第27話 萩谷さんのお昼ご飯
11月18日 金曜日 12時40分
私立祐久高等学校 屋上
#Voice :
木瀬さん、籠川さんときたら、残るは萩谷さんだよね。
でも、萩谷さんは、県外からの通学組で、しかも学習塾通い。下校時間後に生徒会室に来てもらうのは、時間的に難しそう。
だから、私たちから会いに行くことにした。
鹿乗くんに尋ねたら、萩谷さんはいつも屋上でひとりでお昼ご飯を食べているそうだから。ひそひそ話をするには、ちょうど良いと思ったの。
「あ、星崎先輩と……鹿乗くん、どうしたの?」
「こんにちわ、ちょっと、お邪魔しても、いい?」
「あ、はい。どうぞ」
最初は他愛のない挨拶と雑談から、少しづつ萩谷さんの反応を確かめながら、本題のキュービットさんのことを尋ねてみた。
「キュービットさんですか。実は、タブレットパソコンを失くして困っています」
萩谷さんは、イラストコミッションサイトで請け負った、有償依頼の絵を仕上げることができなくて途方に暮れていた。
「このまま長期間に渡って依頼を放置してしまうと、依頼主に失礼だから、今回の依頼は辞退させて頂こうと考えています」
そう答える萩谷さんの表情を注意深く観察した。不審な感じはしない。
籠川さんが撮ったあの動画の中で、萩谷さんは多数のヒトヒトと呼ばれる呪いの影法師を仲間として迎え入れていたはず。
木瀬さんが殺害されるきっかけとなったSMSを送信できる立場にいるのは、萩谷さんだと目星をつけていた。
だけど……
私は、鹿乗くんを振り返った。
同じクラスにいる鹿乗くんの方が、萩谷さんに関しては私よりも詳しい。普段の仕草や表情も良く知っている。
鹿乗くんは、微かに首を振った。
あやしい点はないという答えだ。
仕方ない。
あまり気は進まないけど、中央突破しちゃうしかない。
「木瀬さんと、籠川さんのことは、聞いているよね? あなたは大丈夫なの?」
意を決して、言葉にした。
本当は、こういうのは、あまりやりたくはない。
でもね、人が死んでいるの。
呪いがまだ続いているのだとしたら、最も危険な位置にいるのは、萩谷さんのはず。私は、みんなを救いたいと思うから。
「正直、驚いています。よく眠れないんです。木瀬さんが死んでしまうなんて。それに、籠川さんは警察に連行されたというし…… 籠川さんがそんな恐ろしいことするなんて……」
あ、やっぱり誤解している。
「萩谷、誰に聞いたんだ? それ。籠川は不安のあまり精神が参っていたから、俺が警察に頼んで保護してもらったんだ。犯人扱いするなよ」
私よりも先に、鹿乗くんが間違いを咎めた。
「そうだったんですか。知りませんでした。噂話で、警察に連行されたって聞いて、てっきり逮捕されたんだと……」
「あのなあ…… 萩谷は、成績が良い癖に、そういうところ、鈍感なんだな」
「ご、ごめんなさい」
萩谷さんが首をすくめた。
鹿乗くんって、気持ちが昂ると、つい、詰問調で話す悪い癖があるの。
だから、遮って、お話を本題に戻した。
「大丈夫、怒ってないから。
でもね、籠川さんから聞いたけど…… キュービットさんは催眠効果のある呪いのアプリだっていうの。そんな危険なものがあなたのタブレットパソコンでいまも走っているとしたら、大変だわ。」
用意していたセリフを、浴びせた。
「もし、タブレットパソコンを見つけたら、私に連絡してほしいの」
萩谷さんは、微かに首をかしげた。
「さすがに、アプリが走ったままは…… ないです。もう2週間近くも経ってますから、バッテリー切れてますよ」
「いや、そうじゃなくて、おまえのタブレットが呪われているんだ」
鹿乗くんが言い募った。
「まさか? Windows11はセキュリティ硬いです。それにウイルス対策ソフトも入れてます。マルウエア感染なんて……」
「互換モードにして管理者権限で実行したのでしょ?」
笑って見せた萩谷さんの言葉を遮った。
「……そんなことまで、籠川さん話したのですか」
萩谷さんから、柔らかい笑顔が消えた。
「あなたのタブレットは呪われてしまったの。そして、たぶん、萩谷さん、あなた自身も…… このままだと、あなたの身に危険が及ぶ可能性もあるわ」
言葉を浴びせて、畳みかけた。
どうしても、萩谷さんを陥落させる必要があると、確信していた。
呪われているのなら、次の犠牲者がきっと出るはず。
止めたいと思ったから。
だけど、萩谷さんが嗤うの。
急に、ほんの微かな変化だけど、萩谷さんの中で何かが変化した気がした。
「星崎先輩、呪いって何ですか?」
「萩谷さん、あなたは、木瀬さんに強要されて、キュービットさんをして、呪われてしまったの。そうでしょ」
「ううん。人間は、生き物は…… みんな、呪われているの。そう思いませんか?」
萩谷さんが、透明な微笑みを揺らした。
ぞくりとした。
小柄だけど、透きとおった感じの繊細な美少女だと思う。
学園の男子たちが秘かに憧れ、女子たちの羨望と嫉妬を集めるわけだ。
ハスキーなメゾソプラノの声も、細い肩も、艶やかな黒髪も、雪肌も、繊細で美しい。だけど、どこかに空恐ろしさを隠している。そんな気がした。
「私たちの体重の1割くらいは、ミトコンドリアだって聞いたことあります?」
「ええ……」
萩谷さんが何を話したいのかわからず、戸惑って答えた。ミトコンドリアは中学校の生物の単元で習うけど、細胞内小器官。ATP(アデノシン三リン酸)という細胞の中で使うエネルギー物質を生産する役目があるのだけど……
「ミトコンドリアは、大昔は別の生き物で、私たちの身体に寄生しているって生物の単元で習いましたよね」
「寄生というより、共生関係って説だと思うけど」
私たちの身体もそうだけど、真核細胞は、核とミトコンドリアみたいな細胞内小器官の協力関係で生きている。ミトコンドリアがいなくても、解糖系で少しならATPを生産できるけど、活発に活動する生き物には全然足りない。
「ううん。寄生だと思います。ミトコンドリアは自分だけのmtDNA遺伝子を持っているし、独立して増殖もできるから」
萩谷さんが、すっと、食べかけのお弁当を持ちあげて見せた。手作りらしく、可愛い花柄のお弁当箱に、ウインナーや卵焼きが詰めてある。
「可愛いお弁当ね」
私は褒めたつもりだった。
でも、萩谷さんはゆっくりと首を振った。
「残酷って思います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます