冒険者編

10 戻っていい。(ヴィクト視点)


 膝の上に、好きな女が泣き疲れて、寝ていた。




 いつからこの気持ちが胸の中にあったのか、正確にはわからないが、多分初めて会った日。

 実力至上主義の学園に入学したが、主席の座を奪ったのは、貴族令嬢。

 どうせ金に物言わせて、優秀な家庭教師をつけていただけだ。それで主席を取った。オレの方が絶対に上だ。

 そう決めつけて、真っ赤な髪を靡かせて一人で廊下を歩いていたアイツに問い詰めてみれば、呑気なことに自慢げに肯定した。

 エメラルドグリーンの瞳を爛々と輝かせて、笑ったのだ。

 あまりにも輝かせて詰め寄ってくるから、身を引いた。

 初めて会話を交わした印象は、変。

 でも多分、その時にはすでに、芽生えていたんだろう。


 仲間として過ごしながらも想いは募ったが、相手は貴族令嬢だから叶わない恋だと、自分を律した。


 でも無防備に笑いかけるアイツには、どうしても手を伸ばしたくなって、頭を撫で回してしまう。

 普段はそばにいるだけで、穏やかな気持ちにしてくれる。だから自然とオレ達は集まった。

 でもオレ並みに好戦的に笑って、剣を交える強者。

 素で剣で戦えば、オレに力負けすると言うけれど、魔法付与した身体で挑めば互角。いや、嘘だ。正直に言うと、オレより強くなる。

 周囲をよく見ていたし、指揮も申し分ない。だから、リーダーに選んだ。

 まぁ、リーダーとしてパーティーに縛り付けて、将来も一緒にいてほしかった。そんな欲もあったんだ。

 アイツは、天才だ。そこらの天才とは違う。オレ達は超天才と呼んだ。

 学園卒業後の貴族の進路は、大半が王宮魔導師だった。エリートの道だ。

 貴族令嬢で、主席をキープするなら、きっと最高王宮魔導師だって夢じゃない。

 冒険者と最高王宮魔導師。どちらを選ぶかは、明白だ。

 それでも、少しは希望があったんだ。

 楽しそうに笑って冒険するアイツが、オレ達と一緒に最強を目指してくれる。そうじゃないかって、思ったんだ。

 でもアイツは、最高王宮魔導師に任命された。

 至極当然だ。誰もが認める天才だから。

 オレ達に打ち明けることに躊躇してしまうほど、申し訳なさそうにするから、オレ達は笑って送り出した。

 そして、約束をしたんだ。

 いつか、でいいから――……。

 もう一度、冒険をしよう。

 絶対に――……また冒険をしよう。

 そう言って、卒業式を境に、別れた。

 オレがリーダー代理を務め、アイツだけがいない【最強の白光の道】パーティで、冒険を続けたのだ。


 一年は長かった気がする。

 とても、長かった。

 アイツがいない冒険は、何か欠けている。

 いや、アイツが欠けているんだ。


 見かねたように、仲間達が王都に行こうと言い出した。

 王都の外れのダンジョンに潜る口実をつけて、王都に暫く滞在する。

 会えることを期待した。

 会えたら、オレは――――……絶対に誘うんだ。

 冒険しよう、と。もう一度。


 だが、王都につくなり、聞いてしまったんだ。

 第二王子とアイツが、婚約したって……。

 それで、オレは冒険に誘えなくなった。

 会えそうにもない。

 オレは荒れに荒れてしまい、イライラがおさまらなくて、ダンジョンの中で大暴れ。

 何日も何日も、魔物を蹴散らしていたのだが……。

 一人で暴れるなっ! と三人にダンジョンから追い出されてしまった。

 魔物相手に苛立ちをぶつけてきたのに、どこに向ければいいのだ。

 ちっ! と舌打ちをして、宿屋に向かって街を歩いていた。

 乱暴に足を進めて、なんとなく横を向く。

 そこに、赤があった。足を止めてしまう。

 蹲った赤い頭。燃え上がるような真っ赤な髪だ。


「エリュー?」


 思わず、アイツの愛称を口にした。

 そんなわけないのに。

 路地裏に、蹲っているはずないのに。

 でも、その頭は、いつも撫でていたもので。

 いつも目で追いかけていた赤い髪で。

 オレがどうしようもなく、恋焦がれていた色だった。

 顔を上げたのは、紛れもなく、エリュー。

 エメラルドグリーンの瞳は、涙に濡れていて、頬を伝っていて、零れていた。

 エリューは涙もろいところもあったけれど、それでもこんな風に泣くようなヤツじゃない。

