ、なんなんだこのイメージは・・・!)」


追ってくる、


消し去りたくても消えることのない幻。


ビジョンはその魂深くまで彼を揺さぶる。


消えたはずの彼女が見えた。


長い髪を掻き分けた、優しげな昔見たようなしぐさ。


その口から無限に溢れるハエ・・・腐臭。


そこにいるのは。


自分が追った、彼女のまぼろしなのか。


疲れた自分のイメージが投影されたこれはただの夢なのか。


「ユタカ・・・・か。(テルヒコ)」


ガッ!


男の腕をつかんだ彼女の細い腕が、より深い白


土気色の白骨へ変わる。


(ねえ)


「笑ってよ・・・。(ユタカ)」


「・・・・・・!!!!(テルヒコ)」


その顔は土中の骸(むくろ)となり、体中、骨の隙間からはおびただしい数の蛆があふれ出る。破損した肉体。


迫る幻影が、鮮やかにのし掛かり青年の魂を脅迫する。


まるで、自分をのこして1人生きる男を追う黄泉からの使者であるかのように。


「う、うわあ゛あーーーーっ!(テルヒコ)」


「・・・どうして・・・?(ユタカ)」


戦慄した彼の顔を見た骸は、暗闇の中薄暗く寂しげに光り、


闇は広がった。


テルヒコの首にかけられた手はもう消えていた。


西暦239年の弥生時代。

伊勢湾周辺のとある高原。

※伊勢湾付近には現在の伊勢神宮がある


太古存在した国家、女王国(邪馬台国)は海上に浮かぶ大地、"とある、聖域(サンクチュアリ)"に存在した。


海を渡り伊勢湾から大和(三輪山)、九州(奴国から吉野ヶ里・故郷の日向)まで続く邪馬台国の防衛拠点を交通のため多数の船が通っていた。


長く結ばれたみずら(長髪)を小刀で切り落とし、無造作なヘアスタイルのまま1月が経過していた海(天)族の王子、照彦(テルヒコ・24歳)は宮殿付近の小さな屋敷で、女王のため食事の用意をしていた。


「・・・・・(テルヒコ)」


猪の肉、魚介類、穀類を煮炊きしたスープをよそい、立ち昇る香しい磯の臭いを嗅ぎながら

この日の彼はどことなく楽し気であった。


「なにやってるの?(ユタカ)」


彼女の関心はその手元にあった。


「・・・・姫様。今は準備中ですよ。・・・また、どっから侵入なさったんですか?!(テルヒコ)」


「堅苦しいわね。(ユタカ)」


「ねえ、なにか気付かない?(ユタカ)」


試してやろうといわんばかりの質問を投げ掛けるユタカは、なぜか嬉しそうだった。


「いいことでもあった?・・・なにか変わりました?!(テルヒコ)」


いまだ慣れない敬語を話すテルヒコ。まったく神事や、日常の義務的諸事にしか関心を持たない青年に彼女は呆れた顔でため息をついた。


「・・・・・・いいわよっ。相変わらずなんだから。(ユタカ)」


長く伸びた髪に手を当てながらその視線は目の前の彼から、きらびやかな宝石のような海の幸山の幸へ向けられていた。


ぎゅるる・・・。


「(その目線は・・・!)(テルヒコ)」


「うわーい!なにこれおいし~!(ユタカ)」


「・・・あー!なァ~にやってんだこいつ!こ、こらダメだろ!ユタカ!おいちょっとやめろったら、わー!(テルヒコ)」


「元に戻ったわ!(ユタカ)」


「このお転婆娘が・・・!(テルヒコ)」


「うふふ、楽しいな!(ユタカ)」


「楽しかないよ、またこれ作んなくちゃ~!・・・ま、・・・いいか。(テルヒコ)」


「へへ、ごめんなさい!(ユタカ)」


その日もいつも通り、テルヒコは村の祭りが行われた賑わいの中を抜けてゆく。


村には鳥などの動物の仮面を被り踊るもの。


農作業に勤しむものたちなどがまばらに見えた。


「よっ!」


無造作な髪を後ろで束ねた古き親友(とも)、シマコ(嶋子)がテルヒコにフランクな笑みで話しかけてきた。

※嶋子=魏志倭人伝にも(兕馬觚/しまこ)という大官として登場する。


「これはこれは若様~。今日もボウクン、いや姫君にこき使われてるのか?(シマコ)」


「自由の時間も全く無しだよ。ま、なんとかやってるよ。(テルヒコ)」


「ナシメ様が帰ってくるまで、だな。また釣りにでも行こうや。俺が港に案内するからさ!(シマコ)」

※ナシメ(難升米)=中国に朝貢に行った卑弥呼の使い。


「まいにちあんなじゃじゃ馬どもに囲まれてたら命がいくらあっても持たないだろ?

