先代部長・燦射院火巳子ですわァッ!
◇2022/1/19(水) 晴れ◇
ぷち……
ぷち……
部室に流れる静寂の時間に、プチプチの空気袋が割れる音だけが響いている。掘りごたつに入ってプチプチを潰す俺と、虚無の目で俺の手元を見つめる後輩・ぬくもちゃん。すげー暇。今日もこたつ部はゆるゆると活動中だ。
「
「んー」
「尊敬する偉人とかっていますか?」
「んー……」
脈絡のない質問だったが、だらだらとした時間に出てくる話題はたいてい唐突なものだろう。俺はしばらく考えて、「カメハメハ大王かなぁー」と答える。
「なぜ……」
「名前がおもしろいから……」
「……」
「……」
俺はプチプチを一枚全部潰し終え、もう一枚に手を出しながら言った。
「尊敬する偉人いないなー」
「いないんじゃないですか……」
「ぬくもちゃんはいるん?」
「ニャちゃ様ですね」
この前ぬくもちゃんが推し語りしてたソーニャ・シルバーブレードさんの愛称は『ニャちゃ様』あるいは『ニャ』なのだ。「バーチャルYouTuberじゃん。偉人じゃないじゃん」
「でも歴史に名を残すと思うので。未来の教科書に載るので」
「未来の偉人でいいんだったら俺は
「
こたつ部の先代部長・燦射院火巳子。
あの人は世界が認める天才だ。特に芸術での才能がすごい。音楽、絵画、文学などなど、いろいろな種類の芸才を発揮して多方面で活躍している。なんとかかんとか世界文化賞とかも受賞経験がある(なんて名前の賞かは忘れたがすごい名誉な賞だった)。本人は言わないが、高校で芸術系の部活に入らなかったのは、すごすぎて部内で浮いてしまうからだろう。
それに加えて……
「火巳子先輩は人格者だしな。芸術家ってすごければすごいほどにどこかが破綻しているイメージだけど、火巳子先輩は全然そんなことないし。こんな俺に対しても敬意をもって接してくれた。ちょっと声がでかすぎるけどな。あと努力の人だよなー。日頃から芸術でも他の面でも努力しまくってて、受賞を逃したりすると枕を濡らすらしい。声でかすぎなところからは想像しにくいけど。そんで、それをバネに立ち上がって、去年は世界レベルの賞を最年少でとって一躍有名になったよな。めちゃめちゃすごいし、カッコいいよ。声がでかいけど」
「どんだけ声量気にしてるんですか」
「今いないから言っとかなきゃなと思って……」
「……ハァ~~」
なんかぬくもちゃんが死んだ目で虚無を見つめ、ため息をついている。どうしたんだ。
「無くもちゃんになってるよ」
「むくも!? ……いえ……まあ……ほんとにすごくて、尊敬できますよね、火巳子先輩は……。私なんかと違ってね……」
自嘲気味に笑う口からフフフフフフ……という声を発して虚空を見つめるぬくもちゃん。な、何で? めんどくさ!
「火巳子先輩に嫉妬できるとか大物か!?」
「嫉妬してませんが? 才能でも人格でも容姿でも財力でも勝てないことはわかりきってますが?」
「人格と容姿はぬくもちゃんだって負けてないだろ。何いじけてんの」
「うぅ……! だ、だって、先輩が燦射院先輩の話をする時……」
ぬくもちゃんが黒縁眼鏡の奥の目を伏せる。
「……すごく目を輝かせてるから……」
「えぇ……?」
「先輩……。先輩ってやっぱり……その……燦射院先輩のことが……」
ノックの音がした。
部室の扉の向こうで「失礼いたしますわァ!!」と令嬢然とした声がする。
「え」「えっ」
ヴァンッと音を立てて開く扉。
現れたのはお嬢様だ。
激しくウェーブした金髪ロングは傷みなど知らないかのようにきらめき、白人と日本人とのハーフの顔立ちが凛々しい。身に纏うのは青色を基調とした、質感の良い高級な服とアクセサリー。
う、噂をすれば……!
