第32話 許せないことは許せないこと

11月21日 月曜日 16時40分

私立祐久高等学校 生徒会室


#Voice :飯野いいの 緋羽ひわ

 

「ごめんなさい。呼び出したのに、締め出したりして、本当にごめんなさい」

 星崎先輩があたしに平謝り。

「いいえ、でも、そんなことより、いま、おっきい地震、ありましたよね?」

 あたしが問うと、星崎先輩と鹿乗くんが一瞬だけ固まった。


「大丈夫です。揺れたのは、生徒会室の周りだけみたいです」

 生徒会室のパソコン画面には、気象庁のホームページが表示されていた。


「え? 生徒会室だけ…… ですか」

 あたしは、さすがにジト目を星崎先輩に向けた。

 鍵までかけて、生徒会室で何をしてたんですか?


「あ、でも、LINEもらったので来ました。あたしに、『聞きたいこと』って何ですか?」

 あたしは努めて明るく振舞った。

 もう、予想はついていたの。

 先日、生徒会室で、星崎先輩、鹿乗くん、たくらみメガネ籠川さんが話していたのを聞いた。あの直後に警察が来て、籠川さんを連行した。


 そう、あのたくらみメガネが葦之を殺した。

 あの籠川さんが葦之に、萩谷さんのタブレットパソコンを渡さなければ、葦之はあんなことにはならなかった。何の関係もないはずの葦之を、籠川さんが悪戯半分で巻き込んだ。

 こんな理不尽なこと、ある?

 ないよね?

 あり得ないよね?

 まったく関係のない良い人が、巻き込まれただけで惨い死に方をするなんて、あったらダメだよね? そうだよね? 許せないよね?


 さっき、萩谷さんが生徒会室に来てたのも、きっと、この件に繋がりがあるはず。

 扉に鍵が掛かっていたのは、あたしに知られたくないから。

 でも、あたし、この前に、籠川さんのときに、お話をもう聞いちゃってるの。

 籠川さんが犯人だって、もう知っているの。

 許せないよね?


「あの、本当にごめんなさいね。こんなこと聞くのは申し訳ないけど……」

 と、星崎先輩がお詫びしながら、話し始めた。

 何を聞かれるのかは、もう、わかっている。

 だから、質問されるよりも先に答えた。


「萩谷さんのタブレットパソコンなら、野入のいりくんに渡しましたよ」

 

「え? 野入くん?」

「まじか?」

 星崎先輩と鹿乗くんが驚いた顔を見合わせた。


「あの、それで、緋羽ちゃんは、あの、パソコンの画面を……」

「見ちゃったと思います。でも、よく覚えていないんです」

「あれを、見たのか!? それで、、覚えているか?」

 鹿乗くんが迫ってきた。

 あ、タブレットパソコンのアプリのことは、から、そこをぼかしているのね。


「……思い出せないんです」

「本当に、か?」

「本当です。記憶がすっぽり……そんな感じで」

 鹿乗くんが何とも言えない複雑な表情になった。


 どうしようか?

 あたしが先日の籠川さんとのお話を、実は立ち聞きしてたこと、話した方が良いよね? 話をするにしても、共通認識のベースが違うとやりにくいよ。


「あ、でも、もしも願い事が叶うアプリだとしたら、あたしが願うことはひとつしかないです。葦之とずっと一緒にいたい。一緒に高校生活を満喫して、一緒の大学に進学して、結婚して、一生、添い遂げたい。もちろん、邪魔者は撃滅しちゃいたい」

 早口で捲し立てた。

 あたしが、今日、ここへ来た理由は、この言葉を伝えるためだから。


 言いたいことを叫んだら、不思議とすっきりして、思わず笑みがこぼれた。

 なのに……

「緋羽ちゃんっ!」

 星崎先輩が駆け寄ってきて、あたしをぎっと抱いた。

 淡くてふんわりしたミント系の香りが、星崎先輩の黒髪からした。


「お願いだから、道を誤らないで。緋羽ちゃんまで、不幸になるなんて、ないよ」

「放してください。葦之を失ったら、あたしに生きてる意味、ないですよ」

「そんなことなんて、ない」

 星崎先輩の声が鋭くあたしを叱る。ぎっと抱きしめられる。

 でも、あたしの中の怒りの炎が勝る。


「あります。ありますよ。あたし、この前、この生徒会室で星崎先輩たちと籠川さんが話しているの、立ち聞きしちゃいました。だから知っています。あのたくらみメガネが犯人なんです」

「たとえそうだとしても、あなたまで呪いに引き込まれる必要はないの」

 ぎゅっとされる。星崎先輩は本当にあたしを救いたいと思っている。温かい気持ちは、ちゃんと伝わって来る。感謝だってしてる。

 でも、あたしにはもう何もないの。救いなんていらない。


「鹿乗くん、あれ、お願い。持ってきて」

「何をするつもりですか? あたしまで警察に突き出すつもりですか?」

「違うわ。お守り鈴をあげる」

 背中から抱かれたまま、両手を取られて、手の中に鈴を握らされた。


「飯野緋羽ちゃん、この鈴はあなたのもの。必ず悪いモノから遠ざけてくれるから、いつも一緒に持ち歩いて」

 星崎先輩がいっきに早口で捲し立てた。言葉を途中であたしに遮られないためだと思うけど、いつもふんわり口調の星崎先輩が早口なのを初めてみた。

 だけど…… 突き返した。


「せっかくですが、要りません」

「だめ、鈴守神社の鈴だから、緋羽ちゃんを守ってくれるから、いつも持ち歩いて」

「いやです」

 あたしを救おうとしてくれる優しい両手を振り払った。

 あとは、逃げるように、生徒会室から駆けだした。 

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