 だから、再会よりもずっと、驚いてしまった。


「っ、ヴィクト……!」


 オレの胸に飛び込んで抱き付いたエリューは、大泣きする。

 ただただ泣きじゃくって、オレの胸に顔を埋めていた。

 こんな泣き顔を他の奴に見せられなくて、抱え上げて宿屋へ。

 しっかりエリューの顔は、上着で隠して。

 宿屋に到着すれば、抱えていたエリューが泣き疲れて眠ってしまっていることに気付く。


「……」


 一度は壁際のソファーに寝かせておいたが、寝苦しそうに頭を動かす。

 そう言えば、学生時代のダンジョン潜りの時も、そうだったな。

 しょうがないから「膝枕してやるよ」と冗談で言ったら、本当に膝に頭を乗せてきたのだ。そのまま、すぴーっと眠っていたっけ。

 なんとなく、エリューの頭を上げて、膝に乗せてみた。そうすれば、ズッと鼻を啜りつつも、頭の位置を落ち着けるエリュー。涙を流して、目元が少し腫れている。

 ……何か辛い目に遭ったのだろう。

 王宮で、何かあって、それで泣き崩れていたんだろうか。

 無理にでも、冒険者の道に引っ張っていくべきだったかもしれない。

 どう見ても、エリューは冒険者向きだった。

 自由に冒険している方が、きっと性に合っている。


「……エリュー」


 指先で、髪がかかる額を撫でてみた。

 エリューが瞼を上げて、エメラルドグリーンの瞳を開く。慌てて、手を引っ込めた。


「……ヴィクト?」

「お、おう……」


 ぽけーっと見上げてくるエリューは、本当に無防備だ。

 それから、へにゃりと笑った。

 恋しかった、エリューの笑みだ。


「会いたかった……」


 そう呟くから、胸がギュッと締め付けられた。

 オレだって。オレだって……ずっと、会いたかった。

 口にしようとしたオレに、エリューは手を伸ばしてくる。

 何かと思えば、オレが左耳にぶら下げた耳飾りだ。

 オレ達が、初めて手に入れた宝。砕けてしまった魔剣の欠片。それで作った耳飾りは、細長いダイアの形。


「これって……あの魔剣の欠片?」

「っ、なんで、わかったんだよ?」

「私も持っているからね」


 見事に当てられて、オレは動揺した。

 さらに驚かされてしまい、目を見開く。


「私も、大事に持ってるんだ。お揃い」


 服の中から取り出したのは、オレの耳飾りと同じ赤い石を丸く削ったらしいネックレス。

 オレと同じで、大事にしていたのか。

 すーっとオレの顎をなぞるようにして、手を下ろすエリュー。じんっと触れられた肌から、熱が広がっていく。慌てて、赤くなる顔を手で隠した。


「ヴィクトがピアスなんて、驚きだな……学生の時は開けてなかったよね」

「別にいいだろ」


 この耳飾りのためだけに、開けたなんて、言わない。


「いつから王都に来てたの?」

「……一週間と三日前から」

「そうだったんだ。ダンジョンだよね、目的は。でも【王都の門の強欲ダンジョン】では見かけてないな」


 ……ん? ダンジョンに行ってたのか?


「そっちじゃなくて、王都の外れの方のダンジョンだ。今スト達が肩慣らしで上層に潜ってる」

「ああ、なるほど、そっちね。でもヴィクトはどうして一人で?」

「あー……」


 オレが一人で街をほっつき歩いていたことにも、触れないでほしい。

 好きな女に婚約者が出来たから、暴れまくって、蹴り出されたなんて……。


「お前の方こそ、なんであんなところで泣いて……たんだよ?」


 ぶっきらぼうに、訊ねてしまった。

 オレの膝から頭を上げて、ソファーに座ったエリューの横顔は曇っている。


「……」

「……お前、そういう服が好きだったのか?」


 黙り込むから、改めて見て疑問に思った服装について訊いた。

 すると恥ずかしそうに頬を赤らめて、身体を隠すように自分を抱き締めるエリュー。

 胸の谷間だけではなく、背中を惜しみなく露出したトップス。そして、ミニスカート。

 学生時代も学生服のスカートではあったが、上品に膝上の長さを保っていたはず。


「これは、婚約者の趣味というか……」


 ぐさり。思わぬところで、地雷を踏んだ。

 婚約者。第二王子のことか。

 そんな恥ずかしそうに隠すくせに、着てやるなんて……。

 よっぽど、好きなのか……?


