第29話

 その夜ソラはこの間投稿した体育館掃除の動画のコメントを眺めていた。

『楽しそう!』『ソラくんの鼻痛そ~』『ナツくん可愛い~!』などのコメントが寄せられている。これこそがソラの当時の至福だった。徐々に読み漁っていくと気になる一文を見つける。なんとも業者的なメールだと彼の目を引いた。


 “突然のコメント失礼いたします。同動画に出演されているナツくんについてお話ししたいことがございます。この一文を確認されましたら下記URLよりDMをお送りくださいませんか?”


 何かの暗号だろうか? それとも、ただのいたずらか。無視しようと思ったが、ソラの中で何かが引っ掛かる。いたずらだとしてもここで何か行動しなければ一度目と何も変わらないのではないか、と思ったからだ。

 URLをクリックするとメールアプリが起動した。


 『初めまして。アナザーデイズのソラと申します。先日の動画にてコメントを頂いた県でご連絡させていただきました。確認されましたらご一報願います。』


「……送信、と」


 これで何が変わるのかは分からない。だが、何かが変わってくれることを願って。ソラはメールを送信し、少しだけ様子を見ることにした。


 夕飯と風呂を済ませ自室へ戻る。パソコンを開けるとメールが1件ディスプレイに通知が来ていた。送ったのは19時頃だったはずだ。まさか今日中に返信が来るだなんて思ってもみなかった。

 メールをクリックし、内容を確認する。


 “ソラ様、ご返信ありがとうございます。私は東京で音楽誌記者をしております、夏目紘人と申します。早速ではございますが、御グループ様のおひとり、星川夏人さんについてお伺いしたく今回コンタクトを取らせていただきました。もし、ご予定が合えば取材をさせていただきたいのですが……”


 云々うんぬん


 つらつらと長く難しいことが書かれていたが、要は、ナツに取材交渉が来ているということだ。


 ――待て。この人、ナツの本名を知ってる。


 ということは、7年前の突然引退したことも知っているということか。それについて記事にしているのか、それとも……。

 生憎あいにく、アナザーデイズの三人はメディアに注目されたがりだ。取材でもなんでも受けるだろう。しかしこれはナツに対しての案件だ。

 ソラが知っている彼は、病気の後遺症に耐えられなくなったメンタルで、この世界からいなくなりたかった。だからあんな自殺めいたことをしようとしたのだ。


 ――だから、この件はナツのプライバシーに関わる問題だ。…………一旦、泳がせてみるか。


 『取材のお話大変嬉しく思います。ですが、一度彼当人に確認しないことには応じるかどうかはこちらとしては分かり兼ねます。彼に確認が取れ次第、再度こちらからご連絡させていただく形でも宜しかったでしょうか?』


 “了承いたしました。お忙しいところ恐れ入ります。もし、こちらの件ご承諾いただけそうでしたら、下記に電話番号を添付いたしますのでそちらまでご連絡していただけますと幸いです。宜しくお願い申し上げます。”


 返答はメールの方が楽なのに、とソラは心の中で呟いた。

 結局、確認後の連絡は電話になった。面倒だがまあいいだろう。取材を受けることを決めるのはナツ自身なのだから。


「……10年前は、結局どうなったんだっけか」


 一度目のことはうっすらとしか記憶に無い。少しずつではあるけれど未来は変わり始めていると思う。それがいいことなのか悪いことなのかはソラの中では今でも分からない。けれど、ナツを救うことができるのならば今やれることをやるだけだとソラは決意を固めた。

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