「ぽっちゃり唇とマナブの救出」

部活の練習が終わり、着替えて帰ろうとしていた夕方、女子生徒が走り寄って来た。

「マナブが一中の番長に連れて行かれた!」

そうボクに告げたカワトの唇は震えていた。

丸顔で愛らしい目と鼻、そして、カワトのポッチャリとした唇を見たボクは、

「オレがマナブを助ける。」

と言って学校を飛び出しました。

だいたい場所はわかっている。いつもあいつらはフジミ台団地脇の空き地で、空手や柔道の真似事や三角ベース、そしてタバコを吸ったりして、たむろしているのを知っている。生徒会長としてはそういう情報も把握しているのだ。

空き地に近づくにつれ少し怖くなってきたけれど、カワトのポッチャリ唇を思い出して勇気を奮い起こす。


実は、このポッチャリ唇とボクはこの夏強烈な思い出を作っていたのです。

カワトと付き合っていたわけではない。女子ハンドボール部主将であるカワトとは、仲間、同志という感じで特に異性として意識したことはありません。

校庭で行われた今年の盆踊り、中学生のボクたちは踊ることに照れがあって、暗いところ暗いところを探して、たむろしていました。

この男子たちに、何かと女子たちがちょっかいを出してきます。ヨーヨーを後頭部にぶつけて逃げたり、そっと近づいて来てクスクス笑いをしたり。

そんな中、カワトとボクは悔しい思いをしたハンドボールの夏の大会のことなどを夢中で話していました。


この大会で、ボクたちのチームは結構頑張って勝ち進んでいました。

そして迎えた準準決勝、相手は優勝の最有力候補、身長170センチ以上が殆どで、体がデカい。

ボクたちは、オオシマとエイちゃんが170センチ超えているけれど、あとはボクも含めて160センチ台ばかり。ハンドボールは格闘技の要素もあって、体の正面でなら相手に思いっきり当たってもファ-ルにはなりません。

オオシマやエイちゃんのロングシュートは、その大きな相手選手に体ごと止められてなかなか決まらない。逆に相手は体にものを言わせてどんどんロングシュートを打ってくる。キ-パーのシミズは素晴らしいセーブでずいぶん防いではいたけれど、やっぱり決められてしまう。

前半25分を終わって、6対12。ダブルスコア。

ハ-フタイム、

みんな下を向いている。監督もコーチもいない我がチーム、顧問のカミヤマ先生はただの運動音痴、ボクが下を向くわけにはいきません。

みんなに言いました。

ロングが駄目ならポストだ!ロングシュートを打つと見せかけて、相手のゴールライン付近に入り込んでポストプレーしているマッシャンにボールを集めよう!そこでマッシャンが倒れ込みシュートを打ってもいいし、トリックパスしてディフェンスに穴を開ける!センターの位置にいるボクは相手がシュートを打ったら、とにかくゴールに向かって飛び出すからボールを奪ったらすぐ『オレ』にパスしてくれ!イケる!絶対イケる!

さあ、後半

足を痛めたエイちゃんに変わって左45度の位置に入ったマナブがやってくれた!

バス回しをしているような顔をして、いきなりジャンプもしないでシュート!

相手キ-パーは手も出せずにア然。

見事に決まった!

7対12

相手は頭に来たのか、鋭いパス回しからこちらのディフェンスを割ってシュートを打って来た。シミズが反応して両手を大きく広げて前に出た。見事!顔面セーブ!跳ね返りをシュウジが掴んで、飛び出していた『オレ』にロングパス!ちょっと前過ぎるボールだけど飛びついてそのままシュート!相手キ-パーの顔にぶつかるかと思ったらヤツはよけた!

8対12

シミズ、鼻血だ、鼻紙詰めて直ぐOK!根性あるぞ!今度は相手のシュートをキャッチした!また飛び出そうとした『オレ』は相手選手とぶつかって転んでしまった。そこでシミズは近くにいたナオトにボールを送り、試合を落ち着かせる。ゆっくりパス回し、何本目かにオオシマがシュートすると見せかけてマッシャンにパス!シロ-さん直伝の体を大きく左に傾けて放つプロンジョンシュート!決まった!

