ピンク頭と乙女ゲーム

 ある日の放課後、女性の言い争う声に気付いた僕は、校舎裏の雑木林でエステルがアハシュロス公女を罵倒しているところに出くわしてしまい、彼女の普段とはかけ離れた姿に呆然としてしまった。


「この世界がゲームとは何のことでしょう?あなたがみんなに愛されて幸せになる?それがゲームとやらとどう関係が?」


「だ~か~ら~。

あんたみたいな凡人にもわかるように教えてあげると、この世界はね、あたしがみんなに愛されて幸せになるためのゲームなの。攻略対象者を攻略してあたしに夢中にさせて、逆ハー決めるの。そこで出てきた最高のイケメンがあたしと結ばれるのよ。そしてあたしはみんなに憧れられて羨ましがられて、最っ高に幸せになるの」


 攻略対象者?逆ハー?訳が分からない。

 ただ、一つだけわかるのは彼女が恋や愛というものを、ポーカーのように駆け引きを楽しむための遊びの一種だと思っているという事だ。彼女が最高と思う男性に愛されて人から羨ましがられるために、彼女は行動しているらしい。 


「そのためにはアンタがあたしのこといじめなきゃならないのに、何もしてこないから攻略がぜんっぜん進まないじゃない。いい迷惑よ。」


「逆ハーに攻略……一体何のことだかさっぱり意味がわかりません。

貴女は『殿方の気を惹くためにかわいそうな自分を演出する必要があるので悪役をやれ』とおっしゃりたいようですが、お断りです。

なぜわたくしがそのような下らないことのためにいじめなんて馬鹿馬鹿しい真似をしなければならないのです?」


 もっともな指摘である。


「だいたい『いじめられてるかわいそうな私』を演じなければ見向きもされないなんて、よほど貴女自身に魅力がないのですね。意中の殿方に振り向いてほしいならば、今からでも長所を磨いて己に自信を持つことですわ」


 うわ。ド正論過ぎてこれは痛い。そんなまっとうな努力ができる人なら最初から他人を陥れたり、被害者アピールで異性の気を惹こうなどと考えないだろう。

 あまりの身も蓋もなさに、やはり公女は血も涙もないのかと嘆息する。


「だ~か~ら、うっさいわって!そりゃアンタみたいなクッソつまんないどっからどこまでも凡庸な平凡地味クソ女じゃ理解できないかもね。頭の出来が違いますから!

 とにかくあたしは馬鹿相手に機嫌を取るのはもう飽きたし、誰も見た事ないっていう隠しキャラ攻略にとっかかりたいのよ。さっさと罪状重ねて断罪パーティーで叩きのめされろし。そんでもって処刑されて最高のイケメン連れてこいっての」


 確かに頭の出来はかなり違いそうだ。

 ヒステリックに訳の分からないことを喚きたてるエステルと、これだけの侮辱を受けても冷静に理路整然と正論を述べるアハシュロス公女、とても同じ十八歳とは思えない。


「断罪パーティー?パーティーでつるし上げでもするおつもり?随分と悪趣味ですこと。

 しかもその目的が最高の殿方に会いたいから?本当に下らない人ですね。

 なぜそんなものに付き合わされねばならないのか理解に苦しみますわ」


 そりゃそうだ。

 だいたい断罪パーティーって何だ?アハシュロス公女を断罪してつるし上げるパーティー?悪趣味にもほどがある。

  いや、悪趣味以前に隣国の王族の縁戚である公女をそんな公の場で辱めれば、事の真偽はともかく国際問題になりかねない。一歩間違えばダルマチアとの戦争だ。

 なぜそんな簡単な事もわからないのだろう?他人をいじめの犯人に仕立て上げて陥れる事は考えられるのに。


「わたくしは正直に申せば貴女のことなど心底どうでも良いのです。複数の殿方に擦り寄って一時的にチヤホヤされていい気になっていても、その結果身を滅ぼすことになっても、わたくしのあずかり知らぬところ。

 もちろん以前から親交のある方が婚約者をないがしろにして女性にうつつを抜かし、身を滅ぼしそうになっていればいったんは忠告いたしますが、それでも改まらないようでしたら、その後はご本人の自己責任ですし」


 アハシュロス公女はよほどうんざりしていたのだろう。

 滅多なことでは表情を動かさない彼女にしては珍しく、あからさまに汚物でも見るような冷たい表情を浮かべていて、『一秒でも早く解放されたい。金輪際関わりたくない』という感情が遠目にもひしひしと伝わってくる。


「ざっけんな!!あたしがセルセに愛されてるからって嫉妬してるくせに」


 が、エステルはその心底どうでも良さそうな様子が気に障ったらしく、ますますキャンキャンと吠え始めた。正直言って、全然可愛くない。


「率直に申し上げて、わたくしが貴女に嫉妬しなければならない理由がさっぱりわからないのですが。貴女にどこか嫉妬できるような要素ってございましたかしら?」


 嫌味ではなく、心の底からの不思議そうな言葉にエステルの中で何かが吹っ飛んだようだ。確かにあまりに的を射ていて容赦がないから、根拠レスにどこまでも自己評価の高いエステルにとっては、とうてい我慢ならない事だとは思う。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 よくわけのわからない奇声をあげながらアハシュロス公女に掴みかかるエステル。


 公女は自分より一回り小柄な令嬢を振り払って怪我をさせてはならないと思ったのか、困り果てた表情で少し身を躱しただけだ。それでも勢い余ったエステルは顔から地面に豪快にダイブして、そのまま地べたに突っ伏してピクピクしている。


 たしかにこれは相当に屈辱的だろうが……いじめられたと言うにはかなり無理があるのではなかろうか。

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