たまには息抜きしろよ。(シマコ)」


「お前にゃ負けるよ。(テルヒコ)」


シマコは海族の漁師であった。(※後の浦嶋子=浦島太郎)海をわたる一族であった(海族)は、漁業を中心に栄え、人々は穏やかな暮らしを営んでいた。


彼らは王族の表象として、純白の装束に、朝焼け=太陽の神を表した真っ赤な衣服や旗をシンボルとした。

その影響なのか周辺の人物や、平時よりユタカも優しい朱色の装いを好んでいた。


「あら!シマコが帰ってきてるわ!あれ(魚)あんたが捕ったの?(ユタカ)」


「おうよ!俺に嫁ぐなら今のうちだぜ!(シマコ)」


「うまいこといって!(ユタカ)」


「お前らも痴話喧嘩せずうまくやれよー!(シマコ)」


「余計な世話だよー!(テルヒコ)」


テルヒコは相も変わらず自分たちをからかう友(再び漁に出る)を見送り、宮殿へ帰っていった。


「堅苦しいから、そんな話し方やめてよ。(ユタカ)」


同じ一族の遠い親戚となるシマコ、そしてテルヒコ、ユタカは同じ血を受け継ぐ家族のような、友人また他人にして、幼なじみのようなとても不思議な関係であった。


現代の親戚や兄弟と似ているが、当時はそれぞれの姓のルーツとなる(氏族)が集団となり暮らし、皆がひとつの神を信じ暮らしていた。王子といえプライベートで変わらず接してくれるシマコらはテルヒコにとってかけがえない友であった。


