第2話 赤色はいつも、何かの始り

――それは、美しいとまで思えるほどの、一面の赤だった。


燃える街に照らされた空も、血に塗れた地面も、視界に映るそのどれもが赤色。


知っている。これは『悪夢』であり、幼少の『記憶』であり、俺の『原点はじまり』。


空から大きな影一つ

影の前にはこうべが六つ

敬い讃えて畏れてる


月より長くて、夜より暗い

大きな大きな影一つ

みんな揃って頭を垂れろ

そうして影をやり過ごせ


日が昇る。日が昇る。

長い永い夜の先

遥かな海越え日が昇る


一つかざした光をもって

希望が悪夢を終わらせる


夜が明ける、夜が明ける

影が過ぎ去り日の下で

長い夢から明けた先


頭は顔上げ歌いだす

夜が明けたぞ、さあ騒げ

今日からお祭りやれ騒げ


祭りの後には影六つ

まとまりまとまり影一つ

さあさあ夢の初まりだ


この国では知らない者のいない”英雄伝説”をモチーフにした童謡。


本当はもっと長ったらしい物語だったのだが、何せこの歌の舞台は1000年前。詳しいことは抜け落ちまくっているのだろう。


だから俺達が習ったのはたった一つ。

――いつの日か、英雄が現れて魔王を倒す日が来る。そうすれば、世界もきっと――


何度も何度も耳にしたし、その倍以上、空想に胸を躍らせたものだ。

強くなって、魔王を倒し、平和で誰もが笑える世界に『俺』がするんだ!と。


そんなこの国のガキならだれもが描く憧憬たわごとはあの日、崩れ落ちる街並みとともに燃え尽き、確固たる決意に変わった。


「・・・何度見ても胸糞の悪い夢だ。」


優しかった母。厳しくも愛に溢れた父。初めて恋をした幼馴染のシェリーにガキ大将のロイ。八百屋のマグも木こりのドギーも花屋のキャスも。

みんなみんな、目の前で死んでいく。


嘲笑うように剣を振り下ろし、許しを請う街人を引き裂き、親の前で子供を火にくべる。

そんな地獄が一晩続いた。


最後に残ったのは、誰も守れず、ただ泣き叫び、助けを乞うことしかできない子供が一人。


これが夢じゃなければ、あんな魔族の百や二百程度、ものの数秒で――


「――なんて負け惜しみを、何度思ったんだったか。」


だから、殺す。子の一人に至るまで。世界を平和に、なんて大それたことはもう

魔族は悪でその頂点が「魔王」。それを殺すのが「英雄」。

ただそれだけの、揺るがぬ決意なのだから。




「ーーっと。ちょっと!!」

「はぁっはっ!?」


聞きなれない声で目が覚めた。

服は汗で張り付き布団もぐっしょりと湿っている。

それに、ひどく喉が渇いた。

いつものことだが、かなりうなされていたのだろう。


俺を起こした女性は水の入ったコップを差し出しながら、心配そうに俺を見ている。


「大丈夫?ものすごくうなされていたわよ?」

「はぁっ、、。ああ。大丈夫だ。お前が誰かは知らないが、特に支障は無い。で?ここはどこでお前は誰だ?」

「あらそ。寝起き早々ずいぶんな物言いじゃない?森で倒れていたところを助けてあげたって言うのに。私はシェリーよ。」


肩ほどまでで切り揃えられたキレイな黒髪に、少し吊り上がった大きな瞳。少し日焼け気味で健康そうな印象の肌。

体つきはいたって平均的な女性。端的に言って美人の部類に入るのだろう。

おせっかい力は120か。平均の3倍弱とは恐れ入る。


「な、なによ?そんなジロジロ見て。」

「ん?ああ、気分を害したなら謝るよ。いたって平均的な体系のシェリー。」

「・・・何かしら。そこはかとなく嫌味に聞こえたんだけど?」


おっと。怒りが+10か。どうやら発言を少し間違えたらしい。


ちなみに、この10とか120とかは俺が受けた印象の話じゃない。

俺には本当に数値化して見えているのだ。


天恵スキル』と呼ばれる特殊技能。この世界の一部の者だけが持つものだ。

持っているのは全種族を合わせた人口の1%以下という便利な技能。


その効果は人によって様々だ。力が強い、魔力が多い、とったものや、魔法の行使無しに空を飛んだり、言葉を使わず意思疎通ができたり。中には異常なまでの長寿や未来が見える・・・なんて物もあるらしいが。


俺が持っているのは目に映ったの持つあらゆる能力値を一目で数値化し把握する能力。『全知の目ノウ・イット・オール』。

ちなみに、この「モノ」というのは生物かそうでないかなどは関係無い。


見ようと思えば今俺が腰かけているベッドがどれほどの強度なのか、手渡された水のおいしさはどれほどなのか。目の前の女性の平均的な体系を、しっかりと数字で表すこともできる。


「この村は獣人族と人間族の領地の境にある村、ユーリカで、あなたがいるこの家は村唯一の酒場兼私の家で、あなたが腰かけているのは私のベッド。これでいいかしら?平均より少し美形でかなり不躾なあなた?」

「なるほど。聞いたことも無い名の村だが、何となくの位置は掴めた。で?

