第39話 次の一手

 高萩たちのアジトを出た伊織とアルマはすぐさまオペレーションエリアへと転移した。

 古民家風の家屋へ向かいながら伊織がアルマに言う。


「高萩の――、あの男のスキルを見たか?」


「はい、見ました」


「あのスキル――、魅了に対抗できるアイテムがあったら教えてくれ」


「申し訳ありません。少し調べる時間をください」


「それと、俺とアルマに魅了のスキルが効かなかった理由も調べておいてくれ」


 実際につい先ほどの会話のなかでも高萩は伊織とアルマに対して魅力スキルを行使していた。

 しかし、幸いにも二人には効果がなかった。


 その理由が桁外れの魔力量なのか、自動防御スライムによる効果なのかは不明だ。


「分っかりましたー」


「もう一つ頼みたい」


「なんでしょうか?」


「この世界で異世界から勇者を召喚したとか、その手の召喚の痕跡や噂がないか調べてくれ」


「分っかりましたー」


 軽快な返事をするアルマに言う。


「俺は祖母ちゃんと連絡を取る」


「では、あたしは別室で調べ物に専念させて頂きます」


 逃げた、と思ったがそれもいまは見逃すことにした。


「頼む」


 伊織はそう言うとそのまま古民家の玄関を潜った。


 鑑定で確認できた高萩のスキルは三つ。

 魅了と身体強化と言語理解。


 この中で伊織が驚異と感じたものは魅了であった。

 誰彼構わずに濫用する可能性がある。


 伊織が最も懸念するのはグレイスとローラが高萩の魅了の餌食になることだ。

 重要なことは知らせていなかったが、たとえ些細なことでも二人の口から自分たちの情報が漏れるのは避けたかった。


 当然、対抗手段が必要となる。

 そのための調査をアルマに一任した伊織はいつものコントロールルームではなく執務室を兼ねた和室へと向かった。


 和室へ入るなり、伊織は多機能ブレスレットを操作して志乃を呼び出した。

 

 軽快な電子音が鳴り響く。

 などか鳴り響いたところで、空中に半透明のモニターが出現してそこに志乃の顔が映し出された。


「伊織ちゃん、元気だった?」


 満面の笑みでそう言ったあと、直ぐに伊織の雰囲気がいつもの違うことに気付いて真顔になる。


「なにか問題でも発生したの?」


「緊急で相談したいことが起こった」


 ただならぬ雰囲気を察したしのが言う。


「いいわ、話しなさい」


「陽介と詩織のことは憶えている?」


「二人とも幼なじみだったわね」


「その二人がこの世界に来ている」


「なんですって?」


「どうやら、どこかの国が俺が通っていた学校のクラスをまるごと召喚したらしい」


「きな臭いわね」


「どこの国か祖母ちゃんの方で分かるかな?」


「調べてみるけど、現地のことは現地で情報収集するのが最も確実よ」


「俺とアルマじゃ不安なんだ」


 自分たちでも調べるが不慣れなこともあり不安なので、志乃のネットワークでも調べて欲しいと頼んだ。

 そして、アルマにも調べて貰っていることだが重要事項であると判断した伊織が志乃に報告をする。


「召喚された生徒のうち一人が逃げ出してきて俺が現地拠点を置いている都市に来ていたんだけど、そいつ、魅了のスキルを持っていた」


「魅了ねえ、珍しいスキルを持っているわね」


「珍しいんだ」


「いっそ、仲間に引き入れたらどう?」


「能力的なことは知らないけど、信用できないヤツだし好きになれないんだよね」


「それじゃあ、しかたがないわね」


 信用できるか否かがだいじだからね、と志乃。


「口ぶりからして、召喚した国から逃げ出したのは高萩――、その魅了を持っているヤツだけみたいだったな」


「つまり、クラスの仲間を見捨てて逃げ出したか、そうせざるを得なかったかということね」


「まあ、前者だろうね。後者だったら俺と会ったときに俺やアルマに対して魅了スキルなんて使わずにクラスの仲間を助けだすことを提案してきたはずだよ」


 志乃は伊織の言葉に納得した。


「その高萩って坊やにはどこか遠くに行ってもらった方が良さそうね」


「高萩のことは追い追いかんがえるよ」


「伊織、ちょっと待って」


 志乃がモニターの向こうでなにかを操作している姿が映る。


「地球であなたのクラスがニュースになっているわ」


 伊織を含めた二十二人が行方不明扱いになっていると志乃が伝えた。


「俺もかよ! 祖母ちゃん、もしかして地球のこと放置してた?」


「ごめんねー。すっかり忘れてたわ」


 乾いた笑い声を上げる志乃に伊織が言う。


「話は変わるけど、高萩が俺とアルマに魅了を使ったけど、俺たちには効かなかった。理由を知っていたら教えてくれないか?」


「二人とも魔力量が尋常じゃないからね。魔力が多いってことはそれだけで魔法に対する耐性が高いってことよ。魅了なんてケチなスキルであんたたち二人をどうにかできるわけないでしょう」


「俺たちに魅了は効かないって理解でいい?」


「魅了や洗脳、幻惑あたりもあんたたちには効かないわ」


 何とも心強いことだと伊織は思う。


「俺やアルマのように魔力量が多くない人たちでも耐性を持たせたいんだけどなにか方法はないかな?」


「魅了耐性のアイテムなら普通に売っているわよ」


 あっさりと解決策が見つかった。

 伊織が拍子抜けしたように聞き返す。


「そうなの?」


「魅了にコロコロと引っ掛かっているようじゃ異世界なんて安心して歩けないわよ」


 それもそうか、と妙に納得する。

 志乃から魅了耐性アイテムを転送してもらう準備をしているところにアルマが飛び込んできた。


「後継者様、見つけました! 最近、勇者召喚を行った国がありました! ハインズ市から千キロメートルほど離れた……」


 空中のパネルに映し出された志乃に気付いてアルマが固まった。


「さすがだな、アルマ! こんなに早く探しだすとは予想以上だ!」


「アルマ、役に立っているようで推薦した私も嬉しいよ」


 アルマの心を癒やしてやろうという伊織の思いやりを察して志乃も柔らかな口調で彼女を褒める。


「お褒めにあずかり、光栄です!」


「それで、続きを頼む」


 有頂天のアルマに伊織がうながした。


「ハインズ市から千キロメートルほど離れたところにあるノースレイル王国の王都レイル市で、一月ほど前に勇者召喚が行われたそうです」


 時期も合致するし、高萩が逃げてこられる距離を考えても千キロメートルなら十分にあり得た。

 次の拠点とする都市が伊織のなかで決まった瞬間、志乃の音声が流れる。


「伊織、対魅了アイテムを転送したよ」


「ありがとう、祖母ちゃん」


 伊織はこの後直ぐに志乃から貰った対魅了アイテムをグレイスとローラに私に行くことを告げた。


「また困ったことがあったらいつでも連絡していいからね」


「そのときは頼らせてもらうよ」


 志乃との通信を切るとアルマに向き直って言う。


「まずはハインズしの拠点の防御を堅牢にする。その上でノースレイル王国の王都へ向かう」


 伊織の言葉にアルマが小気味の良い返事をした。

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