当時倭国の実権は、女王である卑弥呼(ひみこ/日の巫女・神子)が握った。


青年は幼少より父、祖父、そして卑弥呼らのもとで、その一族の日嗣(ひつぎ=系統を継ぐこと)を

護るための教育のいっさいを受けていた。


彼女の教える"いっさい"はその真理のうちわずかなごく一部でしかなかったが

当時人々の常識では到底理解に苦しむビジョン、恐ろしいまでの知識を卑弥呼は持っているようだった。


彼女のテルヒコに対する教育は厳しく、その教えは自然界の森羅万象、様々な事象に通じ女王自身の言行も徹底していた。


いつの日敵に変わるやもしれない周囲とのかかわりにおいて、


テルヒコにとって素顔で自らの本心を打ち明けられるのは、

そんな家族しかいなかった。


成長した彼は、女王の下す数々の予測不能な言動を疑うことなく忠実に信じ、ときにはマガツ神との霊術戦の軍師として


またあらゆる外交といった行動面、政治の駆け引きにおいて


彼女の神女、巫(かんなぎ)としての活動を全面的に補佐して全力で助けた。


若くいまだ粗削りな面は多かったが、忠実に彼女を信じて行動するテルヒコのそんな素朴な面を卑弥呼はかっていた。


テルヒコらが信じたものは、(日の神)。太陽を朝夕眺めることもテルヒコとユタカの自然の習慣であった。


そんな彼ら。テルヒコとユタカが暮らし8年が経過したある日。


テルヒコは宮殿の廊下から、機織り小屋で作業をしていた女たち(巫女)たちのざわつくような噂話を聞いた。


「間違いないわよ。私たち騙されてたのよ。(巫女)」


「女王は妖術を使って何万年も歳をとらないんですって!(巫女)」


「ねえ、ほんとうはヒミコ様なんてもう世にいらっしゃらないんじゃないのかしら?(とある巫女の声)」


「ありえるわ!出不精だしね。弟君様以外会いもせず、宮殿から一向に出てこない。ここ数年凶作続きだし・・・力も衰え始めたんじゃない?(巫女)」


「いまの私たちならもしや卑弥呼も・・・(巫女)」


「やっぱり"あの方"の言う通りだったのよ!ねえ!(その他の巫女)」


「おい・・・キサマら!・・・・・・!(テルヒコ)」


「あ、これは弟君さま・・・・!わ、わわわわ私たちは、ただよかれと老婆心で!(巫女)」


「なんて無礼だ。そなたらには、人としての、誠(まこと)がないのか?(テルヒコ)」


テルヒコの鋭い目つきを見た巫女の一人が、付近に大声で騒ぎ立てことを大きくかく乱しようとする。


「きゃぁあー!誰かァ!弟君様が暴れて機織り小屋を!(巫女)」


「誰か来てぇ!誰かー!(巫女たち)」


「な・・・なんて奴。・・・天罰が下るぞ!恥ずかしくないのか!(テルヒコ)」


「誰か~!だ・・・れ、・・・うっうっぐゴガッガアァアア!!・・・(巫女)」


彼女らが叫びおののく突如、テルヒコの横で悪口を告げた先ほどの巫女らが、青ざめた顔で、もがき苦しみ嘔吐しのたうち回りだした。


「ぎゃぁア~~~~!あがっがアアアー!ー!ー!ッー!ッー!ー!!・・・。(巫女)」


(ダマレ)※残響する力


「うあー!痛い痛いやめて!(何故か嘔吐し白目をむく巫女)」


「大丈夫か?!(テルヒコ)」


「き、気絶している・・・(振り向く)こ、この娘!(巫女)」


テルヒコは何が起こったかわからず呆気にとられていた。


巫女たちを弾き飛ばした、強烈な、殺気の主。


「ダマレ・・・。(ユタカ)」


呪力のセンス。振り向いた傍には、ユタカが静かに、ぽつんと立っていた。


髪の艶やかな黒色は、この時に不気味な脅威を同じ巫女であった女たちに牽制するかの如くうち放っていた。


「あがっ・・・ぎゃぁああ!(巫女)」


引きちぎれんばかりに広がる巫女の口は狼、狐のように歪んでいた。


「次は、・・・二度と喋れないようにしてやる。(ユタカ)」


その目は鋭利で、異様な気配に満ちていた。


「・・・この狐。わかっているのよ、女王の悪口をいったのはお前であろう・・・。(ユタカ)」


「キ、キツネですって?!なんの話なの!(巫女)」


「卑弥呼をいじめる女狐・・・・・・。(ユタカ)」


「ぎゃ~~~!!!なんなの、なんなのこの子!はやくいきましょ!(巫女たち)」


ユタカの人知を越えた力とその雰囲気。


恐れおののく巫女たちはとてもかなわぬとばかり一目散に走り逃げだした。


「姫様・・・」


ユタカの力、その存在は邪馬台国においても卑弥呼や彼女の親類をのぞき、極力は秘密にされ育てられていた。


卑弥呼を継ぐ才能。


強大な力をもっていた彼女は、周囲の卑弥呼らをいぶかしむ迷妄な人々からアヤカシかなにかの類いかと勘違いされ、非常に恐れられた。


「ねえ・・・。(ユタカ)」


恐怖に満ちた顔で、いつになく弱気な顔のユタカは彼に訪ねた。


「・・怖くないの?(ユタカ)」


「慣れたよ。王になるなら、それくらいなくっちゃな。(テルヒコ)」


「信じてくれてるの?(ユタカ)」


「・・ああ。(テルヒコ)」


「眼を見て、話せ!本当は心のなかでアタシが、お化けみたいに思ってたりしない?!(ユタカ)」


「ねえったら!(ユタカ)」


必死に真面目な顔で訴えるユタカに対し何となく、目もあわさずテルヒコは反面真剣な口調で言った。


「大丈夫。俺は味方だよ・・・。(テルヒコ)」


険しいユタカの目に、少女のような晴れやかな気が戻った。


「・・・・!(ユタカ)」


「うちの王が十二分におっかないから、慣れっこだ。(テルヒコ)」


女王。卑弥呼の力は人並外れていた。


彼女のそれ(能力)は一国の軍事力に匹敵するほど、思念のみで地を割り人心に干渉するなど規格外の霊力・戦闘力をもっていた。


のちの歴史上の超能力者クラスのサイキックたちが束となろうと敵わぬ力。


自軍及び敵にさえ、極力被害を与えず最小限に抑え、争いに勝つ彼女の霊力は奇跡としか表現しようがなかった。そして国内を束ねるカリスマ性。


のちの時代(神功皇后)と称されるほどの傑物-。


テルヒコもその血から同様の霊力を授かってはいたが、卑弥呼に遠く及ばず、

神事や戦闘に参加する際は大部分は必ず後方から女王のサポートを必要とした。


彼女の力が加わった時に初めて、テルヒコが持つ霊剣(十束の剣)の力は輝きを放つのだった。


卑弥呼が王になる前、男たちがその権力を求め覇権を争い、国内は乱れた。


また同胞の中でも嫉妬・猜疑心に刈られ王の力を疑う巫女たちや、

その霊力を自ら手に入れんと欲していた者たちは敵味方とわず数知れなかった。


「私もあんなふうになれるかな・・・。(ユタカ)」


彼女をきらう民たちが邪推するほど私利私欲に動かない高潔な人格、圧倒的な霊力を備えた女性であった師、卑弥呼をテルヒコは1人の人として尊敬し世に二人とおらぬ絶大な人物であると誇りに思っていた。