で?俺はなぜこんなところで寝ている?」

「はぁ・・・あなたねえ・・・質問を繰り返す前に、自己紹介とお礼くらいできないわけ?」


今のため息は、スキルを使うまでも無いな。


俺のスキルは常時発動させていても特に支障は無い。無いのだが、何せ視界がごちゃついて仕方ない。発動している間は常に「これのこの数値を見よう」と意識していないと全てのパロメーターがずっと視界に浮かんでいる。


うまく扱わないと見たい数値が他の数値に隠れてしまったり、そもそも視界から除外してしまっていたりする。便利な能力だが、意外と扱いが難しいのだ。


それに、下手に使うと人や物の多い場所では、視界一面数字が浮かんで何も見えなくなる。

なので、初見の相手か戦闘時に標的を絞って使ったりはするが、普段は発動させていない。


「なぜ自己紹介が必要なんだ?お前が俺の名前を聞いてなんになる。礼に関しては言えば、俺がここで寝ていた経緯によるが必要かもしれないな。だが、その経緯を聞いていない。だからまだ言わない。それとも何か?さっきの水1杯に対してもいちいち礼が必要なのか、この村は?」

「あーはいはい、分かったから。私が悪かったわよ。この村ではそんなことくらいで礼は必要ないわ。あなたにはもう少し常識ってものが必要だとは思うけどね。」


プイっとそっぽを向くように吐き捨てた彼女は、もう一つため息をついた後、俺の現状までの経緯を話し始めた。


「あなた、北の方の生まれでしょ?たまにいるのよね、ウチゴを生のまま食べる人が。」

「ウチゴ?なんだそれは。」

「あなたが倒れていた森に、赤い実が生ってたでしょ?大きなイチゴみたいな実の。見た目が近いからって知らないもの食べちゃダメよ。あれ、猛毒だから。正直、即死じゃないだけで本当に驚いたもの。」

「なるほど。それでこんなにも体が重いのか。」


昨日の戦闘後に食料が尽きはしたものの、魔王城を目指していけば森を通過する。

そこで何か摂ればいいだろう。と手を出したのが、普通の20倍はあろうかというイチゴだった。


真っ赤に熟れ見るからに美味そうだった。味も香りも間違いなく俺の知るイチゴ。正式にはウチゴ、と言うらしい。・・・名前までややこしい。


「イチゴとウチゴ・・・これが噂に聞く「カルチャーショック」というやつか。」

「少し違う気がするけど、、、。要するに、猛毒のウチゴを食べて死にかけているあなたを見つけて、ここまで連れて帰ってきて今に至る。ってわけだけど、お礼くらいは言う気になったかしら?」

「理解した。助かったよシェリー。」

「そ、そこは素直に言うんだ。」


言われた通りに礼を言って驚かれたのは腑に落ちないが、体の気だるさからしてウソでは無さそうだ。

修行で山に籠っていたころから、生きるために手あたり次第いろいろな物を食べてきた結果、俺の体は病気や毒に以上に強い。


全知の目ノウ・イット・オール』を使って比較したところ、そういったものに最も強いと言われる妖精族と肩を並べるほどだ。人間と比べるなら成人男性のおよそ10倍。


即死じゃないことに驚いた。とシェリーは言ったが、確かに、俺で無ければ即死だったかもしれないな。


「これからは見た目が近くともちゃんと「見る」ことにしよう・・・」

「何か言った?」

「いいや。こちらの話だ。」

「そ。で、自己紹介は?」

「さっきも言ったが、俺の名前を聞いてどうする?目が覚めた以上、ここにいる意味も特に無い。ならばお前が俺の名を呼ぶ機会ももう無いだろう。言葉以外に礼が欲しいのなら、金は無いが獣退治くらいならしてやろう。どうだ?」


体は重いが、確認したところ命にかかわるような異常は見当たらない。

ならば一日も早く『魔王』の元へと向かわなければならない。


「残念ながらあなたに頼むほど獣には困っていないわ。2,3発どぎついのを頭にもらってきてくれれば少しはスッキリするんだけど?けど――」

「なら話は以上だな。助けてくれたことには素直に感謝するよ。それじゃあな、シェリい!?」

「――まだまともに動けないから、介抱が必要でしょ?だから名前は聞いておかなくちゃね。って言おうとしたんだけど。」


立ち上がろうとした途端力が入らず、盛大にベッドから落ちた俺を見下ろしながら、なんとも楽しそうにほほ笑むシェリー。


「・・・それで?あなたの名前は?」

「・・・ユウ。ユウ・シャルナークだ。」


ひっくり返った俺に、「よろしくね、ユウ。」とシェリーは勝ち誇った笑みのまま呟いた。



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