閑話

第36話 結姫の憂鬱 ~モノローグ

 都の空が薄い茜色に染まろうとする頃、時を知らせる寺の鐘が波の様に柔らかく鳴り響いていた。

 平安宮の丹念に手入れされた庭園をながめていた一人の女官が、大きな溜息ためいきをついた。


於結おゆいさまっ!」

「於結さまっ!」


「お・ゆ・い・さ・まっ!」


 はっ!と同僚の女官の呼びかける声に、ひとり考え事をしていた於結は驚いた。


「どうなされたのですか?」

「ぼおっとされて・・・」

「悩み事でも・・・」

 

 噂話うわさばなしのネタを求める女官のその好奇心に輝く瞳が、於結の顔に近づいてくる。


「もうすぐ、あのような素敵な殿方とのがたとの婚礼こんれいでしょう」

「何を悩んでいるのですかあ?」


「・・・・・・」

「はあああっ」

 於結は額に手を当てると、物憂げに大きな大きな溜息をついた。


 ◇

 手に入れた小槌こずちの不思議な力で、古那こなにかかっていた封印が解け、ついに念願である元の大きさの体に戻ることができた。

 いつも自分の着物の胸元に収まっていた、あのちっちゃなちっちゃな、愛らし古那は自分だけの存在だと思っていたのだが・・・。

 

 ところが、古那の体が元の姿に戻ったとたん、古那の争奪戦そうだつせん大事おおごとなのである。

 まずは於結の父親である中納言・藤原兼光が動いた。

 早々に娘・於結ゆい古那こなの間を取り持つと、二人の婚約を取り付け、承諾しょうだくさせた。

 そして古那に官位かんいを与え、破格の待遇で自分直属の配下にむかえ入れたのだ。


―――たしかに父上様らしいけれど・・・


 義父から仕事を押し付けられた古那は、何日も屋敷に返って来ない程に多忙な毎日である。


 鬼娘の朱羅とて、あれほど古那の事を師匠、師匠と敬い?接していたのに・・・。

 今は片時も離れ様としない、しかも同じ部屋に寝泊りする程の仲である。

 

―――まあ以前から同じ部屋には寝ていたけど・・・


―――年頃の若い娘が・・・少しはひかえなさいっ!!


 屋敷で働く家人の娘や宮廷の女官たちの間でも突然、宮中に参内さんだいし姿を見せる様になった古那について、「絵草子えぞうしから現れた様なな殿方」ともっぱらの好評判である。

 これは頼政のあに様が原因・・・。あに様に連れられ毎晩の様に屋敷を出て行く。


―――そしてっ!

―――突然現れた、あの静香しずかという白拍子しらびょうしっ。

―――あの日の二人の再会は・・・

―――二人の熱烈な抱擁ほうようは何なのっ!

 

 古那の顔を思い出すと「もうっ!」と於結は、着物から覗いた首もとを薄く赤らめ、腹立たし気にっぺたをふくらました。

 於結の小さな拳が、目の前に浮かぶ古那の笑う面影をポクリッと殴った。


―――もうっ古那あいつはっ!

 

 

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