「なれるさ。(テルヒコ)」


「私が卑弥呼様みたいな王になったら、ちゃんと言うことを聞いてちょうだいね!(ユタカ)」


「当然だ!・・・ユタカも頑張って彼女みたく修行しないとな。だがあんまり気負うなよ。(テルヒコ)」


「じゃあ、私神様にお願いする。(ユタカ)」


「いったいどんな事をだ?(テルヒコ)」


何を思うか、悲しいのか、彼女の瞳は不思議と揺れていた。


「神様が、いたずらでお前をどこかへ連れていったりしないようによ。(ユタカ)」


「お前が、私を忘れないように・・・。(ユタカ)」


「そんなこと・・・(テルヒコ)」


矢継早に、なにかを見悟った顔で言った。


「私が先に死んだらそのときはぜったい・・・あんたの守り神になって守ってあげる。(ユタカ)」


「何があっても・・・ぜったいよ。(ユタカ)」


彼女の顔は、真剣だったー。


その夜、かがり火がゆらゆらと揺らめく中彼は急ぎその場へ駆け付けた。


宮殿内、赤い仕切りに覆われたベールの向こう側。


この日の女王(卑弥呼)は、普段の正装と違うようだった。


現代人が和服でなく洋服を常用するように、交易の際に仕入れた、魏にて織られた真っ赤な装束を彼女はルームウェアとして纏っていた。


透き通った威厳溢れる声。


女王は、青年に告げた。


「・・・いつも世話になっています。ユタカはどうだ。お前に預けて既に8年。(卑弥呼)」


その声に向かい深く手をつき、何度あっても拭えぬ緊張感の中男は答える。


「は・・・・。姫様はもうすぐ成人を迎え立派になられました。本当に、元気すぎるほどです。(テルヒコ)」


「そんなに、か。(卑弥呼)」


「はい。(テルヒコ)」


「それは良い。(卑弥呼)」


「あの子は・・・・まさに運命の神子(みこ)だ。(卑弥呼)」


「私をこの先越えてくれるだろう。

安心してこの座を渡せるのはあの子だけだ。(卑弥呼)」


「やはりそれほどの素質がユタカさまには・・・!(テルヒコ)」


喜びを隠せないテルヒコに向けられた、女王の顔は悲壮感に溢れていた。


そのとき、邪馬台国の女王に見えていたはるかなる未来のビジョンは真っ赤に血塗られていた。


彼女は一抹の希望を、祈りをその鏡に込め封印し青年に託した。


「この鏡は・・・・・・(テルヒコ)」


この先自ら守っていた世界が滅亡すること、その継承者である一族の身にも永劫に続く危機が及ぶ。


これは新たな戦いの歴史の夜明け。


彼女は最後の言伝を残した。


「もうすべて、見えている・・・・(卑弥呼)」


「マガなる神を宿す者ども(内通者)は、この太刀で祓い清めるのみです!(テルヒコ)」


テルヒコと卑弥呼の前には、当時の彼らが祭祀(さいし)に用いた、戦闘には用いられぬ不思議な形の銅剣があった-。


剣は古来、殺傷(ころしあい)の武具以外の目的としてー、


魔物を切り裂き祓い、さ迷えるモノたち、苦しめる善良な魂たちを鎮め救う目的に使われた歴史があった。


テルヒコにとっての(剣)とは、邪悪を断ち、魔に堕ちゆく人の魂を救う為のもの。彼は、そう強く信じていた。


争いを越えた平和な日々をこの剣が護る。これからも。

その自負こそが、一族の誇りだった。


「な、何だって・・・。(テルヒコ)」


「この先、災いがある。(卑弥呼)」


「な、そんなまさか!いまの我らならば必ずや・・・!(テルヒコ)」


(卑弥呼の眼は、いつもの精神的な余裕、冷静さを失っている。)


テルヒコは戦慄した。


「私の力だけでは、もう・・・。(卑弥呼)」


「敵は、それほどのモノ(魔)だというのですか?(テルヒコ)」


「日神が眠りから目覚めぬ現在、我々にそうする他はない。(卑弥呼)」


はるか古代天より降臨し、一族に代々人知を超えた技術とパワーを与えていた天の船。

(アメノイワフネ)が(地球に擬態するため岩石となり)眠りについて数世紀。


一族のテクノロジー、一部の実力を持つ継承者数名をのぞいて、この国を守る力はほかにはなかった。


テルヒコは、前日のユタカの例え話を思い出した。


(もしや、彼女・・・!)


