04 告白と諦め。


 武器の新調のために、私は休みの日に皆を武器屋へと連れて行った。


「じゃーん! ここがお父様御用達の鍛冶屋だよ!」


 ガンダル武器屋。

 中に入れば、奥の方でカンカンと鉄を叩く音が響いてくる。鍛冶スペースかな。

 でもすぐにそれも止んで、小人が顔を出してくれた。

 茶色の髭を蓄えた筋肉質な小男ドワーフ族のガンダルさんだ。


「初めまして、ガンダルさん。私はルーフス男爵の娘、エリューナと申します」


 スカートを軽く摘まみ上げて、お辞儀をして見せる。


「そういえば、貴族令嬢だったな、お前」

「忘れてた、わっはっは」


 いやいや。失礼なこと言わないでほしい。ヴィクトもストも。


「あー。ルーフス男爵家の天才魔法少女か。話は聞いてる」


 仲間のからかいは聞こえてないみたいに、ガンダルさんはゴーグルを外した。

 ちょっと、魔法少女は、やめてほしいなぁ……。


「基本、オレさまは騎士達の剣を作ってるが、対魔物用の剣も作れるぞ」

「へー。そういや、騎士の家系なんだったか?」

「それなのに、一人だけ魔法の天才なんてな……」

「超天才、流石ウチらのリーダー」

「超天才、あたしのリーダー」


 左右から、ディヴェとミミカがくっついては頬擦りしてきた。


「お前ら、学生なんだろ? 予算はどのくらいだ?」

「あ、大丈夫ですよ。私達は【深淵の巨大ダンジョン】の23階層まで行きましたので」

「23階層ぉおおっ!? お前らっ、何年生だよ!?」

「三年生ですけど?」

「いつからダンジョンに入ってるんだよ!!」

「半年前だっけ?」

「最速かよ!!」


 ガンダルさんが、大声でツッコミを入れる。むしろ、怒声。

 ツンギレのヴィクトのおかげで、大声には耐性が出来ているので、へっちゃらだ!

 15階層には、巨人の魔物がいた。身体の全身が魔石になったのだ。

 それぞれのアイテムパックがパンパンになってしまうほど。アイテムパックは見た目の百倍の広さがあり、物を収納が出来る魔法道具だ。


「せっかくだから、オレの短剣も新調しようかな」


 ストが、短剣が並ぶ棚を物色し始めた。

 所持金は、50万ギールを超えている。何度も何度も、ダンジョン潜りを繰り返したおかげだ。

 今が新調するタイミングだろう。


「せっかくだから、アクセサリーも欲しいね。寄っていこう?」

「さっすがリーダー!」

「いいねー」


 何かの付与魔法がついているアクセサリーを買おうと提案。 

 ミミカもディヴェも、賛成した。

 ヴィクトが頼んだのは、赤黒い剣を注文。刃は、紅(くれない)鋼だ。


「赤いの好きなの?」

「は? まぁ……魔剣が赤かったからな、見慣れたっつーか……」


 こちらを見ていたヴィクトの視線が、少しずれた気がする。


「何にやけてんだよ!!」


 ヴィクトと同じく、ガンダルさんに視線を戻すと、何故かニヤついていた。

「別にぃ?」とガンダルさんはニヤニヤしたままだ。

 それから、新調した武器の手慣らしのために、1階層からせっせと魔物討伐をして進んだ。

 手に馴染んだところで、一気に10階層より下へ行く。

 慎重に攻略していき、迷宮入りから一年。30階層に到達したのだった。



 ◆◇◆



 この世界も、春になると卒業式がやってくる。

 早咲きな桜の下、私は卒業祝いの祝福の花、桜薔薇を一輪渡そうと、卒業式後の中庭でコール様を探した。

 そこで鷲掴みにされて、引き留められる。ヴィクトだ。


「渡しに行くな」

「え? なんで?」

「……絶対にコクられるだろうが」


 じとーっと睨むように見下すヴィクトに、私は首を傾げた。


「コク……? ああ、告白? そんなわけないじゃん、コール様には婚約者がいるんだよ?」

「そう、なのか?」


 なんの冗談かと笑っていれば、コール様の方が私を見付けた。


「エリューナ嬢」

「コール様。ご卒業おめでとうございます!」


 卒業用に着る短いローブと帽子を被ったコール様に、桜薔薇を手渡す。


「ありがとう。最後に会えてよかったよ」

「え? 最後?」

「うん。言ってなかったね。僕は領地を管理する仕事を手伝うんだ。だから、エリューナ嬢と違って、王宮魔導師にはならないだよ」

「そうでしたか……ではずっと領地に腰を据えるつもりなんですね。寂しいですが、どうかお元気で」


 そうか。そういう道もあるのかと感心しつつも、きっと遠く離れた場所にある領地で、会えなくなるとわかり、力なく笑う。


「エリューナ嬢。君は僕にとって、砂漠の中のオアシスのような存在でした」


 私の手を取って傅いたかと思えば、手の甲に口付けを落とされた。


「お慕いしておりました」


 照れくさそうに微笑んで、そう告げる。


「どうか、あなたもお元気で」


 そう言って、コール様は去っていった。

 ぽーっと淡い桃色の視界の中でほうけていれば、頭を鷲掴みにされる。しかも、ギシギシと締め付けられた。


「結局コクられてんじゃねーか!!」

「こ、ここ、告白されたね!?」

「動揺すんな!! いいか!? 婚約者がいるのに他の女にコクる奴なんざ、浮気者だ!! やめとけよ!!!」


 なんか心配されているけれど、コール様に想われていたことにちょっと浮かれてしまう。


「聞いてんのか! エリュー!!」


 怒鳴られた。


「やめとけって……別に私はコール様を先輩として尊敬していただけだし、それに……」


 もう姿が見えないコール様を振り返る。


「”お慕いしていました”って言ってたでしょう? 告白してすっきりして、きっぱり想いを断つんだと思うよ。貴族には親同士が決めた婚約者がいるのは不思議じゃないけれど、本人達だってきっと少なからず想い合って結婚生活を送ると私は思うんだ。きっと、けじめをつけるための告白だったはず。そして婚約者と向き合って、結婚するに決まっているよ」


