第59話 苦労

 伊織たちは予定通りに冒険者ギルドへとやってきた。

 冒険者ギルドの建物を見て結城詩織と瑞希が意外そうな顔をする。


「思っていたよりもずっと小さいのね……?」


「本当ね、ハインズ市の冒険者ギルドの方が何倍も大きかったわ」


 陽介と銀髪ツインテールも同じように意外そうな表情を浮かべて冒険者ギルドを見上げている。


 ハインズ市の冒険者ギルドの建物は三階建てで、フロア辺りの床面積は体育館ほどもあった。

 それに比べて目の前にある建物は二階建てで、フロア面積も四分の位置ほどしかない。


 結城詩織と瑞希が伊織を見て聞く。


「ここ、冒険者ギルドで間違いないのよね?」


「もしかして、ここが本店で大きな別館があるとかかしら?」


 二人とも王都の冒険者ギルドが辺境の地であるハインズ市の冒険者ギルドよりも規模が小さなことに納得していない顔である。

 それは陽介と銀髪ツインテールも同じだった。


 呆れたように伊織が言う。


「あのなあ……。冒険者の仕事の大半が魔物の駆除や素材集め、土木作業の手伝いや雑用なのは知っているよな?」


「いや、土木作業は初めて聞いた」


「土木作業もそうだけど雑用って……?」


 陽介と瑞希に続いて結城詩織と銀髪ツインテールも首を振った。

 伊織が疲れたように言う。


「魔物の駆除や素材集めが目立つけど、防壁の細かな修復作業や畑の手伝い、食材を確保するための狩りなんかが主な仕事になるんだ」


 ここまではいいか? と伊織が聞くと、四人がコクコクとうなずいた。

 それを確認して伊織が話を続ける。


「質問だ。王都に魔物が出ると思うか?」


「でないの?」


「異世界だから魔物がいると思っていたわ」


 結城詩織と瑞希の反応とは異なり、陽介と銀髪ツインテールは気付いたようである。

 陽介と銀髪ツインテールが言う。


「国の中心部だもんな、魔物はいないか」


「ハインズ市は辺境で魔物が生息する地域に接していたから魔物がたくさんでたのか!」


 伊織がうなずいて言う。


「その通り。同じように魔物から取れる素材や魔物が生息する地域に自生している薬草なんかは王都では取れない。当然、採取の依頼もない」


 素材や薬草が欲しければ、辺境の地にある冒険者ギルドへ発注するか、交易している商人に頼むのが普通だと告げた。

 四人とも伊織の説明に「もっともな話だ」とうなずく。


「土木作業や雑用は?」


「それも辺境に比べると少ない。いや、正確には仕事は多いが、専門の職人がいるから必要とされる手伝いは辺境よりも少ないんだ」


 辺境よりも王都の防壁の方が巨大なのでメンテナンスもより多くの人数が必要となる。

 しかし、その分専門の職人が集まっているので必然的に冒険者のような中途半端な技術しか持たない者に応援を頼むことは少ない。


 大勢の冒険者を必要とする土木作業など、河川の氾濫や地震などの災害からの復興作業くらいであろう。


「なるほどね」


「王都は畑や牧場もすくないから手伝いも要らないわよね」


 結城詩織と瑞希が感心した。

 その傍らで陽介が聞く。


「王都の冒険者って何をやって食っているんだ?」


「隊商が到着したときの荷下ろしとか、衛兵の使いっ走りとかみたいだぞ」


 伊織もその辺りはあまり詳しくはないと白状した。


「衛兵の使いっ走り? なにそれ?」


「江戸時代の岡っ引きみたいなものじゃいかしら?」


 結城詩織の疑問に銀髪ツインテールは日本で放映されていた幾つかの時代劇を例に挙げた。

 すると、三人が納得した顔をする。


「最上はその岡っ引きみたいなことをしている連中から情報を引っ張り出そうとしているってことね」


 瑞希の言葉に伊織がうなずいていう。


「それじゃあ、冒険者ギルドへ入ろうか」


「冒険者ギルドへは全員で入るのか?」


 アルマが馬車に残るのは決まっていたが、少女一人を残すのも気が引けたのか陽介が伊織に聞いた。

 銀髪ツインテールもアルマを心配する。


「女の子一人だと絡まれたりしないかしら?」


「アルマなら大丈夫だ。このなかで俺の次に強い。というか、多分、この王都で俺の次に強い」


「え!」


「そんなに!」


 結城詩織と瑞希が驚いてアルマを見ると、当のアルマは余裕の笑みでVサインを出してみせる。


「さあ、行くぞ」


「頼もしいな」


 陽介はそう言うと結城詩織の背に手をあてると、伊織に続いて冒険者ギルドへと向かって歩き出す。

 瑞希と銀髪ツインテールが慌ててそれに続いた。


 ◇


 冒険者ギルドの掲示板を見ていた伊織たち五人にギルド職員の女性が声を掛けた。


「見慣れない方々ですね。何か仕事をお探しですか?」


「王都ではどんな仕事があるのか確認していたところです。それと小耳に挟んだ勇者に関する情報があれば知りたいと思って立ち寄りました」


 伊織は、自分が国境を越えてきた他国の行商人で、一緒にいる陽介たち四人が専属の護衛であることを明かした。


「他国というと?」


「ハインズ市からきました」


 ノースレイル王国と国境を接する大国の商業都市から来たと知ると受付嬢の表情が変わった。

 荷下ろしの仕事があるかと探りを入れる。


「どのような品物を持ってこられたのですか?」


「塩と砂糖中心に食料と少々の雑貨です」


 伊織はそう告げると、


「私の持っている商品よりも勇者が拉致されたという噂を聞ける人を教えて頂けると嬉しいのですが」


 受付嬢に袖の下を渡す。


「衛兵の下で働いている者が夜には戻ります。彼らをご紹介するので飲みにでも連れて行ってあげてください」


 伊織は「ありがとうございます」とお礼を述べると、「そうそう」と思いだしたように仕事の話をする。


「リプトン商会に商品を搬入するのですが、手伝いの人を三人ほどご紹介頂けませんか?」


「直ぐにでしょうか?」


「できれば」


 見回したところ、ギルド内に冒険者らしき者が六人いた。

 仕事が入っているとしても、いまこの場にいるということはここから近いリプトン商会での搬入の手伝いくらいは出来るだろう、と踏んでの依頼である。


 早い話が袖の下だけでは彼女個人の懐しか潤わない。

 職員としての点数稼ぎもしておこうということである。


「三人、直ぐに集めます」


 ギルドの職員は踵を返して立ち去った。

 伊織のどうにいった対応に感心していた四人だったが、陽介が我に返って聞く。


「大丈夫なのか?」


 リプトン商会へ商品を納品するのは出発したときから決まっていた。

 しかし、先方へ何の連絡もなしにいきなり納品に行くことに陽介は不安になり、重ねて聞く。


「大手の商会なんだろ?」


「問題ない。立場はこちらの方が上だ」


「そうか……。なんて言うか、しばらく見ない間にお前って大人になったよな」


「それなりに苦労したからな」


 伊織のその言葉に四人は、自分たちがいままで苦労だと思っていた王城での監禁生活が苦労とはほど遠いことだったと改めて実感するのだった。

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しあわせのダンジョン ~ポンコツ美少女と始める地下世界のスローライフ ダンジョンマスター初心者ですが異次元の超科学と別世界の魔法があるので余裕です~ 青山 有 @ari_seizan

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