第18話 破魔矢を放つ 前編

 宮廷に隣接する官邸の一室で溜息をつきながら頭を抱える男がいた。

 背が高く面長で気品の漂う顔立ちは、官位の高い貴族だと一目で判る。


「はあああ」


 深いため息が漏れる。

 

―――儂は本当に運が悪い。何故!この家系に生まれたのだ・・・

―――何故!こんな時代に生まれた・・・

―――今まで順風満帆な日々であった。毎日のように本を読み、美しい四季を観ては

 大好きな和歌を作る・・・・

―――先日も宮廷の歌会で儂の作った歌が皆から絶賛され注目を集めた。来月には儂の和歌集も出版する。


―――はああああ。こんな時に・・・


 ガタリッと部屋の戸が開き一人の若侍が部屋に入ってきた。

 丸めた背を見て、部屋に入って来た若侍は声をかける。


頼政殿よりまさどの。灯りも点けず何をしているのです」

 

 背を丸め、頭を抱えた男は、ゆっくりと声をかけてきた若侍を振り返る。


「小十郎・・・大変な事になってしもうた・・・」

「そなたと儂の間柄じゃ・・・相談にのってくれぬか?」


 情けない声で返答する。

 頼政よりまさと呼ばれた男は、渡辺小十郎の手を取り哀願する。


「お話は聞きますが・・・」


 頼政は待ってました、とばかりに話し始めた。


「小十郎も知っておろうが・・・」

「昨今、宮廷の奥、西の帝の寝所に”魔物”が表れる様になったのじゃ」


「姿を見た者はおらぬが・・・夜な夜な不気味なけものの鳴き声が聞こえる」

「女官たちは恐れて寝所に近づく事も出来ん」


 頼政は首をすぼめゴクリとのどを鳴らす。


「事もあろうに・・・」

「帝からこの儂に”魔物”退治の勅命ちょくめいが出たのじゃ」


「儂は今、左京権太夫の役職と言っても政務を預かる御役目・・・」

「危険な御役目はごめんじゃ」

「確かにな・・・確かに多少は腕に自信があるが・・・」

「”魔物”は管轄外かんかつがいじゃ」

「女官殿たちからものう・・・」

「この依頼を断る様に言われたが、そんな事ができるはずがなかろう・・・」


「そこでじゃ!今、評判の小十郎に知恵を貸してもらいたいのだ」


 この男、小十郎と同じく200年前に魔物退治で活躍した英雄・源頼光の子孫である。

 ”源頼光の子孫であれば”と今回の”魔物”退治の白羽の矢が立ったのだ。

 二人の歳は一回り程も違うのだが先祖の武勇伝を背負って生きる者同士である。また同じ剣の師匠の元で修行した旧知の仲である。


―――確かにこの人物は武人というよりも文人の方が似合う男である。

―――ご先祖様は英雄と語られる人物だが・・・


「何を言われるか! 頼政殿ほどの御人が・・・」

「頼政殿には、源氏の統領として朝廷軍を率いて頂かねばならぬのですよ!」


「はあああ・・・」


 頼政が力無く肩を落とす。


 小十郎が腕を組みながら言う。


「心当たりが一人おりますぞ・・・」

「頼政殿の力になってくれる人物が・・・」


 と、小十郎は肩を落として悩む頼政の肩を力強く叩いた。


◇◆◇◆ 伝説の大弓

 次の日。早速、小十郎に連れられた頼政は、古那が居候いそうろうする中納言・源兼光の屋敷へ向かった。

 頼政は、小十郎の妙に自身有り気な言葉に安心したのか、昨日の落ち込んだ表情と違い多少元気を取り戻していた。

 この雅な姿の宮廷官吏が二人そろって町中まちなかを歩くと町の娘たちがにわかにざわめきたつ。すれ違う娘たちは顔を隠す様に道を空けた。一人は精悍せいかんでクールな若武者ぶり、一人はすらっと背の高い上品なイケメンである。頼政は町娘にニコリと笑顔を返し通り過ぎる。


「小十郎。ここは・・・中納言様の御屋敷ではないか・・・」


 と驚く頼政を横目に小十郎が先導して門をくぐる。

 頼政も意を決し小十郎の後に続いた。


 ◆

 小十郎と頼政そして古那、何故か於結も興味あり気に同席して話を聞く。

 頼政は宮廷で起こっている魔物事件の情報を自分の知る限り説明する。


「私もその御話しは聞きました」


 於結が話しに割り込む。


「奥院に夜な夜な表れては不気味な声で鳴くとか・・・」

「皇女様も気味が悪いと心配しておいででした」


 於結が声をひそめてささやく。


「九尾の狐が復活したとか・・・」


 三人の男たちは、目の前で瞳を輝かせて語るこの噂好うわさずきの女官顔をした娘に何やら言いた気である。


「まあ大体の話は分かった。ここは俺が宮中に忍び込み”魔物”の正体を探ろう」

「早速、今晩にでも宮中の奥院に忍び込むとしよう」


 小十郎と頼政は、平然と語る古那の様子を互い苦笑した顔で見合わせた。


「ところで、頼政殿の腕前はいかほどか?」


「・・・」

「儂も幼少の頃より一通り武術はたしなむが・・・」

「剣より弓のほうが得意なのだ」

 

 持参していた包み袋を開け、中から弓矢を取り出すと古那の前に置いた。


「ほう~。見事な大弓だ」

 

 人の背丈よりも長い立派なこしらえの大弓である。


「これは我が源家に伝わる弓矢じゃ」

「かつて御先祖様は、この弓矢で”魔物”を討ったと伝え聞く」

 

 目を凝らして弓矢を見ていた古那であったが、渋い顔で頼政に言う。


「んんん~。この弓矢は・・・死んでいるな・・・」

「既にその法力を失ったか、あるいは力を封印されているか・・・」

「この弓矢では・・・”魔物”はつらぬけまい」


 と腕を組む。

 話を聞いていた小十郎は驚いた表情であったが、頼政本人は差ほど驚いていない。


「儂も幼少の頃より弓の鍛錬を行い、武具の目利きもする・・・」

「確かにこの弓矢は破壊力のある剛弓ではあるが・・・」

「それ以上では無いと思っていた・・・」


「この弓矢が無ければ、”魔物”を討てないではないですか!」


 於結の一言で一同口をつぐむ。

 古那は一指し指と中指を口に当て、何か真言を唱えると目の前の弓を二本の指で撫でる。


「まあ。まだ正体も分からぬのだ・・・」

「まずは敵の正体を見極めるとしよう」


 

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