12 試験と偶然と。


「だぁかぁらぁ!! ギルドマスターを出しやがれ!!」

「こ、困りますっ」

「下っ端でうちのリーダーの力量が計れるわけねーんだよ!! さっさと特別試験にギルドマスターを呼べやコラ!!」


 なんか……変わってないなぁ。

 ヴィクトのギレギレに納得してしまう。

 受付嬢は明らかに委縮してしまい、ヴィクトに怯えている。

 他の受付嬢は、見て見ぬふりで関わろうとしない。薄情である。

 よくよく見れば、見たことのない受付嬢だ。


「ヴィクト、やめてあげて。多分、この子、新人だよ?」

「あ!? お前だって知ってんだろ!? 仮免許の冒険者は、正式に冒険者になってもレベル1からスタートしなきゃいけねぇ!! オレ達は全員特別試験でレベル5で正式に冒険者になったんだよ!! だから特別試験をさせろって言ってんのに、下っ端のギルドメンバーでお前の力量を計るつもりなんだぞ!? 雑魚で計れるかよ!!」


 私に怒鳴られても……。相変わらずだなぁ。

 正式冒険者になると、レベル1からのスタートが通常。

 とある条件を満たしていれば、特別試験を受けることが出来て、それでレベル1以上のレベル付けをしてもらえる。

 とある条件とは、仮冒険者の時に潜ったダンジョンの階層が30以上だった場合だ。

 私は条件を満たしているので、特別試験をさせろとヴィクトが突っかかっている。

 ちなみに冒険者レベルは、わかりやすく区別するなら【深淵の巨大ダンジョン】が例えにいいだろう。

 1階層から10階層は、冒険者レベル1。

 11階層から15階層は、冒険者レベル2。

 15階層から20階層は、冒険者レベル3。

 21階層から30階層は、冒険者レベル4。

 31階層から50階層は、冒険者レベル5。

 60階層以降は、レベル6ってところだろう。

 あくまで、推奨レベルだ。

 ちなみに初心者だった私達を引率してくれたダンさんは、当時レベル4の冒険者だった。


「で、ですからっ、今ギルドマスターは不在でしてっ」


 ガクガク震えながら、受付嬢は声を絞り出した。


「呼び出せって言ってんだよゴラ!!」

「ひぃいいっ」

「コラ、ヴィクト。やめなさい」


 手を伸ばして、ヴィクトの頭にチョップした。

 また背が伸びたなぁ……この子。

 ヴィクトは唇を尖らせながら、しぶしぶ身を引いた。


「おい、今【狂犬の魔剣士】にチョップしたぞっ……」

「何者だよ……」


 すっかり注目を浴びてしまって、冒険者達がコソコソと話しているのが聞こえた。

 王都の冒険者に、顔と二つ名を覚えられているなんて……。

 ……絶対荒れに荒れていたことが、原因で覚えられていたんだろうなぁ。


「脅かして、ごめんなさい。ヴィクトが話した通り、正式に冒険者登録をしたいので、特別試験を受けさせてください」


 私はヴィクトの代わりに、優しく話しかけた。

 涙目になりつつ、受付嬢は「ち、ちなみに条件は満たしてますか?」と訊ねてくる。


「条件はどこかのダンジョンの30階層に行っているかどうかですね? んー、一年も前の話ですが、この仲間と一緒に【深淵の巨大ダンジョン】の64階層まで行きました」

「「「!!?」」」


 私の発言を耳にして、遠巻きに見ていた冒険者達がざわめいた。

 なんか懐かしいな……学生時代を思い出す遠巻きっぷり。


「一年も前の話でも大丈夫ですか?」

「あ、あうっ、あわわっ」


 ……この受付嬢、キャパオーバーしているみたいだ。

 目を回して失神しそう。


「おいっ、噂は本当かよ!? レベル6のパーティー【最強の白光の道】にリーダーが不在だって話はっ!!」

「リーダー不在なのに、レベル6とかっ! ありえねぇ!!」

「た、確かにっ、【狂犬の魔剣士】はリーダー代理だって噂は聞いていたがっ!」

「つまり、【狂犬の魔剣士】より強いのか!?」


 ゴクリ、と息を呑む音が聞こえた気がする。

 んー。現役でバリバリ冒険していたヴィクトに、今勝てる自信ないなぁ……。


「いや、そりゃないだろ。あんな細身で可憐な美人が……まさかな」

「指令塔ってだけなんじゃないのか?」

「参謀リーダーとか」


 すぐに思い直したように、口々に言うものだから、ヴィクトとミミカがゆらりと振り返った。


