第38話 クラス召喚(2) ー別視点ー

「異世界からの来訪者の皆様、ようこそいらっしゃいました。私ども聖教教会とノースレイル王国は皆様を歓迎いたします」


 壇上から凜とした声が響いた。

 声の主は美しい容姿をして二十代前半の若い女性。


 陽介の視線が女性から周囲へと移る。

 周囲の状況をあますことなく捉えようと激しく動き、彼の思考が目まぐるしく働く。


「いまの、聞いた……?」


「ああ」


 詩織の不安げな声に陽介は短く答えた。


 あちらの話す言葉が理解できることに安堵する。

 周囲を神官と武装している兵士に囲まれているが、こちらに敵意を向けていると言うよりも警戒し怯えているように見えた。


 陽介は、相手を不用意に刺激しない方がいいと結論付けた。

 幸いにして、暴力に訴えたり暴言を吐きそうなクラスメートがまだ登校していなかったことに胸をなで下ろす。


 他の生徒たちも不安げに周囲を見渡し、ポツリポツリと会話をする。


「いま、異世界って言ったよな?」


「ああ……」


 不安げなささやきがそこかしこで上がるなか、一人の男子生徒が挙手をして発言の許可を求めた。


「私は大内亮一です。質問をしてもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 壇上の女性が発言をうながす。


「あなた方はどなたですか? そして、ここがどこか教えて頂けませんか?」


「私はノールスレイル王国の第一王女、カリスタ・ノースレイルです」


 答えたのは先ほど歓迎の言葉を発した女性である。

 彼女は周囲の兵士は王族である自分やこの場にいる高位の神官を守るために配置された廃止であること述べ、自身がこの場の責任者でもあることを付け加えた。


「先ほど召喚を成功した、という言葉が聞こえました。聞き間違いでないのでしたら召喚の理由を教えてください」


「怪我をされている方もいらっしゃいます。先ずは傷の手当てをさせて頂きましょう。それと、いまこの国では流行病が蔓延しています」


 大内の質問をカリスタ王女が笑顔でかわす。

 質問をかわされたことよりも、たったいま彼女の発言した内容に意識が向けられた。


「それは致死率の高いものですか?」


「残念ながら致死率の非常に高い病気です。ですが、ご安心ください。それを防ぐ魔法がございます」


 広がりかけた不安とどよめきをカリ王女王女が収めた。


「魔法だって」


「やっぱり魔法があるんだ!」


「本当かな?」


「いま、魔法って言ったよな?」


 数人の生徒が互いに顔を見合わせ、ささやき合う。

 そのなか、予防接種のような者だろうか、と思いながら大内が確認する。


「その魔法を施せば病にかからないのですか?」


「ご安心ください」


 カリスタ王女が優しげな笑みを湛えてうなずいて、話を続ける。


「詳しいお話と病を防ぐ魔法は移動してからにしましょう」


「出来れば、先に病を防ぐ魔法をお願いできませんか? 我々が異世界の人間ならあなた方よりもこの世界の病に対する抵抗が低い可能性があります」


「分かりました。では、皆さんお一人ずつに魔法をかけさせて頂きます」


 カリスタ王女が妖しく微笑んだ。


 ◇


 三年二組の生徒二十三名は体育館ほどもある大広間へと案内されていた。

 大広間には幅二メートル長さ五メートル程のテーブルが五つと人数分の椅子が十分な余裕を持たせて用意されており、テーブルの上には生徒たちに宮廷料理を連想させるような様々な料理が高価そうな食器に盛られていた。


「なんだか気になるな、これ」


 男子生徒の一人が首筋にある五百円玉ほどの大きさの魔法陣をスマホのカメラで写していた。


「なんだか格好悪いけど、これがないと死ぬかも知れないんだし我慢するしかないだろ」


「それもそうだな」


 カリスタ王女が中央に配置されたテーブルの上座へと着席すると、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。


「異世界からの来訪者様方、簡単な食事を摂りながら、ごゆるりとお寛ぎください」


「食事よりも説明をお願い致します」


 大内が緊張した声でカリスタ王女に説明の続きを求めると、数人の生徒の間から大内の意見を支持する声が上がる。


「分かりました。先ずは落ち着かれてから、と思っておりましたが説明が無ければ落ち着かないのも道理。今からご説明をさせて頂きます。もしご質問があれば都度お答え致します」

 

