第17話 英雄の名を継ぐ剣士

 屋敷の門前で馬が一声高くいななくと一人の若いさむらいの男が、はかますそをまくり上げ、渡り廊下をバタバタと踏み鳴らし駆け込んで来た。


「姫様っ!」

「姫様っ!」「ゆい姫様っ!」


 あわてた様子で大声をあげ、部屋に飛び込むなりその若侍は、於結おゆいの前に平伏へいふくし肩を震わせた。


ゆい姫様が魔物に襲われたと聞き、飛んで参りましたっ!」

「お怪我は!お怪我はございませぬのか!」

「申し訳ござらぬ・・・拙者せっしゃが姫様の御側おそばを離れたばかりに・・・」


 若侍の男は、わびびを言いながら又、床に平伏した。

 於結は慌てて平伏する若侍の肩を抱き起こし、大きな瞳で若侍を見た。


「父上の御仕事を手伝っていたのだから仕方ない事だわ」


 とさとす様な口ぶりで若侍の目を見る。


「私は、ほら・・・この通り元気よ」


 と、赤い着物のそでを両手で広げ、小さく首をかしげながら大きな瞳でニコリと笑う。

 若侍もいつもの元気な声を聴き安心したのか、安堵あんどした顔で於結の顔を見返した。



 この慌てて飛び込んで来た若侍は、於結の父である中納言・藤原兼光の配下で、於結の身辺警護も兼任する剣士である。

 若い剣士に似合う藍色あいいろの着物に銀織りの帯留おびどめめ、白い薄衣をはおり、その丹精せいたんな顔立ちは貴族の風格を濃く引き継いでいる様に見える。切れ長の静かな目は、冷たい印象を感じさせるが内面からにじむ闘志の強さと剣で鍛え上げられた実力がさそうさせているのだろう。

 一瞬、殺気の様なもの感じたのか若侍はススッと体を引いた・・・

 鋭い目配りで殺気を放つ原因をさぐる・・・


「ガシャ」


 反射的に腰の短刀に手をかけると跳躍できる様にスルリと体を動かした・・・


「何者!」


 於結を自分の背にかばう様に一歩前に踏み出し肩を入れる。


「ふっ」


 男の声がした方に向き直り構える・・・

 若侍は声の主を確認した瞬間、目を見開いた。


 ―――奇怪な風体ふうてい・・・この闘気!


 その瞬間。目の前にキラリと光る物が飛来する。

 於結をかばう様に動くと腰の短刀を横一閃抜き放った。


「キン」


 金属のぶつかり合う音・・・


 ―――何を斬ったのか・・・抜き放った短刀には斬った手ごたえが無い。


「・・・」

「もうっ!古那やめなさい!」

「小十郎も太刀を収めなさい!」


 於結があきれた様子で叱咤しったする声に部屋の中が静まりかえる。


「・・・」

「ふふふっ」

「於結から、お主の話は聞いていたが・・・なかなかの手練てだれだな」

「それに・・・良い短刀を持っている」


 ニヤリとする古那に対して於結は、ほほふくらませる。



 この若侍の名は、渡辺小十郎。摂津源氏せっつげんじの血を引く者である。

 以前は、帝の御側近くで衛兵をしていたのだが、於結の父に剣の腕前を買われ、今は朝廷の兵部省・兵衛少尉として抜擢されその任に就く。朝廷からの要請があれば小隊を率いて各地の戦に赴く事もあった。

