ソーダ味の初恋

ちょこっと

第1話

 自分の靴の先だけ見て、とぼとぼと歩く。

 小学校の帰り道。


 今日は嫌な事があった。


 私が悪いんじゃないのに、先生は信じてくれなかった。

 みんなの前で私が悪いみたいに言われて、泣きそうで泣きたくなくて、黙って俯いてた。


 黙ってたら私が悪い事にされた。

 言い返したかったけど、言えなかった。

 教室のみんなが敵みたいで、怖くて悔しくて。


 一人の帰り道、今更ながら涙が出そうになってくる。

 嫌だ、あんなヤツらのせいでなんか、泣くもんか。


 ぐっと、お腹に力を入れて我慢する。

 でも、このまま家に帰りたくない。

 お母さんがきっと心配するから。


 小学校行き始めたばかりで、只でさえ毎日色々心配してばかりのお母さん。


 とぼとぼ歩いていると、野良猫と目が合った。


「あ」


 可愛い黒猫ちゃん。

 私の事をじっと見て、逃げようともしない。

 そうっと近付いて、黒猫ちゃんの前でしゃがみこむ。


「わぁ、きれいな毛だね。さわってもいい?」


 私の言っている事が分かるみたいに、じっと動かない。

 一度だけ「いいよ」と言ってるみたいに、尻尾を振ってみせる。


 びっくりして逃げないように、そっと手を伸ばして優しく背中を撫でる。

 撫でさせてくれた。

 そのまま、ゆっくり頭も撫でる。

 気持ちいい。


「やわらかいね、あったかいね」


 気が付けば、私の泣きそうな気持ちは引っ込んでいた。


「あっ」


 不意に、黒猫ちゃんが動いて歩き出す。


「待って」


 ゆっくりと歩く黒猫ちゃんを、私は思わず追いかけていった。






 五分位歩くと、見たことない小さな公園についた。


「こんな近くに公園あったんだ」


 公園をぐるっと見渡して、ぽつりと一人言う。

 気がつくと黒猫ちゃんは居なくなっていた。


「あぁ……いなくなっちゃった」


 少しだけがっかりする。

 もう少し、一緒にいたかったな。


 少ししょんぼりしたけれど、せっかく来たんだから少し遊んでみようとすべりだいに上った。

 昇り棒とかと一緒になってるすべり台で、上ると子どもが3~4人は座れる位の場所がある。

 その上の所で座ってみた、視線が高くなるとなんだか楽しくなる。


 大丈夫、大丈夫だよ。

 明日になったら、みんな今日の事なんてもう忘れちゃってるかも。


 明日、小学校に行くの嫌だなと思う気持ちと、一生懸命戦う。


 大丈夫だよ。

 だってホントは私が悪いんじゃないもん、勘違いだって分かってくれる子だっているよ。

 みんながみんな敵じゃないよ……


 そう思いながらも、やっぱり明日小学校行きたくないなと思う。


 すべりだいの上で、一人ぼーっと小学校の方を見ていた。


 家がいっぱいあって小学校は見えないけど、怖いダンジョンみたいに思える。

 小学校はダンジョンで、信じてくれなかった先生や嫌な子はモンスターだ。


「はぁ」


 こどもだって溜息つくんだもん。

 大人だけじゃないもん。


 座ったまま、抱えた膝に顔をうめる。


「おい」


 急に呼びかけられて、思わずびくっと肩を震わせた。

 そーっと顔を上げると、日焼けした男の子が立っていた。


「な、なに?」


「すべらへんの?」


「あ、ごめん、うん、滑っていいよ」


 すべりだい上の開けた場所で、端っこに寄ってお先にどうぞする。


 テレビでしか聞いた事ないけど、関西弁っていうのかな?


「ふーん」


 けれど、男の子も滑らないで私の隣に足を投げ出して座った。


 え、なんなの。


 男の子は、冊の間から足を突き出してブラブラしている。

 暫くお互いに黙っていたけれど、男の子は私の方を見て、言った。


「なぁ、ヤな事でもあったんやろうけどさ、しょぼくれたツラしとるより笑っとる方がいいぞ」


 急に何を言い出すのかと、黙ったまま男の子を見返す。


「っだから、さっき、猫撫でてた時みたいなツラの方が、いいっつってんの!」


 少し顔を赤くして言う。

 そんな所から見られていたのかと、少しびっくりしたけど、もしかして私が落ち込んだ顔してたから励ましてくれてるのかな?

 男の子は「ちょっと待ってろ」と言ってすべりだいを滑り降りるとどこかへ走って行ってしまった。


 待ってろと言われたからには少し待ってみようか、だけど、そろそろ帰らないとお母さん心配しちゃう。

 迷っていると、男の子はすぐに戻ってきた。


 カンカンと音を立てながら上まで登ってくる。


「ん」


 男の子の手には、アイスが握られていた。

 ソーダの、二本くっついてて、真ん中でパキって割れるアイス。

 私もよくお母さんと一緒にわけっこして食べている。


 そのソーダアイスを、一本割って私に「ん」と差し出す。


「あ、ありがとう」


 受け取って食べると、男の子はニカっと嬉しそうに笑った。

 つられて、私も笑顔になる。


 二人で仲良く並んで食べた。


 食べ終わると一緒に滑り降りて、アイスの棒で地面にお絵描きする。


 私はさっきの黒猫ちゃん。

 男の子は多分何かのヒーロー。


 そうして、ゴミ箱にアイスの棒を捨てると、バイバイした。


 もう、明日の小学校はダンジョンじゃないし、信じてくれなかった先生や嫌な子もモンスターじゃない。


 家に帰ると、心配してたおかあさんに寄り道を凄く叱られたけど、いっぱいごめんなさいして二度と寄り道しない約束をして許してもらった。

 次からは、ちゃんと一回帰ってから行こう。


「また、会えるかな」


 名前を聞くの忘れてた。

 ソーダアイスの男の子。

 そー君って思っておこう。


 そー君の事を考えながら、ふわふわした気持ちで眠った。






 次の日、小学校に行くと、みんな昨日の事なんて忘れてるみたいにいつも通りだった。

 勿論、意地悪な子はニヤニヤしてたりしたけど、無視した。

 相手にしたら負けだもん。


「はーい、今日から新しいお友達が来ます。みんな、仲良くしましょうね」


 先生と一緒に、一人の男の子が教室に入ってきた。


 よく日焼けした元気そうな男の子。


 先生が黒板に名前を書く。


 いがらし そうた

 五十嵐 宗太


「大阪からきました、いがらしそうたです。よろしくおねがいします」


 元気に関西弁で挨拶しているソーダのそー君、ホントにそう君だった。


 なんだかおかしくなってニコニコしていたら、そう君が私に気付いて、ニカっと笑ってくれた。

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ソーダ味の初恋 ちょこっと @tyokotto

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