第19話 影踏みの呪いとお守り鈴
11月16日 水曜日 18時05分
鈴守神社 社務所
#Voice :
鹿乗くんの表情が驚愕で固まった。すぐに嫌そうにゆがむ。
無理もない。
もう、私たちは呪いをかけられているの。
鹿乗くんが踏みとどまりたいと願ったレッドラインを、何者かは易々と跨いで、こっち側に踏み込んできたの。
無差別殺人ではない。
でも、私たちも例外じゃない。
こっちが望まなくても、何者かは、常識人なら誰もが守りたいと願う一線を越えてきた。
鹿乗くんに、プラスチックのおもちゃのハサミを手渡した。
「こむぎ粘土を切るおもちゃのハサミよ。これで影を切って」
「ええっ?」
「大丈夫、これくらい細ければ、おもちゃのハサミでも切れるわ」
もちろん、おもちゃのハサミに祝詞をあげて、御祓いしてあるけど。
鹿乗くんは、私のいうとおりに、私の影にまとわりついている糸くずみたいなモノを、おもちゃのハサミで切り払ってくれた。
「ありがとうね。次はキミの番」
鹿乗くんへ手を伸ばした。おもちゃのハサミを受け取り、障子の前の場所を譲る。
「まさか、俺も…… ですか?」
「うん。キミは
鹿乗くんが渋い顔になった。自覚はあるようね。
鹿乗くんの周りにも、モヤッとした感じの糸くずの影が絡みついていた。首の周りにも、嫌な感じにまとわりついていて、結構、恨みが深い感じがした。
それを全部、切り払った。
◇ ◇
「あなたにお守り鈴をあげる」
両手を取り、お守り鈴を握らせた。
「鹿乗玲司くん。このお守り鈴はあなたのもの。あなたを悪いモノから遠ざけてくれるから、亡くさないでね」
私がいうと、鹿乗くんは一瞬だけ頬を赤らめてどぎまぎした。あと、すぐに、また、嫌そうな顔をした。
「いまのセリフ、何かのおまじないですか?」
「鹿乗くん。キミは鋭いな。この宣言は、お守り鈴とキミを紐づける儀式みたいなものよ。まあ、認証手続きみたいなものね」
疑いの眼差しが、ジトっと私を見返している。そりゃあ、そうだ。でも、めげない。がんばれ、私。
「鈴守神社のお守り鈴よ。社務所ではひとつ650円でお配りしてるけど、特別にあげるわ」
「いや、こんなの……」
迷惑そうな鹿乗くんの言葉を遮った。
「ありがたい鈴守神社のお守りです。いつも身に着けてくださいね。呪いをかけられると、鳴るから」
つい、営業スマイルしてしまう。神社仏閣の運営費は、みんなの温かい信仰心で支えられていますからね。
「鈴なんて、ちょっと揺らしたら鳴ります。意味あるんですか?」
鹿乗くんは、すぐに看破した。信心深い人は、ありがたいって感心してくれるのに。
でもね、このタイプの秀才くんを説き伏せるには、ちょっと話術が必要なの。
私の営業トークの嘘を論破したと思わせてから、本題を話すからね。
ごめんね。でも、キミを守るためだから許して。
すっと息を吸ってから、声色を作るね。
「たぶん、影踏みによる呪いだと思う。糸や鎖、あるいは刃物など、危害を加えたい気持ちを写した何かを隠し持って、相手の影を踏むの。呪文みたいな言葉を合わせて用いることもあるけど……」
「えっ?」
鹿乗くんの表情が変わった。
前振りから、いきなり本題に振る話法は、相手の理解力が高いほど、やりやすい。
文脈を飛び越えて、いきなり結論をぶつけるの。
文章理解力が高い相手なら、私が起承転結を飛び越えたことに気づくから。
「問題は、学校みたいに狭い場所に大勢の生徒を集めている施設の中では、影踏みをされても、誰が仕掛けたのか解らないの」
鹿乗くんが考えてるときの顔になった。
うん、これで良い。
考える必要なしと判断されて門前払いするモードになると、何を言ってもメンタルに届かないから、いくら危険性を訴えても話を理解してもらえない。
だからね、
お守り鈴で前振りした後に、間を飛ばして、影踏み呪いの手順と危険性を話した。
秀才の彼、鹿乗くんは、文章構成に欠落があることに気づいて、私の話した言葉を頭の中で再構成したの。導入の小話と結論の間が飛んでいるものね。
あと、国語の読解力が優れている人ほど、こんな話術にかかりやすいから、気を付けてくださいね。
だから、影踏みの呪いなんて荒唐無稽なお話を、門前払いしなかった。
彼みたいに常識的な思考が得意な人は、たとえ呪いの影なんてモノを目の当たりにしたとしても、荒唐無稽なお話は拒否してしまう。あくまでも常識の範疇で考えて行動しようとする。常識の砦に立て籠もってしまう。
だから、ちょっと、工夫が必要だったの。
「今朝の全校集会のときに、呪いをかけられたと気づいたけど、相手が誰なのか、人数が多すぎてわからなかったの」
苦笑いを作って見せたけど、これは本当。
「体育館で影と言われても…… 天井から照明灯がいくつも吊るされているから、影はいくつも分かれて広がっているから」
と、鹿乗くんがつぶやく。
彼の頭の中では、状況をシミュレーションしているはず。影を踏まれると呪われるとしたら、人混みの中では防ぎようがない。しかも、影を踏むだけなら、標的にした人物に気づかれる心配もほぼない。
「いまは、細い糸だから簡単に切れるけど、次は別の方法に切り替えてくると思う」
「そうなんですか……」
げんなりした声が返る。でも、呪いってそうなの。ねっとりした感情が元になっているから、何度でも何度でもしつこく仕掛けてくるの。
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