 春風に吹かれて、真っ赤な髪を押さえながら、笑ってヴィクトに私の予想を伝えた。

 コール様なりの諦めるための告白だったに違いない。

 だって、そうしないと、きっと辛い結婚生活になってしまうじゃないか。そう願いたかった。

 それにしても、真っ赤な髪の私が、オアシスに例えられるとは……。

 照れくさい。


「……オレも……諦められるのか……?」


 よそを向いたヴィクトが、呟いた。

 諦めるって、言った?


「ほら、ダンジョンに行くぞ」

「やめてよー!」


 ぐしゃぐしゃーっと私の頭を掻き乱してきたヴィクトに、怒りつつも髪を整えてあとを追いかけた。




 その日。

 ヴィクトは、負傷する。

 いつもなら25階層のフロアボスは、一体の巨大な亀型の魔物だった。大きさは馬五頭ぐらい。

 ダイアモンドのような甲羅にこもり、猛スピードの回転する。その間は、絶対防御中で攻撃はあまり通用しない。顔や手足が出ていても、尻尾には鋭利なトゲがある。攻撃も強い。

 そして、その日は三体いたのだ。

 異常な事態ではあるけれど、十分起こりえるという事例。

 一体の首を叩き切ったヴィクトに、右に控えていた一体が、尻尾を右から叩きつけたのだ。

 脇腹に穴が開いて飛ばされたヴィクトを、すぐさま後ろへと引きずる。


「ディヴェ、治療に専念! ミミカ、援護射撃!」


 二人に指示をしてから、私は杖をアイテムボックスにしまった。


「オレは!?」

「死守!!」


 ストには、三人の守りを指示。


「前衛は私がやる!」


 にやりと口角を上げて、私は魔力で剣を作り出す。


「”――加速――アッチェブースト――”! ”――身体能力向上――リベラブースト――”! ”――攻撃強化――プレッスィブースト――”!」


 ヴィクトの対戦時に使い慣れた補助強化魔法を、自分にかけて飛び込む。

 雷をバリバリッとまとう魔力剣を振り上げたが、カッキーンッ! と亀はこもった。

 雷の魔力剣が、砕け散った。

 強度が足りないか。

 冷静に判断して、強度を高めて、もう一度魔力剣を作り上げた。

 甲羅にこもっている相手と見せかけて、ストに攻撃をする隣の亀の首を切ろうと宙を横に回転する。

 そして、斬首した。

 そんな私に、残りの一体がトゲの尻尾を振ってくる。

 トゲに手をついて、ぐるっと回転した。鋭利なトゲに触れただけで、掌が深く傷つく。

 でも、こんなの軽傷なものだ。

 あまりにも近付きすぎて、甲羅にこもった亀の回転に巻き込まれそうになった。

 防壁魔法を発動して、一度は防ぐ。一度だけで、粉々になる防壁。

 氷の壁を生やす魔法陣を描き、亀をひっくり返して、なんとか危機を回避した。

 後ろから迫る気配を感じる。よく知っている気配だ。


「”――攻撃強化――プレッスィブースト――”!」


 横を通り過ぎる彼に、私は補助強化魔法を与える。


「”――爆裂業火――エスプロジオ・インフェルブルチャ――”!!!」


 ひっくり返ったフロアボスに、赤黒い剣を、振り下ろした。

 触れると同時に、火炎の爆発が巻き起こる。

 ぶわぁああーっと、紅蓮の炎とともに爆風が広がった。

 半分が削れて焼けただれた甲羅の上に立つのは、回復したヴィクトだ。


「待たせたな」


 勝ったというのに、ヴィクトは申し訳なさそうだった。


「すまない、油断した……」


 そして、素直に謝ったのだ。


「仲間がついてるよ、ヴィクト」


 スッと、魔力剣を消し去って、私は笑いかけた。

 手の傷を、初級の治癒魔法で塞ぐ。


「……おう。ありがとうな、皆」


 甲羅から飛び降りて、ヴィクトはまだ申し訳なさそうな顔のまま、お礼を伝える。


「そんなしおらしくされても……気持ち悪いわ」

「あんだと!?」


 ミミカが直球を放つものだから、ヴィクトと口論を始めた。


「回復なら、まっかせなさい!」

「オレも守りが甘かったな、すまん!」


 ディヴェは胸を張り、ストは頭を掻く。


「それでどうする? 進む? 引き返す?」


 私は、皆の意見を求めた。


「暴れ足りねぇーぜ!!」


 ヴィクトが凶悪そうな笑みを浮かべている。


「行けるなら、行こうぜ!」


 俄然やる気だ。

 彼だけではなく、ミミカ達もやる気に満ちた笑みを浮かべていた。

 聞くまでもないみたいだ。


「今日は26階層の魔物を討伐して帰ろう!」


 そう決断を下し、難なくサクッと暴れたあと【深淵の巨大ダンジョン】から出たのだった。



 

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