「あっ、もう婚約者じゃないのか」

「へっ?」


 エリューは思い出したように、ケロッと言い退けた。


「いつもはローブで隠してたけれど、返上したから、つい自分の格好を忘れていたよ」


 なんて苦笑しているけれど、いや待てよ。


「今なんて言った?」

「え? ローブで隠して」

「その前だ!」

「ええ?」


 オレは、エリューに詰め寄った。


「婚約者じゃないって、どういうことだ!? お前っ、王子と婚約したって!!」

「え? よく知ってるね。あまり公けにしてなかったのに……。実は国王陛下に気に入られちゃって、今まで縁談をそれとなく防いでくれたけれど、難しくなったから、いっそのこと第二王子と婚約しようって提案してきてね。国王陛下の提案を断れるわけもなく、婚約者になったんだけれどさぁ……」


 にへらと笑い、婚約の経緯を話すエリュー。

 じゃあ……エリューは、別に王子を好きになったわけじゃないのか。

 誰かを好きになったわけじゃあ……。


「その第二王子が、とんでもないアホでさ……」


 肩を竦めたエリューは、心底嫌そうな顔をした。

 特に”アホ”の部分で、刺々しさを感じる。

 エリューが他人のことを悪く言うなんて、珍しい。


「王都学園と競走したの覚えてる?」

「ああ、10階層で異常なフロアボスが出た時だろ」

「その時、ボンキュッボンな女子生徒がいたじゃん」

「……いや知らん」

「え。ほら、ボンキュッボンな女子生徒」

「知らねーよ、相手のパーティーの顔すら覚えてないのに、体型なんて覚えてるわけねーだろ」


 お前以外の女の体型なんて、見ている暇あるかよ。


「まぁいいけど……その女子生徒がね、伯爵令嬢でね。王宮魔導師になってたんだけれど、私のこと逆恨みしててさー……いや、彼女だけじゃなくて、王宮魔導師全員が私のことよく思ってなくてさー……居ずらかった」


 ソファーの背凭れにすがりつくエリューは、むくれた顔をした。

 ああ……コイツ。学園に入学したての時と同じで、一人ぼっちだったのか。

 それならなんで、早くオレ達のところに戻ってこなかったんだ。


「でも、皆と別れてまで進んだ道だったし、早々に逃げるのは違うかなって。国王陛下にちょくちょく呼び出されたり、難しい魔法の研究を押し付けれたり、しょっちゅう社交界のパーティーに参加させられたり……怒涛の一年だったけれど、頑張って乗り越えんだ」


 むくれ顔から、はにかんだ笑顔に変わる。

 ドクン、と胸が鳴った。

 オレには、ストやミミカやディヴェがそばにいてくれたが、エリューは一人ぼっちで戦っていたのか。

 オレ達とは、全然違う場所で戦っていた。

 オレはつい、手を伸ばして、エリューの頭を撫でる。


「……よく頑張ったな」


 それしか言えなかった。

 エリューのエメラルドグリーンの瞳がきらりと艶めいたかと思えば、涙がぽろっと落ちる。

 それから、つらそうな顔で笑ったんだ。


「うん、頑張った」


 涙声でそう返すエリューを、今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られた。

 でも、すぐに迎えに行ってやれなかったオレが悪いように思えて、それが出来ない。


「それでね、私達に負けて以来、王都学園は生徒にダンジョン潜りを許すようになったから、第二王子は気合い入れちゃって、学友と護衛とそして私と伯爵令嬢を連れて、三ヶ月前だったかな? その頃からダンジョン潜りするようになったんだけれども」

