第10話

 程なくして魚波家のインターホンが鳴る。自分が行くよりも先に美舟が玄関へと向かい続いてソラも向かうと、長身の男性が「星川です」と名乗った。きっとこの人がナツの叔父である唯一郎だと確認した。


「すみません、うちの甥がお邪魔したみたいで」


「いいや。とても良い子にしていたよ。ソラ、夏人くんのお迎えだよ」


「あ、うん」


 ソラはナツと新太郎のいる居間に戻る。あの電話から5分も無かった間に、ナツは眠ってしまっていた。その寝息は正しく一定にリズムを刻んでいる。彼の未来のことを知っているソラとしてはこのままでいてほしいものだが、そうならないのが人生だということも痛い程理解していた。


「……ナツ、叔父さんが迎えに来てくれたよ。起きれるか?」


 ふっ、とソラの声に反応してナツのまぶたがゆっくりと上がる。時刻は22時を回っている。さすがの夜型のソラも、今日は内容が濃すぎて眠気がピークに近かった。


「ソラ、と、唯一郎さん」


「ん。車で来たから。帰ろう。」


 ナツはまだ完全に覚醒していないのかうつらうつらとしながら玄関先に向かう。ソラは今にも倒れそうだとハラハラした。


「魚波くん、夏人がお世話になりました。ほら行くぞ。大丈夫か?」


「うん……。ありがと、ございました」


 首がうなだれたままだったがナツは無事に車に乗り込み、帰っていった。

 これからどこまでの“二度目”を繰り返すのだろう。今日、ナツに会うことで彼が生きていると実感してしまった。未来に期待した。

 この後起こることは必ず起こることで、変えられない事実であるというに……。


 叔父の唯一郎がソラの家の前に車を止めていたようでナツは助手席に乗った。唯一郎はナツが座るやいなやシートを後ろへ倒し腹部を触れた。


「――痛った‼」


「やっぱりな。発作、我慢してたんだろ」


 その言葉にナツはグゥの音も出なかった。

 唯一郎との電話から少ししてナツは鳩尾みぞおちの辺りに違和感を感じていた。ズグズグとした鈍い痛みが腹部を刺激する。嫌な予感はしていたんだ。これは発作の前兆を意味した。

 ソラとその場にいた新太郎には申し訳なかったが、いつもの癖で寝転んでしまった。一度横になってしまえば大抵の痛みは治まってくれる。ソラには「眠いのか?」と聞かれたので、それとなく「そうだよ」と答えた。


「バレてたか。このくらいだったらすぐに治るって思ったんだけど」


「たとえ自分でそう感じても、そうじゃなかった時が怖いのは自分が一番よく知ってるだろ? その発作を舐めたらダメだ。携帯も置き忘れていくし」


 何も言えない。完敗だ。彼の言っていることは全部正しいし、携帯を置いて行ったのはワザとだ。そこまではバレていないようで内心ほっとする。


「ごめんって」


「……。まあ、今日は良しとするかな。お前に何かあったら俺が姉さんにグチグチ言われるんだからな?」


「うん。分かってる――」


 ズグンッ!

 一発、大きい痛みの波がナツの腹部を攻撃した。変な声が漏れ、分かりやすく胃の辺りをぎゅぅと握る。


「大丈夫か。ちょっと待ってろ、今痛み止め出す」


 ――あー。痛いなあ。


 ナツはこの発作の痛みと7年もの間付き合っている。この発作はいつ・どのタイミングで来るか分からない。これだけがナツにとっての憂鬱であった。


「……家に帰ったら、点滴用意するから。それまでは辛抱してくれ」


 個人経営の医院の医師であるため、唯一郎の自宅には医療器具が多く存在する。この痛み止めの薬もその内のひとつだ。こんなものも点滴も、所詮はその場しのぎでしかないというのに。


 僕は知っている。

 残された時間は少ないということ。

 僕は知っている。

 薬なんか、効かないこと。

 僕は知っている。

 僕には未来が無いこと。


 ナツが痛みによって気を失う。気を失う前に見えた月の光が嫌味のように綺麗だった。

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