06 任命と命名。


 何故か王都学園のパーティが、すでにそこにいる。

 恐らく、ショートカットのアイテムを使ったのだろう。フロアボスがいない決まった階層なら移動が出来るという、使い捨て転移装置みたいなものだ。

 多分、9階層へ先に来て、私達が来る前にフロアボスを討伐するつもりだったのだろう。

 そんなことより、異常事態だ。

 このダンジョンの【王都の門の強欲ダンジョン】の10階層は、氷属性のエレメント系魔物だったはず。

 凍てつくフロアに、狼にも似た風貌の魔物が立ちはだかる。

 そういう情報だと、予め覚えていたのに……。

 凍り付くどころか、火の海でサウナ状態だ。そして立ちはだかるのは――――。


「なんでよ!!」


 あのボンキュッボンな女子生徒が、杖をかかげて魔法陣を描いた。

 それは、強力めの火の魔法。


「だめっ、やめなさいっ!!」


 私の制止の声は間に合わず、火の魔法が放たれる。

 エレメント系魔物は、自分と同じ属性を無効にする、否、吸収することがあるのだ。

 火の塊がぶつかるが、その炎をまとった身体が吸収してしまう。

 そして、さらに一回り大きくなった。

 ぼおぼおと燃え上がる身体は、かろうじて狼の風貌ではあるが、巨大すぎる。

 狼の形をとった巨大なエレメント系魔物だ。

 何がどうして、氷から火になったのかはわからない。でもやることは決まっている。


「ヴィクト、気を引いて!」

「ちっ! 了解!」


 ヴィクトは大回りするように右へと移動した。そして剣を振り上げて、水の刃達を放つ。

 残りの私達は、腰を抜かした王都学園のパーティー達を庇うようにフォーメーションを作った。

 一瞥して確認したが、目立った怪我はないようだ。


「バカ!! このフロアボスは氷のエレメントだった!! 炎のエレメント化なんて、異常だ!!! 早く逃げるぞ!!」


 冒険者の一人が、逃げることを提案した。

 でも私は、しれっと返す。


「逃げるなら、しっかりその生徒達を守りながら逃げてください」

「何言ってるんだ!! 全員で逃げるんだよ!!」

「逃げるなら、勝手に逃げろってつってんだ!!」


 ストが、振り返らずに怒鳴る。

 私達【名も無き最強】パーティーは、戦う気満々だ。


 ゴオオオオッ!!


 火の魔物が声を轟かせたかと思えば、周囲にあった火の海が、広がっていき、退路を塞ぐ。

 逃がすつもりはないってことか。


「スト、守りを固めて。ミミカ、デカいの行こう。ディヴェ、合図で足止め」

「おうよ!」

「了解!」

「あいあいさー!」


 私は火の魔物の右側面に、大きな魔法陣を展開する。

 私の魔法陣展開は早すぎるので、ミミカの準備が整うのを待つ。

 そして、ミミカの準備が整う直前に、ウィンクでディヴェに合図を送る。

 ディヴェの補助魔法。魔法の鎖で拘束。

 気を引いてくれていたヴィクトは離脱。

 そして、魔法陣から作り出された鋭利に尖る水の塊を左右から突き刺した。

 火の魔物が、少ししぼんだように見える。だが、致命傷にはならなかったらしい。

 また耳を塞ぎたくなるような声を轟かせた火の魔物。水の塊が空けた穴を見ると――。


「!?」


 青っぽい氷が見えた。すぐに火に覆われてしまったけれど、確かに氷だ。


「本来は、氷のエレメント系魔物!?」

「えっ、どういうこと!?」

「原因はわからないけれど、何らかの方法で火をまとって防御しているような状態! うわあ! 隅から隅まで調べたい!!」


 私はキラキラーと目を輝かせた。

 どうやって氷属性のエレメント系魔物が、火をまとっているのだろうか。

 調べたい! 研究をしたい! 新たな魔法防御の壁が作れるかも!

 そう! 正反対な属性の魔法を重ねて防壁を作るとか!


