第4話 幼馴染との再会③

「中学の同級生と疎遠になるのはわかるよ。私だって中学の友達でつるんでいる子ってそんなに多くないし。けれども、誰も連絡先を知らないってことある? あんた、海城かいじょうくんと仲良かったでしょ。なのに、あいつも知らなかったんだけど。どういうこと?」



 講義室で、俺の隣に座り込み、良子は不満げにとんとんと机をたたいた。彼女と偶然の出会いを果たしてから三日後のことである。出席が必須な講義に仕方なく出てきてみれば、また彼女がいたわけだ。



「おまえ、この講義とってたのか?」


「その話していない。私は、今、あんたの友達づき合いの仕方を問題視しているの」


「絶対、余計なお世話だと思うんだけど」


「私、中学の友達全員に連絡したのよ。久しぶり~、今何しているの? って話何回したと思う? それで全員こう言うの。トーシロ? 誰それ? 私さ、もしかしたらトーシロって私にしか見えていなかったんじゃないかって怖くなってさ、ママに電話して実家の中学アルバム確認してもらったんだから。どうしてくれんの?」


「おまえ、一人で何やってんの?」


「あんたのせいでしょ。で、結局みつからないから、この三日間、構内を探し回ってさ」



 諦めるという言葉を知らんのかと思う一方で、そのバイタリティはやっぱりすごい。



「ていうか、それについても言いたいことがあるんだけど、あんたさ、ちゃんと講義受けている?」


「なんだよ、やぶからぼうに」


「講義室をまわって歩いたの。昨日も一昨日おとといも。全部よ、全部。この広い一般講義棟をまわったっていうのに、あんたをみつけたのは今日。三日かかったの。これってどういうこと?」


「うるさいな。いいだろ、単位が取れれば」


「よくないでしょ。高い授業料を払って大学に通っているのに。ちゃんと授業を受けなさいよ」


「良子に授業を受けるように言われるなんて、午後からは雪が降るんじゃないか?」


「トーシロに授業に出ろなんて言うことになるなんて、私も思わなかったわよ。中学のときは、ドがつくまじめだったのに。何? 遅れてきた反抗期?」


「考え方が柔軟じゅうなんになったんだ。良子は逆に頭が固くなったみたいだけど」


「反省して考え方をあらためたの。今の私はまじめで素敵な大学生。だから、あなたに注意している」



 中学時代とはずいぶんと変わったようだ。自分でと言っちゃうところが、いささかアレだけど、まじめに授業を受けるなんて、当時の彼女からは想像もできない。



「で、何で探していたわけ?」


「連絡するって言ったでしょ」


「何か用事があるの?」


「連絡先を交換したいの。せっかく中学時代の同級生が同じ大学に通っているんだから当然でしょ」


「いいけど、つぼは買わないぞ?」


「売らないわよ。バカじゃないの」



 俺はスマホを取り出して、良子と連絡先を交換した。交換しながら、確かに中高の友達とは連絡をとってないと気づく。そもそも筆まめな方でもない。バイト先との連絡がおもというのはいささかさびしいものだ。



「そういえば、俺も良子に聞きたいことがあったんだ」


「何? 彼氏ならいないわよ」


「いや、聞いてないけど」


「もう、照れちゃって」



 あ、ちょっとうざい。



「良子さんの方こそさ、講義出ている?」


「え?」


「俺、確かに講義にはあんまりまじめに出ていないけれど、去年も今年も、良子のこと見たことないんだよ」


「……へー、まぁ、人多いしねー」


「いや、さすがに良子みたいな美人と同じ講義室にいたら、気づくと思うんだよな」


「あら、美人だなんて。そんな急に口説くどかれても」


「ごまかすなよ。おまえ、本当にこの大学に通っているのか?」


「えっと、実は、そのぉ」


「いや、言いたくないなら言わなくてもいいけどさ」


「いや、別に言ってもいいんだけど、笑わないでね?」


「笑わないよ」


「そうよね。トーシロだし」



 良子は言いよどんでから、俺の耳元に口を近づけてささやくように言った。



「私、今、一回生なの」


「え?」


「浪人しているの。だから、あんたと講義は別」


「そういうことか」


「あ、バカにしたでしょ」


「してないよ。むしろ謎が解けて安心した」



 二回生の秋。そんな中途半端なときに、なぜ突然中学の同級生が現れたのか不思議だったのだ。入学年度が違うのであれば得心とくしんがいく。


 

「あ、もう講義始まるじゃん。トーシロが、無駄話むだばなしするから」


「無駄話て」


「それじゃ、私、行くから。ね、今日、夜はひま?」


「え、あー、今夜は先輩と麻雀マージャンに行くんだけど」


「じゃ、暇なのね」


「おい」


晩御飯ばんごはん行こう。おいしいってうわさのお好み焼き屋があるんだけど、女一人だと入りづらくてさ」


「いや、あの」


「6時に駅前のサボタに集合ね。サボタ、わかる? カフェのサボタージュよ」


「だから、待っ」


「来なかったらグーだからね」


「……おう」



 こぶしにぎってかかげてみせる良子は、そんな暴力的な態度とは裏腹に、にこりと笑って講義室を後にした。その乱暴さに、ヤンキー時代の面影が見えて、俺は一瞬ぞっとした。これがトラウマというやつだろうか。別に、彼女に暴力を受けたことはないけれど、あの拳を握った姿は何度も見たことを、ふと思い出したのだった。

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