第11話

 目を開けると、唯一郎の経営している“星川医院”の個室の天井が見えた。

 右腕には点滴が投与されている。


 ああまたか。僕はいつになったらこの痛みから解放されるのだろうか。


 あの日から彼は決して治ることのない病気と生きている。親も治らないことは以前入院していた大学病院の担当医から聞いているはずなのに、医者の言葉を信じなかった。もう医者にかかるのはやめるとナツが伝えた時、母親はせめてもの反抗として、この山代町で医院を経営している自身の弟である唯一郎のところへと療養させると聞かなかった。それが家出をする条件だった。

 ナツは別にやりたいこともなかった。かといってこのまま都会の中で何もせず死んでいくのもつまらない。どうせ死ぬなら、景色のいい田舎がいい、なんて、不謹慎なことをもう何百回も考えては飲み込んできた。


「お、夏人、起きたか。……大丈夫かって聞く意味は無いな。まだ痛むか?」


「……もう痛くない。ちょっと考え事してただけ」


「明日学校行けそうか?」


 学校……。そうだ、とナツは思い出した。


 “どうせ死ぬなら自分のやりたいことをやってから死ぬ。”


 それが唯一郎の場所に行く条件としてナツが母親に提示したものだった。行く高校も自分で決めて、入学手続きまでしたというのにこの有り様だ。しかしなんの運命か魚波空、彼に出会ったことでナツの中で生きる希望が生まれつつあった。


「行くよ。楽しみができた」


「今日お前を助けてくれた子のことか?」


「そー」


「……その感じだったら行けそうだな」


 唯一郎に頭を乱され髪型がぐちゃっとなった。そして最後に1回撫でた後、部屋の電気を消して彼は部屋を出て行った。先程まで寝ていた所為で今は眠くない。どうせ、あと数分したらまたあの痛みが来る。眠くないことはナツにとって好都合だった。


 ――ああ、彼とまた会えるなんて。


 まさか生きている時に、また“楽しみだ”なんて思える日が来るなんて、誰が想像しただろう?


「僕は今、最高に幸せだよ」


 枕元に備えてあった目覚まし時計の時刻を確認する。たった今、ちょうど針はを指したところだ。

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