「おい、魔法オタク! そんな場合じゃねーだろう!? どう戦うべきだよ、ああん!!?」


 ヴィクトがストの隣に移動しては、私の意識を引き戻してくれる。


「え? もう一回、水の塊をぶつけたあとに、火の魔法をぶつければいいと思うけど」

「だろーな!!」


 当たり前なことを言ったら、キレられた。


「バカなの!?」


 ボンキュッボンな女子生徒が、私に声を上げたみたい。


「火の魔法は、吸収されたじゃない!! 下手したらっ! また大きくなるじゃない!! それより退路を作ってよ!」

「ハッ! 火の魔法をぶつけておいて、文句つけんな!! こちとら最強の魔法使いのリーダーがいるんだよ!!」


 ヴィクトが噛み付くように言い放つ。

 確かに、女子生徒の言うことに一理はある。下手したらのこと。

 大きくなって強力になるかもしれないが……。


「だろ!? エリュー!!」

「任せて!」


 絶対の信頼を寄せられていることを理解して、私はにんまりと笑う。


「もう一回行くよ!!」


 火炎放射が放たれたけれど、水属性付与の大盾でストが防いでくれる。

 ヴィクトにもう一度、右側で気を逸らしてもらい、左側でミミカの水の弓矢で放ってもらう。交互に気を逸らして、かく乱。

 なるべく時間を稼いでもらい、そして私は頭上で先程よりも巨大な魔法陣を作り出す。

 その上に、同じくらいの大きさの魔法陣を描く。

 流石に別々の属性の上に巨大な魔法陣を同時に描くのは、私でも時間がかかる。


「に、二重魔法!? まさか一人で!?」

「あんな巨大な魔法陣を!? バカな!!」


 誰かが驚く声を耳にしつつも、ディヴェに合図を送る。


「ディヴェ、お願い」

「あいあいさー!」


 ディヴェの魔法の鎖で拘束。

 動きを完全に封じたところで、私は高く掲げた杖を振り下ろした。


 ズドッ!!


 今度は、三倍近く大きな水の塊を落とす。まとわりつく火は、大幅に削れた。

 間入れずに、隕石のように燃え滾る火の塊を、露になった氷の本体に落下させる。


 ドカーンッ!!


 火炎の大爆発が巻き起こった。

 火花が散る熱風が吹き荒れて、火の海のフロアの温度をさらに上げる。

 汗が垂れ落ちるが、拭いている余裕はあった。

 粉々になった氷のエレメント系魔物は、魔石の塊と化す。

 私達【名も無き最強】パーティーの勝利だ。


 王都学園のパーティーの不正については、誰も言わなかった。その方が屈辱的だろう。

 ボンキュッボンな女子生徒に睨まれ続けたけれど、私は気付かぬふりをした。

 我が学園長は、ご満悦だ。実力至上主義の学園の実力を発揮が出来たのだから。

 あの異常なフロアボスについて。十年ほど前にも、同じようなフロアボスが現れたらしい。何故、相性の悪い火属性をまとえるのか。原因はわからないという王都の学者やギルドマスター達に、可能だと発言をする。私は、それを実行して見せた。

 強度のある魔力を間に挟むことで、相性の悪い属性同士でもまとえる。恐らく、十年に一度にそんな強度の魔力を使って弱点を補うフロアボスが出るのだろう、というのが私の見解だ。

 しかし、他の魔法の使い手には、容易く出来るものではないと言われた。

 見張りのためについてきていた例の冒険者三人により、私達の噂は広まる。特に、私だ。

 何故か【超越の魔法使い】なんて、二つ名がつけられた。

 それから、私に王宮から手紙がきたのだ。

 卒業後、最高王宮魔導師にならないか、と。

 国王陛下直々の任命。

 ――――つまり、拒否権はない。


 私の道は、決まった。


 それを最高の友に、最高の仲間に、告げるのは躊躇した。

 別れを切り出すのと同じだったからだ。

 でも、いつまでも長引かせるわけにはいかなかった。

 もう時間は、ないのだから……。


「私、最高王宮魔導師に任命されたよ」


 夕暮れ時の教室。好きな席に座っている皆に、私は告げた。

 ちゃんと笑っていられるかな。


「……だろうな」


 すぐ前にいるヴィクトは、そう呟く。

 皆、わかっていたみたいに、笑った。


「普通は逃がさないように任命しちゃうよねー……」

「しょうがない、なんせあたし達の超天才リーダーだもん!」


 ディヴェは苦笑を溢し、ミミカは胸を張って見せる。


「リーダー……なのに、ごめんね」

「いやいや、謝ることねーよ。最初っから、エリューナの進路は決まってたのに、押し付けたのはオレ達だ」


 ストはにへらと笑っては、申し訳なさそうに眉を下げた。


「……けっ。リーダーにすれば、逃げらんねーと思ったのによぉ」

「あ、やっぱり。ヴィクトってば……」


 予想した通り。ヴィクトは私を逃がさないために、リーダーを押し付けたのだ。


「いやいや、ヴィクトに便乗したのはオレ達だぜ?」


 ヴィクトだけを責めないように、とストが言う。

 そしてミミカとディヴェは、そうだと頷いた。

 皆、共犯!?


