幼馴染の胸で泣く
※ ※ ※
俺は家に帰ることなく、少し離れたところにある広い湖のほとりに座って静かに景色を眺めていた。
家では父さんが待っているはずだが、どうしても俺は帰る気にはなれなかった。
放心したようにボーッと湖を見ているだけで、荒んだ心が少し落ち着くような気になれた。
「クピィ……」
まだ一度もカードに収納していないが、不思議とナナドラに対しての憤りは感じなかった。
「お前は別に悪くないんだよ……」
そっと頭を撫でると、目を細めながらグルグルと喉を鳴らした。
諦めから来るものなのか、俺の心と繋がった神獣だから元々敵意というものを感じないからなのかは分からないが、どうしようもないこのやりきれなさは少なくとも自分に対してなのだろうと自己完結した。
日が少し傾き、一体何時間ここに座っているのか自分でも分からなくなっても俺の足は一向に立ち上がろうとはしなかった。
立ち上がったところで明日への希望がない、これからの将来が見通せなかった。
静かに波打つ水面をただただ見つめていた。
「アル……」
不意に声を掛けられた。
声だけで誰なのかはすぐに理解した。
俺は振り返ることなく、すぐに強がるように返した。
「リオナ」
「家にまだ帰ってないって聞いて…………やっぱりここにいたんだね」
「あー……うん、悪いな心配かけたみたいで」
「全然そんなことないよ!そんなこと……」
気まずい沈黙が少しの間続いた。
俺のことを探しに来てくれたのはありがたいが、なんて声を掛けていいのか分からないのだろう。
まったく、リオナに気を遣わせるなんてらしくないことをしているもんだ。
「あ……あのね……アル───」
「いやぁリオナはスゲーよ本当!五ツ星だぜ五ツ星!!高レアリティだろうなとは思ってたからそんなに驚きはしなかったけどさ、やっぱり実際に顕現させるところはさすがというかなんというか!これで騎士団は間違いないわけだし、幼馴染としても鼻が高いというかさ!」
「う……うん…………でも」
俺はリオナの顔を見ることなく、早口に捲し立てるように言葉を繋いだ。
ずっと一人で考えていたことを吐き出すように、少しでも間を空けると嫉妬から嫌な事を言ってしまうのではないかと思い、リオナに対する賛辞の言葉を続けた。
「なんなら騎士団じゃなくてもっと地位の高い役職に就くこともできるんじゃないか!?レベル1であのスタータスなわけだし、今後の成長が楽しみだよな!あ、俺?俺のことは気にすんなよ。結局、俺の限界点はこんなもんだったってことさ!俺は俺でなんかいい仕事が無いか探すし、最悪冒険家として頑張るからさ!」
「ッ…………!!」
「知ってるかリオナ、有名な冒険家の中には神獣を使わないで剣一本でダンジョンを踏破した人もいるんだぜ?父さんから成人祝いに剣を貰ったし、俺もその人みたいに剣一本でダンジョンを踏破してみたりなんか───」
突然、ふわりと優しく頭を抱えられた。
リオナが俺を自分の胸に抱えるようにして包み込んでくれているんだ。
あったかくて、柔らかくて、落ち着くような甘い香りが鼻をくすぐった。
トクン……トクンとリオナの心臓の鼓動が微かに聞こえる。
「大丈夫……大丈夫だよアル……。私の前で強がる必要なんてないから……」
「ッ……!」
「そんなに自分を卑下する必要はないよ。私はずっとアルの味方だし……これからもそれは変わらないから」
涙が一粒溢れた。
一粒溢れた後は歯止めが効かなくなった。
今まで溜めていたものが全て決壊したように止まらなくなった。
「ごめんなぁ……!お、俺……絶対約束守るって言ったのに……!!リオナと一緒に騎士団に入るって言ったのに……!!」
「うん」
「悔しくてさ……!エルロンドの奴にも馬鹿にされて……!いつか見返してやるって思ってたのに……こ、こんな結果でさ……!」
「うん……大丈夫だよ。アルが頑張ってたことは、私が誰よりも知ってるから……」
「お、俺……どうしたらいいか分かんなくなってさ…………うわああああああああ!!!」
今までないくらいに泣いた。
成人したばかりだと言うのに、俺は女の子の胸の中で恥ずかしいぐらいに涙をこぼした。
そんな俺をリオナはいつまでも優しく抱き抱え、頭をゆっくりと撫でてくれた。
そしてナナドラもまた、俺に寄り添うようにピッタリとくっついてくれていた。
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