勝者

「ふぅ…………」


 立会人の掛け声で剣を柄に収めた。

 正直、一撃でも攻撃を食らっていたら状況は一変しただろう。

 一瞬確認しただけでもエルロンドの神獣は攻撃力が2000を超えていた。

 それはつまり大地を砕くレベルの威力があるということだ。

 手加減している様子なんかまるで無かったわけで、一発でも当たっていれば戦闘不能になっていてもおかしくない。


 〝動揺はしても表すな〟


 昔に父さんが教えてくれたことだ。

 難しいことだとは理解しているけど、有利に戦いを進めていくには必要な要素だった。

 だから今回の戦い方を考えた後は、まずエルロンドと神獣を引き剥がすことに専念した。


 エルロンドの神獣については事前の情報収集によって、どんなスキルを使用するかは簡単に知ることができた。

 距離が離れたところからでも攻撃可能な衝撃波を繰り出すこと。

 そして、スキル使用後はわずかな硬直があること。

 つまりエルロンドに近づくとすればスキル使用後の瞬間だ。

 エルロンドがスキルを使用する時はおそらく、勝負を決めに来る時か、しびれを切らした時になる。


 エルロンドと神獣を引き離せた時点で、俺の勝ち筋は見えていた。


「ぐぅ……!」


 痛みで目が覚めたのか、エルロンドがうめき声をあげながら体をよじった。

 マークス隊長がエルロンドへ駆け寄った。


「おい大丈夫かギルバート。立てるか」

「俺が…………あんな奴に……!あんな落ちこぼれなんかにぃ…………!!」


 ここまで完璧にやられたというのに、負けを認めないのか。


 俺は倒れてるエルロンドに近付いた。


「エルロンド、お前が発言した事に対して謝罪や撤回を求めるつもりはない。戯言を言うのは昔からよく知っていたからな」

「ぐっ…………!」

「ただ、騎士としてデカい顔をしたいのならもう少し力を付けてからの方がいいかもな」

「トリガー…………!」


 めいいっぱい見下すことができた俺は満足したようにその場を後にした。

 肩書き上、冒険者風情の俺に負けたエルロンドの騎士としてのメンツは丸潰れだ。

 これからは騎士団の中でもデカい顔は出来ないだろう。


「アル!」


 演習場の入り口ではリオナと師匠が待っていた。

 不甲斐ない試合を晒さなくて良かった。


「凄かったね!アル自身があそこまで強くなってるなんて思わなかったよ!」

「ダンジョンを踏破するのに神獣の力だけじゃ通用しない場合があるからね。これでも頑張ってるんだよ」

「私ももっと頑張らないとなぁ」

「どうでしたか師匠、卒業試験的には」

「文句無しだ。俺が教えられることはもう何もない」


 師匠が頷いた。

 師匠から言われていたのはナナドラのスキルの使用の禁止。

 要は六ツ星以上に進化させるなと言う話だ。

 途中で使ったナナドラの火吹きは、スキルでもなんでもなくただの通常攻撃なのでノーカンになる。


「これで遺恨なくヴィリャンヘルム王国に行けますよ」

「そういえば何でエルロンドと決闘したの?ヴァリアスさんがアルが勝ったら教えてくれるって……」


 俺は思わず師匠を睨みつけた。


(余計なことは言わなくていいんですよ!)

(答えて困るものでもないだろう)


 師匠がそんな風に言い返しているのが目で分かる。


「ねぇ何で?」

「…………エルロンドがリオナのことを侮辱したから腹が立ったんだよ」

「…………えっ、私が原因……?」


 わざわざ言いたくはなかった。

 まるでリオナのために戦ったと言っているようなものだ。

 小っ恥ずかしくてしょうがない。


「私情は大いにあると思うが、アルバスはある意味リオナ嬢の名誉を守ろうとしたんだよ」

「そ、そうなんだ……」

「リオナのことは抜きにしても、どうせいつかアイツとは決着を付けなきゃいけなかったんだ。ついでだよついで」

「照れてるんだ。察してやれ」

「師匠!」


 余計なことは言わないでもらいたい。

 何一つとして格好つかないじゃんか。


「ありがと、アル」

「…………ん」

「さて、思いのほか決闘が早く終わったから良かったが、仕事に戻らなければ。アルバス、一人になったとしても戦いの基本は忘れるなよ。最も危険なものは慣れだ」


 師匠が念を押すように言った。

 それだけ心配してくれているということなんだろう。


「分かってます。これから俺は緊急招集会議のためヴィリャンヘルム王国へ向かいます。まずはそこでイレギュラーに発生する魔獣についてはなしをしてきます」

「アル、もう行っちゃうの……?」


 リオナが寂しい表情をする。

 結局リオナとほぼ入れ違いのような形で出て行くことになってしまうのか。

 少しぐらい話す時間が欲しかったけど…………。


「この後、時間は?」

「私は任務の報告があるから……本来はこの試合も見ている時間もなかったんだけど」

「そうか…………。そしたら今度、すぐにまた俺はここに帰ってくるから、その時に一緒に過ごそう」

「うん!!」


 明確にいつになるとは言えないけど、修行期間は終わった。

 未開のダンジョンに潜ったりする必要がないから、今度は自分で予定を立てられる。

 とりあえずは緊急招集会議が終わった後に一度戻ってこよう。


(女の子との約束は…………うん、守っとかないと後が怖いからな)


 旅していた時のことを少し思い出し、苦い顔をした。


「じゃあな」

「はい」

「また!」


 そして俺は旅支度を済ませ、他の魔獣掃除人ビーストスイーパーが待つヴィリャンヘルム王国へと旅立った。

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