「私だけ気付かずに鈍感……」


 しゅんと落ち込む私に。


「鈍感なのは、ハナからだろ……」

「「「超鈍感」」」


 トドメを刺された。全員鈍感だと思っていたらしい。

 とほほっ……。


「皆は……正式に冒険者になるんだよね?」

「当たり前だろうが」

「パーティーメンバーは変わらない? 新しく入れるの?」

「お前の代わりが見付かるわけないだろうが」


 心底呆れた目を向けられた。


「当分は、オレがリーダー代理を務める」

「へっ? リーダー代理?」

「また冒険がしたくなった時のために、空けておくに決まってるだろうが」


 私は驚いて目を見開く。口をあんぐりと開けてしまう。


「オレ達五人でパーティーだ。他の奴なんざ入れるつもりはねぇ」

「そうだねー、ウチらはウチらだもん!」

「戻ってきた時のために、空けておくのは当然だよ!」

「いつでも戻って来いよ!」


 涙で視界が潤んだ。すぐに俯いて、隠す。


「――――……」


 近付く気配に気付いて、顔を上げた瞬間。


「わわっ!」


 ぐしゃぐしゃと、頭を乱暴に撫で回された。ヴィクトだ。


「エリューだって、オレ達との冒険は好きなんだろう?」

「……うん」


 堪えようとしてけれど、ポロッと涙が一粒、落ちる。


「大好き」


 ヴィクトの手が、止まった。

 だから、顔を上げて、心から笑って見せる。


「皆、大好きっ!」

「っ」

「「大好きーっ!!!」」


 ドドッと、横からミミカとディヴェに突撃されるように、抱きつかれる。

 夕陽に染まった教室で、私は押し倒れたのだ。

 ヴィクトの顔が、夕陽ぐらいに真っ赤になっていたなんて、気付かなかった。


「あっ、あのっ、ね! パーティー名なんだけれど、別の考えたんだ……」

「えっ!? なになに!?」

「どんなパーティー名は、何!?」


 ディヴェとミミカは、問い詰める。


「えっと、【最強の白光(びゃっこう)の道】……なんてどうかなって思うんだけれど」


 照れつつも、私は口にした。

 やっと二人は私に回す腕を離してくれると、首を傾げる。


「白光(びゃっこう)の道……? どういう意味?」

「白い光りが差し込むような道を……進むっていう意味を込めたの。きっとまた……白い光りが照らす最高のそして最強の道を一緒に進みたいなって願いを込めたんだ」


 やっぱり照れくさい。戻るという前提だ。


「よし。じゃあ……【最強の白光の道】パーティー、最初の冒険に行こうぜ?」


 手を差し伸べてきたヴィクトは、異論がないみたい。

 その手を掴み、私は立ち上がった。


「そうだな! 【最強の白光の道】としてのダンジョン入りしよう!」


 ストは拳を固めて、にっかりと笑う。


「【最強の白光の道】! うん! 出発しよう!!」


 目を輝かせて、ディヴェも立ち上がる。


「エリューナが、リーダーの【最強の白光の道】で行こう!」


 リリカも、腕を突き上げた。


「卒業までの目標階層を決めろよ、リーダー」


 二ッと笑みをつり上げてヴィクトが、私に問う。

 卒業までの目標階層か。


「……うんっ! じゃあ――――55階層まで行こう!!」


 今までのニーヴェア学園の生徒の踏破記録は、35階層までだった。

 現時点で、すでに私達は41階層まで到達している。

 私達なら、【最強の白光の道】なら、きっと無理のない目標だ。

 でも卒業まで半年で、55階層まで踏破。

 55階層にいたのは、二つの頭を生やした竜と間違えるほどの巨大なトカゲ。右からは火炎を噴き出し、左からは吹雪を噴き出す。

 そんな巨大トカゲの討伐なんて、簡単に思えてしまった。

 なので、続いて記録更新をするためにも、冒険するためにも、私達【最強の白光の道】は突き進んだ。

 時には、新しいダンジョンにも行き、【宝具】を手に入れた。

 また魔剣を手に入れて、ヴィクトに装備してもらう。そんなヴィクトは【狂犬の魔剣士】という二つ名がついたのだ。

 たまに会う冒険者ダンさんも、私達を引率していたことに鼻を高くしていた。

 60階層は、七色の水晶が壁に生えている。魔物は数多いるけれど、目視は出来ない。壁と同化している蜘蛛の魔物だった。

 見えない蜘蛛の糸を避け、背中を守り合いつつ、魔力感知で見極めて、攻撃して着実に仕留めていく。

 そして、63階層。

 ここの魔物の討伐は、まだ誰も倒していない。

 つまり、この先は前人未踏だ。


「私達の最上級の冒険だね! ワクワクする!!」


 当然の如く、興奮して目を輝かせていても、私達はボロボロである。

 何日も、このダンジョンにいるからね。

 ここまでの道のりは、簡単ではなかった。疲労は軽減する魔法をかけていたけれど、体力も魔力も消耗は激しい。

 けれども、全員が立ち向かう気満々である。

 卒業式は目前。

 さぁ。学生時代、最後の冒険だ。



 

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