出立

 何を為すことが出来ないと思っていた俺でも、何かを為すことができるのかもしれない。

 俺が何かを為すことで死んでしまった父さんに花を手向けたい。


 〝あなたの息子はこんなにも立派になりました〟と。


「引き受けてくれるか。さすがルーカスの息子だ」

「でも魔獣掃除人ビーストスイーパーについて俺はほとんど知りませんよ」

「その点については問題ない」

「私が君を指導する」


 ヴァリアスさんがおもむろに一歩前へと出た。

 俺は少し怪訝な表情をする。


「遅くなるが改めて自己紹介をしよう。私は予兆管理処理局の職員、ヴァリアス=シューターだ。魔獣掃除人ビーストスイーパーについて、またはそれに関係する機関について後ほど詳しく説明する」

「彼は予兆管理処理局の中でも最も戦闘に優れている。アルバスの剣の師匠にもなるだろう」


 剣の師匠という言葉に俺は少し引っかかった。

 俺の中の剣の師匠は一人だ。


「俺にとって師匠は父だけです。それ以外の型を覚える気はありません」


 ハッキリと断りを入れた。

 父さんから教わった剣を捨てるぐらいなら、俺は魔獣掃除人ビーストスイーパーになんてならない。

 これは俺の命と同じようなものだ。


「安心するといい。私の剣が、君の剣を壊すようなことはしない」

「どういう意味ですか?」

「私の師もまた、君の父だからだよ」


 その言葉にピンと来た。

 魔獣の攻撃を捌くヴァリアスさんの剣を見て綺麗な太刀筋だと思った。

 そして同時に見覚えのある剣筋だとも思った。

 父さんと同じ型だったからなのか。


「父さんから教わったんですか?」

「ルーカス殿がまだ現役の魔獣掃除人ビーストスイーパーだった時代にね。神獣が低レアリティだった私は予兆管理処理局に入った後、ルーカス殿との伝達係に任命され、その時に身を守る術として教わったんだ」

「そうだったんですね…………」

「だからルーカス殿が殺された時、少なからず君の気持ちは分かると言ったんだ。私にとってもルーカス殿は大事な師だったから」


 そう言ってヴァリアスさんは寂しそうな顔をした。

 大事な師匠でありながらこの人は父さんに出動要請を伝えにやってきた。

 一体どういう心境だったのだろう。

 父さんがヴァリアスさんを憎まないで欲しいといったのは、そういう内情があったからなのだろうか。


「ということは、ヴァリアスさんは俺の兄弟子にあたるわけですね」

「兄弟子……か。ははっ、悪くないな」

「正式な手続きはまた今度連絡するとしよう。今は病み上がりだ、ゆっくり休むといい」

「ありがとうございます」


 ロートルおじさんとヴァリアスさんは部屋から出て行った。

 部屋に残った俺とリオナの間に沈黙が流れる。

『自分の信じる心のままに』。

 これほどすっきりとした言葉はない。

 俺の頭の中にかかっていたモヤが晴れたような気分だ。


 魔獣掃除人ビーストスイーパーとして俺は父さんの意思を継ぐ。

 父さんが守りたいといったこの国を、人々を…………そして大切な人を俺は守っていくんだ。


「リオナ、俺……頑張るよ。力があるものには相応の重責が伴う。父さんが言っていたんだ」

「アル…………」

「父さんはその言葉通りに戦い、死んだ。あの時俺に戦う力があれば助けられたかもしれない」

「ち、違うよ。悪いのは魔獣で…………!」

「うん、分かってる。自分を責めたいわけじゃないんだ。だからこそ俺は、次こそ助けられるように戦う力を身に付ける。ナナドラの力はまだ良く分かっていないけど…………俺にしか出来ないことをやるよ」


 俺の言葉にリオナは微笑んだ。

 落ち込んで情けない姿を見せるのは今日まで。

 泣きついてばかりの俺はさよならだ。


「私も頑張るよ。あんな危険な人がいるってことを知れたんだもん。五ツ星だからといって慢心は絶対にしない」

「ああ。どっちが強くなれるか勝負だな」

「負けないよー!」


 お互いに笑い合った。

 ここが人生の分岐点だ。

 俺は魔獣掃除人兼冒険者として、リオナは騎士として歩みを進める。

 またいつか、こうして笑い合える日が訪れることを夢見て。



 ───────────────



 《数日後》



「父さん、行ってくるよ」


 俺は父さんの墓の前で胸に手を当てながら祈っていた。

 郊外の、俺の家の近くに父さんの墓は立てられていた。

 ロートルおじさんの計らいによるものだ。

 滅多に人の来ない静かなここなら父さんも静かに眠ることができると思う。


「父親への別れは済んだか?」


 旅路の装備に身を包んだヴァリアスさんが尋ねてきた。


「はい。充分です」

「魔獣の発生は数年に一度だ。しばらくは冒険者として君と君の神獣のスキルを上げることになる」

「お願いします」


 父さんに教わった剣技、一体どれほど通用するのか僕はまだ知らない。

 これから一つづつ学んでいこう。


「アル!」

「リオナ、来てくれたんだ」


 出発しようかとした時、リオナが走ってやってきた。

 前日にも別れの挨拶は既に済ませてきたというのに、まさか見送りに来てくれるなんて。


「もうっ、ちゃんと見送りするって言ったでしょー?」

「いやぁ昨日ので充分かなって」

「…………しばらく会えなくなるんだよ?最後まで一緒にいたいよ……」

「リオナ…………」


 あまりシメっぽい空気にはしたくなかったんだけどな。

 最後はやっぱり笑ってさよならをしたいじゃないか。


「そんな弱気なこと言ってると、俺の方が強くなっちゃうぞ!」

「よ、弱気なことじゃないよ!」

「次会った時は、リオナが俺の胸で泣く番だからな、覚悟しとくように!」

「なによそれー!私だって絶対、負けないんだからね!また私の胸で泣いてもらうんだから!」


 リオナの胸は予約済みっと…………。

 そんなくだらないことを思ってる場合じゃないや。

 やっぱり笑い合って別れが一番だね。


「じゃあリオナ!またな!」

「うん!頑張って!ヴァリアスさんもアルをよろしくお願いします!」

「お任せくださいリオナ嬢」


 こうして俺は魔獣掃除人としての第一歩を歩み始め、アトラス王国を後にした。

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