「ああん!?」

「確かにあたしのリーダーは可憐な美人だけれど、強いわよ!!」

「オレ達のリーダーをなめんなら、てめぇら全員ぶっ潰すぞ!!!」


 喧嘩を始めてしまいそうなミミカを私が掴み止め、腰に携えた剣を抜こうとするヴィクトをストが掴み止める。


「落ち着いてよ、喧嘩しないで。冒険者同士の喧嘩はご法度でしょう?」


 フーフーッと息を荒くしている二人は、まさに猛獣みたいだ。

 何故か「おおー!」と歓声が上がるのだけれど、どこに感心しているのだろうか。


「なんの騒ぎだよ?」


 そこで冒険者をかき分けて、一人の男性が現れた。

 パッツンの前髪で右目を隠した金髪と緑の瞳だ。


「レベル6の【最強の白光の道】パーティーか。何もめてんだ? ペナルティーを食らいたいのか?」

「グスタさんっ!」


 受付嬢は、すがるような声を絞り出す。


「実はこの方が、特別試験を受けたいと言うのですがっ」

「条件はクリアしてんの?」

「【深淵の巨大ダンジョン】ろ、64階層だそうですっ」


 左目が見開かれた。

 そして、私を見る。


「アンタが【最強の白光の道】の不在リーダー……【超越の魔法使い】ってことか?」


 なんで知っているんだろうか。

 私が思う以上に、私が不在の【最強の白光の道】は有名なの?

 いや、まぁ、学生で【深淵の巨大ダンジョン】の未踏の階層に行ったのだから、有名にもなるだろけれども。

 私の二つ名【超越の魔法使い】って、学生時代にしか呼ばれてなかったのに、まだ覚えている人がいたのか。

 不在リーダーってことで知れ渡っているって、なんか嫌だなぁ……。


「確かに【超越の魔法使い】と呼ばれてました。そして【最強の白光の道】のリーダーとして戻らせてもらいました」

「……ふぅーん……面白れぇ」


 私が微笑んで肯定すると、にぃいっと口角を上げる。


「オレは冒険者ギルドのメンバーであり、レベル6の冒険者だ。特別試験の試験官も務めている、グスタ・ペイジ。仮の冒険者カードは?」

「初めまして。私はエリューナ・ルーフスです」


 名乗ってくれるグスタさんに、仮の冒険者カードを差し出す。


「レベル6を要求する。さっさとギルドマスターを呼べよ」


 ヴィクトが、しれっと言う。


「いやいや、無茶を言わないでほしいな。正式に冒険者なるのは、レベル5が与えられる最高レベルだ。それ以降はダンジョンで成果を出してレベルを上げるルールだ」

「だぁかぁらぁ、ギルドマスターを呼べっつってんだよ。直談判する」


 ああ、なるほど。

 それでヴィクトは執拗にギルドマスターを呼べと要求していたのか。

 私を手っ取り早くレベル6の冒険者にしたくて……。

 皆は、すでにレベル6か。鼻が高い。

 でも私だけレベル5の冒険者か。それは申し訳ないなぁ。


「あいにく、ギルドマスターは忙しいんだ。連絡も取れないほど。とりあえず、レベル5の試験を受けてほしい」

「はぁあ? ざけんなよ」

「先ずは、レベル5の実力があるって証明してくれないと」


 ヴィクトの凄みに臆することなく、グスタさんは笑い退ける。


「わかりました。受けます。試験内容はなんですか?」


 ヴィクトの腕を撫でて宥めてから、私は問う。


「じゃあ……そうだな、大型ワイバーンの討伐にしよう!」


 ざわっと、また冒険者達が騒がしくなる。

 大型ワイバーンか。普通はパーティーが組んで倒すような野生の魔物だ。

 レベル5の試験って、そんなものなのかしら。


「ちょうどクエスト発注されたばかりだよ。王都の南西にある森を越えた崖に棲みついたから、討伐してほしかったんだ。もちろん、成功したら報酬を出す」

「わかりました。私が一人で討伐すれば、レベル5の資格を頂けるってことで間違いないですね」

「……ああ。試験官だから、オレがしっかり見ておく」


 にこやかに引き受けると言えば、スッと身を引いてグスタさんは目を細めた。


「いつ行く? 明日か?」

「そうですね、明日早朝でお願いできますか?」

「それでいい」


 私は頷いて見せて、仲間と一緒に冒険者ギルド会館を出る。


「今の見た? アイツ、あっさり引き受けたことに引いてたよ?」


 ミミカが、楽しそうに声を弾ませた。

 え、そうだった?


