第6話 紅月-6


           * * *


 ―――とんでもない、新入生だったんだね。

 お兄ちゃんがいたし、あんまり男が怖いとか思わなかったのね。まだまだ、子供の感覚でいたのよ。


 ―――それで、どうしたの?

 とりあえず体操服に着替えて、グラウンドへ行ったの。そしたら、びっくりしたわ。草ボウボウで、デコボコだらけ。マウンドも変形してるんだもん。


 ―――へぇ。嫌になんなかった?

 全然。むしろ、気が楽だったわ。部員が少ないから、あたしがレギュラーになる可能性も高いし、一から始められるっていうのが、何よりも楽しく思えたの。


 ―――そんなもんかな…。

 そんなものよ。


          * * *


 グラウンドに足を踏み入れて、由起子は見回した。あちこちから雑草が生え出していて、どこがダイヤモンドかもわからなくなっている。やや小高いところがマウンドのようだったが、近づいて見てみると窪みに雨水が溜まっている。あちこちに石ころが転がっている。それにどう見てもデコボコだらけで平らには見えない。呆れながら、少し思案すると、取り敢えず草むしりを始めた。意外と根強い草に悪戦苦闘しながら、一体いつからこんな状態なんだろうかと考えていた。どうにも抜けない草を諦めて手のひらを見ると、擦り傷だらけでひりひりしていた。そこで、一旦手を休め、作戦を練り直した。

 用務員室に駆けていき、スコップと鍬を借り出した。それを使って片っ端から堀り始めた。どうせ後から整地するんだからと思い、次々に草を掘り起こしていった。しかし、夕暮れが近づいてきてもまだダイヤモンドすら終わらなかった。とりあえず、その日はそこまでにしておいて、帰宅することにした。

 翌日も、その次の日も、とにかく土を掘り起こして草抜きに奔走した。甲斐あって三日で目立った雑草は除くことができた。

 マンドに立って見回すと、ネット裏に何人かの学生が立っているのが目に入った。それが青木らだと気づいた由起子は急いで駆けて行った。

「どうです。きれいになったでしょ」

そう言われた三人の不良は、唖然としながら由起子を見た。

「どう?」

少し不安に襲われた由起子は、様子を伺うように訊ねた。黒田が舌打ちをしながら言った。

「オマエなぁ、こんなに、掘り起こしてどーするんだよ。吉村さんに見つかったらシバカれるぞ」

「ちょっと、ひどいな」

青木の言葉にも由起子は落胆した。こんなに頑張ったのに、という思いが由起子の口を動かした。

「でも、雑草もなくなったし、見てて下さい。きれいにしてみせます」

「無理だよ」

「大丈夫です」

「無理だよ、オマエひとりじゃ」

「え?」

「手伝ってやるよ。さぁ、やるぞ」

「おう」

そう言うと、三人はグラウンドに入ってきた。呆然として立っている由起子の手からスコップを取ると、川村はにやりと笑った。

「こういうのは男の仕事だ」

三人は手早く散らばると由起子の掘り起こした穴を埋め始めた。由起子は楽しくなってグラウンドに駆け入った。そして雑草の束を集め始めた。きっと、野球部は復活する。きっと、お兄ちゃんに挑戦できる。そう思った。

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