 カリスタ王女はそう言うと、穏やかな口調で語り出す。


「この世界を我々はアスガルと呼んでおります。そして、この我々の住むアスガルと同じような世界が無数に存在する事も知っております」


「ちょっと待ってくれ! ここは本当に地球じゃないのか? それに日本語が通じるのはなぜなんだ?」


 男子生徒の一人がカリスタ王女を睨み付けた。


「上杉! 相手は王女様だ、いくら何でもいまのは失礼だろ」


 大内に続いて、数人の生徒が上杉をたしなめると、彼も大人しくなった。

 女生徒の一人――、北条綾子が上杉に代わってあやまる。


「申し訳ありません。私たちは王族と接する機会がなく育ちましたので無礼な態度を取ってしまい申し訳ございません」


「いいえ、気にしておりません」


 カリスタ王女はそう言って、話を再開する。


「皆様がどのような世界からいらしたかは我々も存じ上げません。同じような世界が無数にあるのは知っていますが、それがどのような世界なのか、幾つあるのかは我々も知りません」


「では、何でそんな世界があると知っていんですか?」


 と大内。


「過去の文献がそれを教えてくています。偉大な先人たちの経験と知恵のたまものです」


 過去の文献、先人たち といった単語を聞いた瞬間に嫌な予感を覚えたのは陽介だけではなかった。

 大内も含めて何人かが眉をひそめる。


 もう、地球に戻れないんじゃないのか?

 そんな思いが二十三名の生徒たちの間に広がる。


「私たちは元の世界に、自分たちの世界に帰れるのですか?」


 誰もが聞きたかった質問。

 しかし、誰もが躊躇した質問を大内が顔を青ざめさせながら聞いた。


「残念ながら我々も皆さまを召喚する事は出来ましたが、元の世界にお帰り頂く術を知りません」


 予想していた答えが返ってきた。

 たちまち、生徒たちの間に動揺が広がる。


「そんな、あんまりじゃないですか!」


 女生徒の責めるような言葉にカリスタ王女は酷薄な笑みを浮かべる。


「酷い話だというのは理解しております。罵声を浴びる覚悟も出来ております。もし殴りたいと言うのでしたらお殴り下さい。ですが、皆さんは我々の言うことを聞くしかないのだと理解だけはしてくださいね」


「言うことを聞くしかないって……」


 大内は怖くなってその先を口に出来なかった。

 他の生徒たちも同様になにも言えずにカリスタ王女の酷薄な笑顔を見詰める。


「皆さんの首に付けた紋章は奴隷紋です」


「奴隷、紋……」


 誰かがつぶやいた。

 その言葉は最悪の事態を彼らに連想させる。


「酷い……」


「ふざけるなよ!」


 泣き崩れる者や叫き散らす者を眺めてカリスタ王女が勝ち誇ったように笑う。


「はははははは。いまさらなに泣こうが叫こうがどうしようもありませんよ。あなた方は私の奴隷なのですから」


「消せないのか……」


 呆然とつぶやく大内にカリスタ王女が言う。


「ええ、それを消す術はありません。残りの人生を我が国のために捧げなさい」


「俺たちになにをさせようと言うんだ!」


「戦争の道具として働いて貰います。あなた方異世界人は優秀なスキルを持っていますからねー」


 いまにも叫びだしそうな大内に向けてカリスタ王女が挑発するように笑う。


「いや、そんなの嫌ー!」


「冗談じゃねえ!」


 騒然とするなかカリスタ王女に殴り掛かろうとした一人の生徒が、


「うがー! い、いてー! いてーよー!」


 突然苦しみだして床を転げ回りだした。

 生徒たちの視線が苦しみ転げ回る男子生徒に注がれる。


「言っておきますが、奴隷紋を刻まれた者は主に絶対に逆らえません。もし逆らったら全身を激痛が襲います。最悪は死に至りますから行動は慎重になさってくださいね」


 彼女は高笑いをした後で優しげに微笑んで言う。


「言うとおりにして功績を上げれば酷い扱いはしませんよー。それこそ、貴族並みの待遇をお約束します」


「飴と鞭かよ……」


 苦々しげにつぶやく陽介に詩織が言う。


「あたしたち、これからどうなるの……?」


「少なくともお客様として扱って貰うのは無理だろうな」


 当たり散らす者はもういなかった。

 絶望して呆然自失とする者、抱き合って泣く者、怒りを内に秘める者と様々である。


 その中にあってたった一人、安堵と優越感に口元を綻ばせる男子生徒がいた。

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