9対12

ここまでは良かった。でもやっぱり相手は強かった。

この後、こっちは5点、あっちは14点。

結局ダブルスコア。14対28

悔しい。でもこの点差で泣くのも恥ずかしい。我慢しました。整列して挨拶。そして、

トイレの個室に入って泣きました。

泣き止んだ時には、グラウンドの土と涙で顔がドロドロ。泣いてたことがバレるので、便器に水を流し、その水を掬って顔を洗いました。さすがこの競技場はオリンピックにも使われたので、トイレも新しくて水洗になっていたのです。汗だらけ泥だらけのユニフォームの比較的きれいなところで顔を拭いて外に出ると、隣の個室からもマッシャンが出て来ました。目が赤くなっているけれど顔はやっぱり洗ったみたい。ボクたちよく泣くなって思いました。マッシャンもそう思ったかも知れません。


便器の水のことは省略したけれど、そんなことを夢中になって話していて、気が付くと周りに友達は居なくなっています。ボクはカワトを家に送って行くことにしました。

この町の夜は本当に暗い。裸電球に丸いブリキのカサをつけた街灯が、ポツンポツンとある程度です。

そんな中を歩くうちに、次第にふたりの話は途切れ途切れになっていきました。

そして、家の近くの街灯の下で立ち止まったカワトは、

「この辺でいい。ありがとう。」

この、「ありがとう。」の『う』の形をしたポッチャリ唇を見た時、反射的にボクは、

その唇に自分の唇を押し当てていました。


初めての口づけ、何故そんなことになったのかよくわからないし、その後学校で会ってもふたりとも何もなかったような顔をしていました。

でも、カワトの唇は、確かにポッチャリとしていて、とってもやわらかでした。


だいぶ、話がそれた。元に戻します。

そんなカワトのポッチャリ唇が、

「マナブが連れて行かれた。」

と言ったのです。

空き地に着くといるいる。ひときわ体のデカい、頭の悪そうな一中の番長。そして何故か漫画みたいに小さいヤツばかり、三、四人の取り巻き連中。マナブの姿は見えない。

ボクは震え声になりそうなのを耐えて、

「マナブをどうした。」と聞いた。

「学ぶのはキライで-す」馬鹿な答えだ。「マナブを渡せ。」

「うるせえ」

と、ボクの襟首を掴んできた。ボクも相手の腕と襟首を掴み、がっちり組み合った。

柔道漫画が流行っているのでケンカも柔道スタイル。小学五、六年の時に柔道場に通ったのが役に立ちそう。

「やっちゃえ」

「投げ飛ばせえ」

あの小さい取り巻き連中が、土手の上に座って囃し立てている。こいつらも馬鹿そうだ。

どのくらい経ったのだろう。どうにも相手に技がかからず、組み合ったまま膠着状態に陥っている時、

「ヤベェ」

と、取り巻き連中のひとりが叫んだ。

「何やってんだ!お前ら!」

国語の教師で、ハンドボール部の顧問(運動音痴で名前だけの顧問)カミヤマ先生が、もともと怖い顔を余計恐ろしいオニ顔にして走り込んできました。

その、ものすごいオニ顔に恐れをなしたのか、まず取り巻き連中がさっさと逃げ、番長もボクの腕を振りほどいて追いかけるように逃げて行きました。

オニ顔の威力はすごい!

「先生、マナブが、、、」

ボクが言いかけると、

「電話したらな、もう帰ってて、メシ食ってるところだったぞ。」

オニ顔がスッとニタリ顔になりました。

ボクは腰が抜けたように、その場にヘタリ込んでしまいました。

後でマナブに聞いたところ、最近マナブが告白したクサノと一中の番長が、同じ小学校の出身。その頃から一方的にクサノを好きだった番長が、

「オレと付き合え!」

と迫ったら、

「わたしには付き合ってる人でいます。二中のマナブ君です。」

とキッパリと断られたらしい。

激怒した番長は、マナブを呼び出し、

「クサノと別れろ!」

と迫った。マナブは、

「別にオレは好きでもないし、付き合ってもいないよ。」

さらりとかわし、とっとと家に帰り、風呂入ってメシ食ってたとの事。

なんか頭に来たボクは、本当はクサノを好きなマナブに取って置きの話をしてやりました。

このあいだの合同模擬テストで、会場に向かう生徒で超満員の電車。たまたまクサノと背中合わせになり、ふくらはぎから、お尻、肩甲骨まで、二駅の間、ピッタリとくっついていたこと教えて、マナブを羨ましがらせてやりました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昭和ブルー 中学編 まさき博人 @masakihiroto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