「あ、そうだ。宿屋、三人部屋と二人部屋借りたから、部屋移るぞ」


 ヴィクトが振り返って教えてくれた。


「なんかごめんね、ちょっと時間かかっちゃって。皆は先にダンジョンに行くの?」

「は? 何言ってんだよ。お前のワイバーン討伐を見るに決まってんだろう? 腕の落ち具合を確認する」

「あははっ、それは緊張しちゃうなぁ」


 ヴィクトがニヤリと意地悪なことを言うから、苦笑する。

 うん、まぁ、そうなるってわかってたから、引き受けたところがある。

 万が一に備えて、ヴィクト達にはいてほしい。


 夕食を食堂で済ませてから、宿屋で寝た。

 そして朝起きてから、準備する。昨日、買っておいたフリルリボンがついたブラウスと短パンを穿いた。履き慣れたブーツ。

 学生時代にも使っていた深紅のローブをまとう。長杖を持って、出発した。

 皆もしっかり冒険用の装備して、ついてくる。

 冒険者ギルド会館で待っていたグスタさんと合流。

 ヴィクトがギルドマスターについて問うけれど、まだ帰っていないらしい。

 そのまま、南西の森へ行く。森を抜けた先の崖に、ワイバーンを見つけた。

 確かに、大型ワイバーンだ。屋敷一つ分の大きさ。

 緑色の身体。後ろ足はワシのようで、前足の代わりに蝙蝠のように翼を広げている。

 ドラゴンと違うのは、二足歩行っていうところ。それにドラゴンは、魔物に分類されない。ドラゴンは、幻獣種。


「あっ。【宝具】の使用は禁止だから」


 十分、近付いたところで、いきなりグスタさんが思い出したように言い出した。

 言うべきではないよね?

 私の持っている杖は【宝具】でない。

 そして、タイミングが悪い。ワイバーンが私達の存在に気付いてしまったではないか。

 不意打ちが出来ない。わざとかしら。


「”――加速――アッチェブースト――”!」


 素早さの補助魔法をかけて、飛び出す。

 大型ワイバーンは、翼を広げて羽ばたき始めた。

 杖の先に魔法陣を描き、槍のように鋭い岩を連射して、遠くに行かないように翼を狙い撃ち。

 墜落する前に、下に大きめの魔法陣を描き、火炎の柱を作り上げた。

 燃え上がったワイバーンは、悲鳴さえ火炎に呑み込まれたあと、燃えカスになって消え去る。

 ちょっと火力が強すぎたか……。

 張り切りすぎた。ボドッと、魔石が落ちる。


「これで十分ですか?」


 魔石を拾いに、私は崖の先まで歩み寄った。


「……流石【超越の魔法使い】だね」


 唖然とした様子で、グスタさんは口元を引きつらせている。


「いいよ。レベル5は約束する」

「レベル6の試験をギルドマスターに話を通しておけよ」


 ヴィクトはグスタさんに言うと、私の方へと近付いてきた。

 スト達も、続く。


「これで皆と同じ冒険者だね」


 そう笑いかけた。

 次の瞬間だ。

 地揺れが起きる。最初は小首を傾げる程度だったけど、崖が揺さぶられるような地震が起きた。

 とんでもない地震によろめいた私を、ヴィクトが腕を伸ばして支えてくれる。崖の先が崩れたから、離れるために下がった。

 その激しい揺れに気持ち悪くなってきたけれど、それを目にして忘れてしまう。

 崖の向こうの荒野の先で、大きな亀裂が生まれて、その中から灰色の塔が生えたのだ。


 これは――――ダンジョンの誕生の瞬間だろう。


 思いもしなかった。ダンジョンの誕生を、この目で見ることになるとは……。

 新しいダンジョン。しかも、潜るのではなく、逆に登るタイプのダンジョンらしい。

 そびえる塔タイプのダンジョンは、初めてだ。

 灰色の塔の上部には、穴があって、そこからキラリと光るものがあった。きっと、そこに【宝具】があるに違いない。

 なんて幸運だろう。

 ダンジョン誕生に立ち会えるなんて。

 これから、誰も踏み入れていないダンジョンに入れるなんて。

 こうして、最高の仲間と一緒に、この素晴らしき景色を目撃が出来るなんて。


「すごいね!」


 後ろを振り返ったら、皆揃ってポッカーンとしていた。

 あまりの驚きで、固まってしまっているようだ。

 当然の反応だろう。


「皆、大丈夫?」

「……流石、リーダー」


 おーいと声をかけたら、ヴィクトが声を溢した。


「え?」

「幸先いいな、おい!! エリューが戻ってくるなり、こんなっ! こんな!!」


 紫と青のグラデーションの瞳を爛々と輝かせて、ヴィクトは言葉に詰まらせつつも、私の肩をバシバシッと叩く。


「リーダーすごい!!」

「ええ?」

「超すごーいー……」

「ええっ?」

「やばすぎて引く」

「えええっ?」


 ミミカが抱き付いてきて、ディヴェがぽけーっとして、ストがドン引きしている。

 私がダンジョンを生み出したわけでもないのに、そういう風に感じているようだ。

 ただの偶然なのに。

 冒険者になるためだった。

 そのために大型ワイバーンを討伐しに来ただけだった。

 それから、この崖に立っただけだった。


「……まぁ、確かにすごいよね、幸先いいね」


 私は新しいダンジョンを背にして、仲間に笑って告げる。


「【最強の白光の道】の再出発に、新しい冒険をしよう?」


 白い光りが照らす最高の最強の道へ、再び進む一歩を踏み出そう。



 

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