「……ふーん、一年ぶりにダンジョンに入ったってわけか」


 嫉妬で呟いたのに、相変わらず鈍感で、エリューは気を取り直したように笑った。


「ううん。前からソロで入ってたよ? ほら、腕がなまらないようにと思って、月一で多くても月に三度が限界だったけれど、入ってたんだ」

「……そう、だったのか」


 それなら、オレ達に声をかけてくれても……。


「実質、王子達の子守りだったし、私は伯爵令嬢にそそのかされた王子に補助と回復役に回されたんだよね」

「はぁ?」


 呆れた。エリューの戦闘能力の高さも知らずに、パーティーを組んだのか。

 本当にアホな王子だな。しかも伯爵令嬢にそそのかされてって。

 エリューが、遠い目をしている。疲れてんだな……。


「王子は、伯爵令嬢の言いなりだったよ。元から女好きのスケベ王子でね、パーティーでも令嬢に囲まれてちやほやされるのが大好きでね、私と伯爵令嬢に挟まれていたかったみたいだよ?」

「はぁあ?」


 女好きのスケベ王子だと……?

 エリューという婚約者がいながら、令嬢に囲まれていただと……?

 ふ、ざ、け、た、野郎め……。

 オレの声に怒りが含まれていたことに気付きもしないで、エリューは愚痴を続けた。


「私にこんな服を贈って、伯爵令嬢に嫉妬させていたし、胸の谷間を舐め回すように凝視する目は本当に、本当に気持ち悪かった……」


 服。服を替えさせたい。今すぐにでも。

 そして、その野郎の目を潰す……!!


「まだ子どもだからなのか、触られていないのがせめてもの救いだよ」


 触られていないのか……!

 触れていたら、その野郎の手を叩き切ってた。


「伯爵令嬢の巨乳を押し付けられて、鼻の下伸ばしていたのに、なかなか私との婚約を解消してくれなかった……」

「……でも、解消したんだよな?」

「ううん、婚約破棄されたんだよ。今さっき」

「はあ!?」


 婚約破棄って。一方的に捨てたって意味だよな!?

 自分の膝の上で頬杖をついたエリューは、重たいため息を吐いた。


「その伯爵令嬢が、そそのかしたんだと思う。最近とある魔法の開発に成功してね、それを妬んでね、王子もなんか私の補助や回復に不満爆発させたみたいで……最高王宮魔導師を名乗るのはおこがましいとかいちゃもんつけてきたの」

「はぁ!?」


 開いた口が塞がらない。

 コイツ以外に、コイツ以上に、最高王宮魔導師に相応しい奴なんているわけないだろうが!!

 ほんっっっとアホな王子だな、おい!!


「いやいやでも、私だって言ってやろうとしたんだよ? 回復は普通のスピードで癒してますし、補助魔法でしっかり強化をして、最弱のあなた達を戦わせてあげてます~って。でもね……」