「奉じたものを見捨てる神など・・・?敵将に頭を下げ、軍門に下れとでも?(テルヒコ)」


「それだけは・・・私は我慢なりません。そんなことになるくらいならば、まだ討ち死にしたほうがましです・・・!(テルヒコ)」


「これは私の命令だ。(卑弥呼)」


「戦いの輪廻は神代の昔からある。(卑弥呼)」


「これも神代の因縁だというのですか・・・?!(テルヒコ)」


「すべては連動する。(卑弥呼)」


「お前は未来、ユタカの振るう剣となるべき御魂(みたま)だ。お前たちは生きよ。(卑弥呼)」


「わからない・・・わたしには、ナニもかも。(テルヒコ)」


「あの子の願いを・・・。私は知っている。

守ってやれるのはお前だけなのだ。

ユタカと共に、逃げなさい。(卑弥呼)」


宮殿の奥底で眠る巨大なカミ、アマテラスコウタイジン(日神)の瞳は見ひらかれていた。


国家を揺るがす存在。


その隠されたる力を知るのは、女王ただ一人であった。


この時期のテルヒコは、まだ未来、闇の使者たちと戦い続ける戦士としての己の運命を知らずにいた・・・。


その数日後、預言は的中した。


奴ら(魔軍)は、仲間であったはずの巫女どもが内通したことにより内部から侵入していたのだ。


滅ぼされる王国。巫女たちも一部を除き徹底的に利用され権利が保証などはされるはずもなく。


破滅の火だけが、

美しい国の緑の大地を、海を汚した。


争いの元凶ともいえる、妖しく輝く鏡を、憎らしくテルヒコは見つめていた。


(こんなものさえなければ・・・!)


争いの火のなか鏡がそのカオをうつす。


青年の瞳に昨日までうつっていた、優しい彼女の笑顔は、土気色に汚れていた。


彼の拳は、怒りに震えていた。


兵士の笑い声がこだまする戦禍のなか、魔物(九頭竜)の咆哮がきこえた。


幻聴などではない。


ましては幻覚でも。


争いに重なるように黒い霧となった九本首の龍が、残虐の限りを尽くす兵士たちの心の声、よろこびの声を代弁しているかのように、青年は感じ取れた。


「ちからが、力が欲しい・・・(テルヒコ)」


見える無数の魔軍の影・・・。


悪夢に覆い尽くされた大地で。


「ユタカアァーーーーッッ!(テルヒコ)」


敵兵が去った後の緑の地、テルヒコは横たわる彼女(ユタカ)の亡骸を抱え絶望した。


彼女は、尊厳を守るため自ら命を断っていた。


テルヒコは女王が残した先日の遺言を想起した。


「何があろうとも、ユタカの傍にいてやれ。(卑弥呼)」


(大丈夫。私はここにいるよ・・・。)


彼女の幻影を、彼は見た。


自分一人で戦っている、とんだ思い違いだった。


その優しさにはじめて気が付いた。


かれを駆り立てる存在は近くに居た。


だが、誰よりも遠い場所へー。


引き裂かれた運命の意識によって彼女の魂は連れ去られた。


千何百年という時の中消えることない、


それは、呪いにさえ似ていた。


王子の瞳にかけられた永遠の呪い。


失ったモノ


その激痛の中で、信じた世界は砕けた。


その翌朝、


友(シマコ)に最後の頼みを託したテルヒコは、

彼が用意した漁船に乗り卑弥呼の言い伝えていた筑紫(九州)は日向の地を目指した。


「また、落ちあおう・・・。お互い生きてたらな。(テルヒコ)」


「そんな、嘘だろ・・・(シマコ)」


シマコの掌には、テルヒコより彼とは異なる神器(刀)が託されていた。

※リューグレイザ―(竜宮霊斬)


ザッパーン!


悲しみに包まれた海の中を船は進む。


戦禍のなか、炎に包まれた邪馬台国(ふるさと)は、一夜のうちにして滅ぼされた。



夜が明け、目覚め。


テントから外の景色を見たテルヒコは、なにも言わず目の前の湖を眺めた。


水の輝きは、優しく彼の心を癒すように静かに浮かんでいる。


あの日みた、ユタカの顔をはっきりと思い出したテルヒコは、自らを待ち受ける冥王のもとへなにも言わず、発(た)つのであった。

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