第10話面倒くさい


「………はぁ」


御堂から逃げるように、部屋に駆け込み、ドアを閉めて床に三角座りで顔を膝に疼くめて、座り込んだ。


(何をしてるんだ僕は。こんな態度を取るぐらいなら、家にあげるべきじゃなかったのに)


中途半端で臆病な自分に嫌気が差す。



☆★☆


僕は、両親と2つ年が離れた妹の舞と暮らしていた。


……と言えるかどうか、4人で食卓を囲むなんてことは物心ついた時から片手で数えるぐらいで、世間一般的に言う所の健全な親子関係ではなかったと思う。


僕と舞に構っている時間など無い程に仕事に忙しかったことを抜きにしても、母さんたちは子供に興味がなかった。


放任主義だったんだ。


年々、それは酷くなっていき、小学校高学年になると家を空けることも多くなった。


母さんと大学時代からの友人の恵美さんが御堂と一緒に家に遊びにいた時に気がついて、何度か注意していたが、母さんは聞く耳を持つことはなかった。


そして、中学2年に進級したと同時に、僕を、僕だけを置いてどこかに行った。


「何で出て行くの?」


舞はすでに父さんに連れて行かれ、最後に荷物の整理をしにきた母さんが、整理を終えて、家を出て行くときに聞いた。


「面倒くさいからに決まってるじゃない」


心底うざったるそうに吐いた母の言葉がグサッと心に刺さった。


「……面倒くさい?」


「面倒くさいわよ。何だって、私がアンタと同じ家にいないといけないの? ただでさえ私は仕事に忙しいのに、アンタの世話まで。面倒くさいったらありゃしないわ」


「……」


「生活費は毎月振り込むわ。家もココに住みたいなら住めばいい。高校でも大学でも行きたいなら行けばいい。面倒を見ていない親、とか言われたら厄介なことになりそうだから。文句ないわよね? どうせ、アンタは親なんていなくても一人で生きていけるでしょ」


日頃から母さんが僕に冷たいのは分かっていた。


今更、何を言った所で母さんに響くはずがないのも。


「もういいわよね? 早く出て行きたいんだけど。みんなが呼んでいるの」


「待っ」


——皆の中に僕はいないのか。


文句の一つでも言いたい気分だった。


だけど、腕時計をしきりに見ながら、母さんは一刻も早く家を出たがっていた。


あの人、というのは父さんの事だが、これ以上母さんと話すことに僕自身耐えきれなくなった。


「……いってきなよ」


自分でも信じられないくらいにか細い声で、呼んであったタクシーに乗り込み、目も合わさずに僕を置いて行った母さんの後ろ姿を、ただただ見送った。

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