 厭味ったらしく言っていたエリューが、急に魔力を放った。

 ズシッ。

 魔力威圧だ。魔力が重力のようにのしかかる威圧。


「あのアホ王子が、私達を……ヴィクト達を悪く言うから頭に来て……」


 拳をきつく握り締めて、わなわなと震えるエリューは、間違いなくキレていた。

 声も多分、今まで聞いた中で、一番低い。


「私の大切な仲間を……大事な思い出を……汚すようなことを……!」


 のしかかる魔力が増した気がした。


「あ、ごめん。こうやって威圧しちゃった」


 いや、無意識で、こんな威圧する奴がいるかよ。

 こんな芸当が出来るのも、膨大な魔力も持っている故。オレ達にも教えてくれたが、器用に操るエリューには及ばない。

 ケロッとしたエリューは、魔力を引っ込めた。

 オレは密かに冷や汗を拭う。

 オレ達への侮辱が、エリューナをキレさせたのか。

 今でも大切で大事に想ってくれていたことに、ちょっとだけ嬉しさが湧いた。


「元々婚約解消したかったし、子守りのパーティーから抜けられたし、もういいかなって思っちゃったんだ」


 両足を投げ出すように伸ばして、背凭れにぐったりと寄りかかり、エリューは天井を見上げた。


「最高王宮魔導師を解雇されるのは予想外だったけれど、追放された王宮に留まりたい理由がこれっぽっちも見つからなくてね……」


 そっとエリューは、両手で自分の目元を隠す。


「でも、どこにも行く当てがないって気付いて……どうしようもなく自分がちっぽけに思えて、皆に会いたくて……ずっとずっと、会いたかった」


 また涙声。


「エリュー……」

「会いに行こうと思ったけれど、追放されたから戻るなんて、最低だって……!」


 震えた涙声。


「んなわけねーだろ! 最低なんかじゃねーよ! いつだって、いいんだよ!! いつだって戻って来いよ!! お前のために空けてたんだよ!! お前の居場所なんだよ!!」


 いつだって、オレは。

 オレ達は、お前を恋しがって、待ってたんだよ。

 また冒険する日を、待ってたんだ。


「最低だなんて思うんじゃっ……!」


 ――――また。

 エリューはオレの胸に顔を押し付けて、抱き付いてきた。


「泣いてたら、ヴィクトがいた。ヴィクトが、いてくれた。ありがとう。なんか、それだけで、戻ってきてもいいんだって……思ったんだ。ヴィクトが立っていた道が白く光って見えてね、【最強の白光の道】に戻ってきてもいいって言われた気がしたんだよ」


 鼻を啜りながらも、エリューはそう言って、オレの背中に手を回してぎゅっと服を握る。

 オレはちゃんと――――両腕で抱き締め返せた。


「戻ってきてもいいんだ」


 言葉にして告げる。


「また一緒に冒険に行こうぜ? 白い光りが照らす最強の道を一緒に進む。そう願ってつけたパーティーで」

「っうん。うんっ! うんっ!!」


 少しの間だけ、抱き締め合った。


「……」


 そして、我に返る。

 これ……どのタイミングで、放せばいいんだ?

 しかも、露出している背中が丸見え……綺麗な背中してやがる。ってそうじゃない。

 心臓がバクバクし始めてきた。ちょうど顔を埋めているところで鳴ってやがる。

 バレる。バレてしまう。


「おいっ。エリュー。お前、着替えろよ。いつまでもアホ王子の

贈った服を着てたくないだろう」


 そう理由をつけて、パッと離れる。


「あー、でも着替えがないし」

「ミミカの使えよ。別に怒ったりしないだろ、お前なら」


 あのアホは、エリュー大好きっ子だからな。

 怒るどころか喜ぶだろう。


「じゃあ使わせてもらおうかな。ミミカの荷物はどこ?」

「棚の中、確か二番目を使うって言ってた」

「ここね」


 ミミカの服を物色している間に、オレはちょっと気になって訊ねた。


「最近開発に成功したっていう魔法ってどんなものだ?」

「召喚獣だよ。魔力で作った従順な生き物の創造」


 あっさりと、エリューは答えた。

 それはとんでもない魔法じゃないか!


「はっ!? なんじゃそりゃ!」

「”――我の前に現れよ、ガレン――”」


 唱えると、エリューの隣に真っ赤な炎の塊が現れ、それが狼のような姿になる。


「ガレンって言うの。ガレン、私の仲間のヴィクトだよ」


 口をあんぐりと開けている間に、ガレンと呼ばれた狼はオレの膝に顎を乗せてきた。

 な、撫でればいいのか?


「あれ? 珍しいな……あまり他人に懐かない子だと思ったけれど」


 恐る恐る撫でてみたのは、エリューと同じ髪の色の炎。

 でも、毛のような感触を覚える。熱くはあるが、どっちかっていうとあったかい。


「あっ……エリューの魔力を感じる」


 ガレンからは紛れもなく、エリューの魔力を感じる。


「あ。わかる? そう、ガレンは私の魔力の化身同然の召喚獣なのだよ!」


 えっへんとエリューは胸を張った。そんな服で胸を張らないでほしい。

 わかるも何も、さっき威圧で放ってきたんだ。嫌でもわかるだろうが。


「いいから着替えて来いよ。バスルームそっち」

「……ヴィクト。シャワーも浴びてもいいかな?」

「はっ?」

「そのまま着るのは申し訳ないというか、顔も身体も洗いたいなって。だめ?」

「いや、別に……好きにしろよ」

「わーい、ありがと! ガレン、戻っていいよ」


 無邪気に笑って、ガレンを戻したエリューは、服を抱えてバスルームに入っていった。

 変わらないな、無邪気に笑うところ。

 ……そして無防備なところも。鈍感なところも。


 好きな女が、すぐそばのバスルームで、シャワーを浴び始めてしまった。



 

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