年の瀬戸際【カクヨムweb小説短編賞2021参加作品】

ロベルト

年の瀬戸際

せわしい街の喧騒の中、私は近所の飲み屋で友人と集まり大晦日を過ごしていた。

私はいつもビールからの日本酒だ、いつも通りに他愛もない話に花を咲かせながら一件の店で酒だけがハシゴしていく。

しかし飲みだしたのが早すぎたのか年を越す前に少し酔ってしまった。

なんだかいつもの酒と違うような気がする。

毎年ある感覚なのだが、年が暮れるにつれ、酒の味が増してきてどんどん旨くなっている気がするのだ。


別に特別な事なんて何も無い、

後数時間で年が明けるだけだ。

年が明けるとこの世界に何の変化がある?

干支?暦?


いや、そもそも世界というものは年が明けることで変化するものではない。

元々この世界は長い時間をかけて少しずつ変わっていっているのだから。


この地球という星が出来てから45億年が経つと言われているが

溶岩と酸性雨にまみれた地獄のような星から長い時を経て海が出来、そこから命が生まれ、大きくその姿を変えてきた。

そこから更に長い時間をかけて人類が生まれて、

そして我々人類という種もまた長い時間をかけて変化しつつある。


膨張を続ける宇宙の中で少しずつ、本当に少しずつではあるが自転速度を緩めつつある地球の中で、

700万年もの時間をかけて万物の頂点に立ち栄華を極めた人類は安定した社会を築き上げ、更に文明の手を広げ宇宙へと手を伸ばしている。


人類だけで無く動物達だってより効率良く種を残す為に小さな変化を繰り返している。

植物だってそうである。




大きな世界で静かに起こる大きな変化の中であらゆる小さな命達が小さく変化をし続けている。

これがこの世界のしくみであり私達も世界の一部なのだ。


ではその中で人は何故年が明けるなんて文化を作り出したのか。


それはただの目安である。

いつからいつまでの自分達の生活の時間を知る為の区切りでしか無い。


しかし、これが如何に重要なものであるか。

年を越す前にそこの所を一応考えておこうか。


_


古来人類は大河に沿って文明を築き幾多もの危機を乗り越え繁栄してきた。

その危機とは何か。

それは主に自然の脅威、「災害」に他ならない。


例を挙げると、

大水、干魃かんばつ、寒波等が挙げられる。

疫病もあるだろうし火山の噴火で滅んだ都市だってある。


それを運命と受け入れていた者も、災害が起こる度に生活の拠点を移そうと試みた者もいるだろう。

数多の天変地異に遭いながらも生き延びた人類達はいつかどこかで

「寒くなった後、必ず暑くなる」

とか

「雨が長く降る時期がある」

といった変化に気付き、

その対策を取り始めたのだ。


日時計※を立てる事で影の長さから雨季を推測し高台に床を移したり。


※よく歴史ロマン溢れる話に出てくる「モノリス」。これが日時計の始まりとも言われている。


獲物から剥いだ革を身に付ける事で防寒したり。


また、本筋からは少し外れるが紀元前3000年頃、古代シュメール人の遺跡からは陶器製の靴が出土している。

靴も外的環境から身を守る大事な要素であった。


これは人類が繁栄する大きなきっかけとなる変化、生物としての「多様性」の発芽であると私は思う。

それも大きな世界の中で見ると小さな変化ではあるが我々人類にとってはとても重要な事である。


こうして人は災害の周期を見つける事でその時々に命を守る術を生み出していったのだ。


そしてこの星が繰り返す癇癪を何千年と耐え抜きその手段を開発、改善し続けた結果、

今私達の生活が守られているのだと言える。

以上を考えると、我々が正月を迎える上で一体何がめでたいのかが見えてくる事だろう。


我々は周期的な区切りを以て

がめでたいのである。


多くの犠牲を出しながら、その犠牲を無くし生き延びる為に先人達が途方も無い時間をかけて試行錯誤し文明を発展させてくれた。

そのお陰で私達の今の生活がある事を忘れてはならない。


そう思うと毎回年の瀬戸際に酒の味が増す理由がなんとなくだがわかってきた。


きっとこの体には先人に対する感謝が遺伝子レベルで刷り込まれているのだ。

また、人類は皆何も考えず日頃を過ごしていたとしても命が今ある事をきっと無意識に喜んでいる。


それに酒だって元は発酵した果実だがそれを見つけた人類に見初められた事で共に発展し文明に寄り添ってきてくれた相棒だ。

ただ飲んで酔っぱらう以外に、神事や祭事にも使う文化はおよそ4000年も前からあり今世にもそれが受け継がれている。


だから、年末になると酒が飲みたくなる。

年末に酒を飲むといつもと味が少し違って感じる。

きっと私だけではない。多くの人々がふと同じ感覚を覚えている筈である。

これはきっと私達人類が無意識の内に心と体全体で先祖に感謝し、命ある事を喜んでいる証なのだと思う。


_


気づけばもう後少しで年が明けそうじゃないか。

もう秒読みに入る所で皆がそわそわしている。

振る舞い酒が配られ皆で盃を上げいざカウントダウン。


長々と考えてしまったがせっかく年が明けるのだ。

ここいらで一区切りつけようか。


じゃ、おめでとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年の瀬戸際【カクヨムweb小説短編賞2021参加作品】 ロベルト @akirapark

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