「火巳子先輩!? わ、お久しぶりです! いまちょうど火巳子先輩の話をしてたんですよ! ねーぬくもちゃん! 痛っ何で蹴るの!?」
「燦射院先輩。お久しぶりです」
「ええ♪ お久しぶりですわ。ああっ懐かしいですわァ~~!! こたつ部のこの、和の空気! ファビュラスですわァッッ!!」
火巳子先輩の「オーッホッホッホッホッホ!!!」という高笑いが部室に響き渡る!
「でた! 火巳子先輩がハイテンションになったときの特に意味のないオッホッホ!!」
「あら、意味はありましてよ? わたくしは世界に愛されている。世界にとって大切な存在であるこのわたくしが気分をアッパーさせることは即ち! 世界にとっても喜ばしいこと!」
金髪ロングを優雅な動きでファッサァーとかき上げ、火巳子先輩はサンシャインのように満面の笑顔を輝かせた!
「わたくしの高笑いは世界をよりビューティフルに導く号令!! わたくしの喜びは世界の喜びなのですわァッッ!!」
火巳子先輩がパリコレのようなエレガントなポーズを決める。俺とぬくもちゃんは拍手を贈った。満足げに鼻息を出す火巳子先輩。
「いや~相変わらずで安心しましたよ先輩。とりあえずこたつ入ってください、ぬっくぬくですよ。でも、どうして今日はこたつ部へ? お仕事とかで忙しいんじゃ?」
「それが、なのですけれど……」
先輩の表情が急激に悲しみに染まっていく。世界が悲しんじゃうじゃん(?)。そしてなぜかこたつに入ろうとしない。
「わたくしが今日、こたつ部を訪問したのは、他でもありません……」
先輩が「じいや」と呼べば、忽然と白髪の老執事が現れる。
「でた! 火巳子先輩のじいや召喚術」
「毎回思うんですけど、どういう仕組みでじいやさん出てきてるんですか……?」
「じいや。例のものを」
「かしこまりました、お嬢様」
ダンディボイスのじいやさんは、どこからかキャンバスを立てるための台を用意し、そこに大きな書道用紙を貼った。
先輩は準備万端。大筆を墨汁に浸し、腕をまくって構えをとる。
「いざ! ですわァッ!!」
先輩の筆さばきが唸る!
用紙にデカ文字が書かれてゆく!
『ス』!!
『ラ』!!
『ン』!!
『プ』!!
振り返った先輩はほろり、涙を絹のハンカチで拭う。
「わたくし、スランプですので、休養のためにこたつ部へお邪魔したのですわ……」
「そうは見えね~~」
「あら、本当ですことよ? 絵も文も何もかもうまく作れなくなってしまいましたわ。焦るなかで、あなたたちのことを思い出しましたの。あなたたちや、ころなちゃん先輩、
「ええ、たまに来てください! いつでも俺たちはいるんで。な、ぬくもちゃん?」
「……はい」
ぬくもちゃんは久々の、太陽のような火巳子先輩に気おされている様子だったが、ふふ、と微笑んだ。
「またよろしくです、燦射院先輩」
さっきは嫉妬?をしているようなそぶりを見せたぬくもちゃんだが、なんだかんだいってこの子も火巳子先輩のことが好きなはず。なぜなら、ぬくもちゃんをこたつ部に連れてきたのも、最初に笑顔を引き出したのも火巳子先輩だったからだ。
当時のぬくもちゃんは本当に暗かった。人と視線が合うのが怖いと言って、今より長い前髪で黒縁眼鏡の目を完全に隠していた。
そこに差したまばゆい光が、火巳子先輩だったのだ。
先輩の助力がきっかけとなったから、元気で健気な本来のぬくもちゃんがいるのだと思う。
火巳子先輩がまたパリコレポーズをしてファビュラスなドヤ顔を決めている。ぬくもちゃんが鈴の転がるように笑った。
その笑顔を見て思う。
火巳子先輩もお美しいけれど、やっぱり俺の一番は……
「さて! こたつ部での休養を始めますわァッ! 熱騎さん、わたくしが来る前にはぬくもさんとどのようなお話をされていたのかしらッ!」
さっきから立ったまんまの先輩が、たおやかな指先で俺をヴィシィッと指す。
その勢いについ笑ってしまいながら、俺は言った。
「とりあえずこたつ入りません?」
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