バイオレンス・タイム

西湖(後のカラス男となる石上雅也の父)より石上邸宅にて、果し合い

すなわち霊術を用いた一対一の決闘の話を聞かされテルヒコは、悶々としたいつにない険しい表情で


昭和初期の宮崎市街を歩いていた。


「・・・?!(あの少年?!)(テルヒコ)」


ワイワイとにぎわう通りの中で民衆に交じりなにやら女性たちの声であろうか、甘く黄色い、華やかでなよやかな声がした。


「甲三(こうぞう)くんぅう~次どうしよォゥウフフフ~?(厚化粧をしたけばけばしい女)」


「やあ~~んこっちみておくれよ~」


なにやら両手に花といわんばかり3名くらいの化粧のどぎつい女達が


真っ白いスーツ姿の少年(甲三というらしい)の周囲に集まっている。それも催眠術でもかけられたかのように、


不気味にさえ見える甘え声でうっとり寄りかかっている。


「おぉおおお゛~~~い甲三、聞いてくれよ~もお~」


中には(態度はナヨナヨしい感じの)体格の良い筋骨隆々の男もさらに2名ほど混じっているようだった。


(余計なことだが)金持ちの放蕩息子か。それにしてもかなり若い学生のようだが。


彼らは何ものなのだろうと一瞬テルヒコはこの絵を不思議に思った。


「(とんでもないキツイ香りだ・・・。ちかごろの風紀は乱れてるな。)(テルヒコ心の声)」


「(※社交カフェーじゃあるまいし。)(テルヒコ心の声)」

※戦前の社交カフェーは現代でいう水商売またはスナックのようなものもあった。


他人ごとだが遠く離れていてもその香りはこちらまで飛んでくる始末であった。


ハーレムのように男女に囲まれた中心の、細い少年。


彼の顔を見た瞬間テルヒコは凍り付いた。


(や、やつだ・・・・・・!)


やつは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


九尾の狐だ-!


少年の放つ怪しげな芳香(フェロモン)の正体、テルヒコはその白スーツをまとった少年を見た時に、


全身を大量の百足(ムカデ)が何往復するかの如き不快感と憎しみにも似た激しい感情に襲われ


体の震えと精神の高まりを抑えることができなくなっていた。


「・・・・・探していた・・・・・!!!・・・・・・・・(おそらく違いない、奴は・・・そうだ・・・)(テルヒコ)」


※伝説において「九尾の狐」は美女など人間に化け権力者や利用できる人々を惑わし篭絡するという。


「ねぇーコーちゃん、つれないこと言わないでおくれよォ。・・・どうしたの?(女)」


テルヒコと少年が、通りの中ですれ違う、その時


「ヘヘッ(九尾が化けた少年)」


そのとき九尾は、目の前をゆっくりすれ違おうとしていた青年(テルヒコ)の足に、おもいきり蹴るように自らの足をかけた。


「!!(テルヒコ)」


九尾がテルヒコに対し、それ(足掛け)をやる上で理由らしい理由はない。


気分(きまぐれ)、発作的な、ふいな悪意であった。


「・・・・?!(少年)」


勢いよく横転するかと思いきや、青年(テルヒコ)は少年の白いスラックス(足)をその足で受け止め、


かがみこんだまま砂利道を踏みしめ、ジンジンとした痛みに表情を変えず立っていた。


そこに、自らの王国を滅ぼした敵がいる。こいつらにすべては壊された・・・。


怒りで真っ白となった頭の中にあるものはその感情と千年以上昔の記憶だけだった。


このとき九尾は目の前の人物がテルヒコとは気付いていなかった。それほど卑弥呼らに比較して


テルヒコの印象は、日常的に殺戮を繰り返す九尾の狐にとって全くと言っていいほど薄かった。


九尾を討つべく追いかけようとするテルヒコ、テルヒコのことを周囲のゴミクズと同次元と認識する九尾。


その、接点・・・。


このときも九尾は、彼を街をゆくただの人だと思っていた。


「・・・・・!(少年を睨む目)」


「なんだよぉ~?・・・(足元を見て)ああ、これはすまないねえ。ボクがあまりに気づかなかったから・・・。(少年が化けた九尾)」


皮肉めいた口調だったものの、少年の素直な謝罪、男女数名に囲まれていた状況から一瞬テルヒコの心に


瞬間的にだがコンマ一ミリの複雑な疑念の間が開いた。・・・いや、こいつはやはりそうだ。人違いではない、そう思いかけたその時


ズガァアっ!(天高く足を上げテルヒコの背に踵落としする少年)


「がぁハアッ!(血を吐き、地面にたたきつけられ踏まれるテルヒコ)」


「何あっけにとられてんだよ。(少年)」


「ボクは僕のズボンに謝ったんだよ。・・・それと、靴にねぇえ。(少年)」


「・・・オッマエ・・・・・(少年に踏みつけられたままのテルヒコ)」


やはり彼の前にいたのは、九尾であった。


「・・・フフフ・・・・ハハハ・・・(少年)」


化け物じみた力で踏みつける少年の足、弥生時代の当時と変わらないあの時の痛みと怒りが


何倍にもまして青年の内にふつふつと呼び覚まされようとしていた。


「うっ・・・!」ズズズ・・・・・


だがそのとき、テルヒコを見つめる少年はなにかに触発されたかのように真っ青な顔となって


後ろにいた男たちにもたれかかるように後ずさった。


「この感じ、なんだろう・・・。(少年)」


不気味に感じた九尾は、テルヒコを見下ろした。


「・・・・・・!(九尾)」


自ら踏みつけ、見下ろしているはずのテルヒコの横顔。動いた髪の毛に隠れ見えない目から真意は見えない、


わずかに見えた口元は、フッと不敵に笑っているかのようだった。


九尾が踏みつけた青年の片手には、鏡(アマテライザー)が握りしめられていた。


「・・・・ついに見つけたぜェッ・・・・・・・・(テルヒコ)」


「なんだよお前~。なんなんだよおまえはよおおおおおおっ!(九尾の狐)」


「きゃあ!コーちゃんやめて、どうしちゃったのよ!」


「おいそれ以上は死ぬぞ!」


「・・・・・・はは、はははついに、ついに・・・・・!!(テルヒコ)」


自らを襲う焦燥感を理解できず、半狂乱のようになってテルヒコを少年は蹴り続けていた。


俺は忘れない、あの時のこと。


この痛みを、この血を、もう一度感じて。


そんなふうに過去を回想しながら。


テルヒコは最大の仇敵と再会できたことを、その苦痛さえも心から天に感謝するのだった。


徹底的に何度も蹴られ続けながら、泥まみれになったテルヒコの顔は、微笑んでいた。

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