09 追放と光りの道。


 そして、子守りことパーティーを組んでから、三ヶ月が経っただろうか。

 それは告げられた。


「最高王宮魔導師エリューナ・ルーフス……クビだクビ!! もちろん、お前との婚約も破棄だ!!」


 第二王子のロクウェル殿下の部屋に入るなり、単刀直入。

 婚約解消ではなく、婚約破棄。一方的に捨てるということ。

 それに、クビ? パーティだけではなく、最高王宮魔導師を一方的に解雇ってこと?

 ソファーにふんぞり返るロクウェル殿下の後ろに控えたアクリーヌ嬢は、にやりと意地の悪い笑みを隠しもしなかった。

 何をそそのかしたんだ。


「よく、わからないのですが」

「そこまでバカだったのか? パーティーでのお前は役立たず! 回復は遅いし! 補助魔法なんて微々たるもの! そんなお前が最高王宮魔導師を名乗るのは、おかしい! おこがましいんだよ! だから今日、今からもって、お前は最高王宮魔導師をクビだ!!」


 いやいや、おいおい。

 それはおかしいでしょう。

 回復魔法には長けていないから、普通の速さでの治癒しか出来ない。

 それに補助魔法なければ、10階層以下の魔物とまともに戦えもしないだろう。

 指摘しようと、口を開こうとしたけれど。


「最速最強のパーティのリーダーなんて、とんだ狂言だな! 【深淵の巨大ダンジョン】の63階層のフロアボスの攻略なんて、嘘に決まっている! 最速でフロアボスから逃げて、64階層に入っただけじゃないのか?」


 私の大事なパーティを貶めるようなことを言い出したから、私は激情に駆られてしまった。

 魔力を放出して、押し潰すように威圧する。魔力が重力のように感じている二人は、顔色を悪くした。

 私の大事な思い出を、私の大切な仲間を――――汚そうとするな。

 第二王子だからって、関係ない。絶対に――――許さない。


「なっ、なんだよ、その目はっ……! 追放だ! 追放!!」

「……わかりました。パーティー追放も、婚約破棄も、王宮魔導師の解雇も、受け入れましょう」


 悲鳴のような震えた声を出す第二王子を見て、私は魔力で威圧することをやめた。

 スッと目を細めて見下したあと「失礼します」と、私は退室をする。

 アッシュウェル陛下に最後の挨拶をしようと思ったけれど、絶対に引き留められると予想がついた。

 最高王宮魔導師をクビにされたから、もう会える立場にないという理由をつけて、会うのはやめよう。

 とりあえず、私に与えられた研究室に、このローブを残すために向かった。


「ちょっと! 待ちなさいよ!!」


 廊下を進んでいれば、呼び止められる。振り返るのは嫌だったが、足を止めて顔を向けた。


「……まだ何か?」

「あなたの召喚獣を、わたくしに渡しなさいよ! もうあなたのものじゃない!! 最高王宮魔導師じゃないんだから!!」


 アクリーヌ嬢は少し私に怯えつつも、声を張り上げて要求してくる。

 妬まれていたとは思っていたけれど、そこまでして奪いたいか。


「研究報告書は、読んでいないのですか? ”――我の前に現れよ、ガレン――”」


 私はガレンを呼んだ。

 ボォッと、紅蓮の狼が現れる。ふわっと、ローブが靡く。

 アクリーヌ嬢は、きらりと目を開いた。欲に満ちた目だ。

 私の職も、婚約者も、召喚獣も。欲している。


「あなたに譲渡することは不可能です」

「はっ?」

「この子は、言い換えれば、私の魔力の化身です。譲れるわけないでしょう。王宮魔導師なら、それぐらいわかるはず。それとも、ご理解出来ないと?」

「っ! ……もっ、もう最高王宮魔導師でもないくせに!!」


 赤面したアクリーヌ嬢が、カツンとヒールで歩み寄ったから、ガレンが唸る。怯んだ。

 目的は明白だったので、私はガレンを軽く撫でて宥めた。

 それから、首元のローブのリボンをほどいて、外す。そして、アクリーヌ嬢にローブを差し出した。

 震えた手で、受け取るアクリーヌ嬢。私に怯えているくせに、なんで威張るのだろうか。

 プライドかしら。昔、傷付けたプライドの恨みを晴らすためか。

 オモチャをなんでも奪う、子どもみたい。

 それに付き合うなんて、アホくさい。

 心の底からの軽蔑の眼差しを注いで。


「ごきげんよう」


 私は歩き去った。


「よいのですか? 我が主」

「構わないわ。もう戻っていいよ」

「はっ」


 ガレンが気にしてくれたけれど、もういい。ガレンには、私の中に戻ってもらった。

 そうして、私は王宮をあとにする。


「……」


 婚約破棄なんて、別に構わない。私は悪役令嬢か。いや、この場合は、アクリーヌ嬢が間違いなく悪役令嬢だけれど。

 あんなアホな王子の妻になるなんて、絶対に耐えられない。アッシュウェル陛下には、似ない王子だった。

 しかし、実家に迷惑をかけてしまうのは、本当に申し訳ない。元々、私に気持ちがないから、賛成しかねていたけれども。

 一方的に捨てられた令嬢になるなんて、顔を合わせることも出来ない。

 かと言って、他に行く宛てなんて……――――。

 思い浮かべたのは、かつての仲間だった。

 ……だめだ。王宮を追放されたから、戻るなんて。

 都合がよすぎる。最低だ。最低じゃないか。


「っ……うっ」


 歩いて、歩いて、歩いて。曲がった路地裏で、私は耐え切れなくなって、蹲った。

 今まで募り募った寂しさに襲われてしまって、涙が溢れてしまって零れ落ちる。

 会いたいけれど、会う資格なんてない。


「ううっ……ひくっ! うううっ!」


 でも、寂しいよ。会いたい。会いたいよ。

 ボロボロと、涙が落ちていく。地面を湿らせていった。

 路地裏の暗がりの中。一人ぼっち。

 ここで泣きじゃくって、みじめだ。

 私はこんなにも、ちっぽけな存在だったのか。


「エリュー?」


 名前を呼ばれた。

 涙で濡れた顔を上げれば、そこには――――ヴィクト・ジーク。

 ツンケン跳ねた亜麻色の髪は、以前より短くなっていて、左耳に赤く光る石の耳飾りがぶら下がっている。

 ダークブラウンの革ジャケットは、胸下の丈。下には、赤色のシャツ。黒のズボンをインした大きいブーツ。腰には、黒炎剣(こくえんけん)と名付けた魔剣を携えている。

 彼は驚いたように紫と青のグラデーションの目を見開いて、私を見下ろしていた。

 暗がりにいるせいか、街灯の明かりのせいか。

 ヴィクトが立っていたのは、まるで白い光りの道に見てしまった。


 ――白い光りが差し込むような道を……進むっていう意味を込めたの。

 ――きっとまた……白い光りが照らす最高のそして最強の道を一緒に進みたいなって願いを込めたんだ。


 命名したパーティの由来。願い。

 まるで――――そこに進んでいいと示すような再会だった。


「っ、ヴィクト……!」


 私は堪えることが出来なくて、その白い光りの道を踏み出す。

 そして、ヴィクトの胸に飛び込み、泣きついた。




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