 そして、この若侍・・・200年前に”鬼退治”で名を馳せた”渡辺源次・綱”の子孫であり、”鬼切の短刀”を受け継ぐ者である。



ゆい姫様!」

「これはいったいどういう事ですか!」


 小十郎は事情をのみみ込めず、於結に迫る・・・


◇◆◇◆ 鬼武者

 帝都に沿って流れる鴨川の東岸。

 五条大路から七条大路にかけて六波羅ろくはらの地がある。

 六波羅は、帝のくらいを退位した上皇様が院政いんせいを行うと定めた地である。

 先の朝廷内での権力争いで多くの血を流し、勝利した平家は一気に勢力を増し、今や権力と武力で朝廷の力をしのぐまでとなっていた。

 そしてこの六波羅の地が、都を武力で支配する平家の本拠地であり、まつりごとの中心が六波羅に移ろうとしていた。


 今、都でささやかれるうわさ・・・


 ―――夜な夜な・・・六波羅に甲冑姿の鬼武者が太刀を振り上げ襲って来る。


 六波羅の地は慌ただしくなり、夜になると街路には毎晩のように篝火かがりびが焚かれ警備が厳重となった。


 ◆

 渡辺小十郎は朝廷の勅命を受け、隊を率いて六波羅に出向いていた。

 ひっそりと静まりかえる夜中。

 街路に焚かれた篝火かがりびまきが燃え尽きそうにチリチリと音を立てる。

 既に日が変わったであろうか、生温かい風が柳の木々を揺らしていた。

 カチャリ、カチャリと甲冑がこすれ動く音・・・異臭が風に乗って兵士たちの体にまとわりついた。

 甲冑の音はこちらに近づいて来る・・・

 小十郎は、寒気を感じ警戒しながら腰の太刀に手をかけた。

 薄っすらと黒い影が薄明かり浮かぶ。

 黒い甲冑姿に面頬めんぼうを付けた武者の姿が浮かび上がる。

 無機質な面頬めんぼうの奥からのぞく、冷たく光る赤い目が不気味に小十郎をにらんだ。

 その姿を見た兵士たちに動揺がはしる。 


「おっ鬼武者じゃ」「鬼武者じゃ」

「・・・」


 槍を構えた兵士の数人が後退りする。

 既に何人か斬って来たのか? 刃こぼれした太刀に血が滴り流れていた。


「・・・」


 鬼武者は、人の生気せいきを求める様に兵士たちをにらんだ。


「・・・」

「魔っ魔物じゃ!」


 兵士はゴクリッとのどを鳴らす、全身の毛穴が逆立ち、首筋に悪寒おかんが走る。


「・・・」


 動揺する兵士たちの真ん中を割って、一人の若武者が前に出る。

 若武者は重心を少し落とすと腰の太刀をゆっくりと引き抜き、切れ長の鋭い目を鬼武者に向けた。


「・・・」

拙者せっしゃやるる!」


 太刀を構える若武者・渡辺小十郎が名乗りを挙げ、頭上に太刀を構えた。


「・・・」

「たっ隊長!」


槍を構えた兵士たちは、鬼武者から放たれる異様な殺気と小十郎の闘気を察し、二歩、三歩と後ろにさがる。


「・・・」

「キエッエエエッ」


 耳に刺さるけものの雄叫びが鬼武者から放たれる。

 鬼武者は太刀を頭上に構えると、無造作に小十郎に突進して来る。


「・・・」


 ザンッと黒武者が頭上から太刀を振り下ろす。


「・・・」


 小十郎は頭上に振り下ろされた太刀を受けず、スルリとかわす。

 と同時に鬼武者の振り下ろされた右腕を斬り落とした。


「ドスンッ」


 鬼武者の右手が地面に落ちた・・・


「おおおおっ」


 小十郎の流れる様な動きに後ろの兵士から声が上がる。

 小十郎は、返す太刀で鬼武者の首を薙ぎ払おうと狙う。

 が、一瞬ためらい前に踏み込もうとしたが、素早く後ろに跳躍する。


「・・・」


 鬼武者の斬った腕先がモゾモゾ動く。へびに似た生き物がポトリ、ポトリと地面に落ちた。

 地面に落ちたへびは頭をもたげると鋭い牙をいた。


野槌のづちか!」 


―――猛毒を持った蛇。


 小十郎の声に反応したかの様に一匹の野槌のづちがクネクネと地面をい襲いかかる。


「シッバッ」


 襲いかかる野槌のづちけながら斬り上げる・・・

 ボトンッ・・・ボトンッ・・・両断され地に落ちた。


「シッ」「シッ」


 二匹が同時に襲いかかる・・・牙を剥き大口を開け、顔に襲いかかる野槌。

 一振りで二匹を薙ぎ払う・・・


 シュルシュルと足元に近づいた野槌の頭めがけ地面へと突き刺す・・・


 太刀に刺さった二匹の野槌は動かなくなった。


「ふうううう・・・やってくれる・・・」と溜息をつきながら


 足の裏で太刀に刺さった野槌を抜く。そして太刀素早く振り、血ぶりをする。


「斬ると不味まずいのか・・・」


 鬼武者は残った一本の腕で太刀を振り上げると、無雑作むぞうさに襲って来る。


 太刀で薙ぎ払う。


 小十郎は、大きく息を吸い込んだ・・・


「これなら!どうじゃあああ!!」


 重心を落とし体をかがめると、鬼武者に向かって跳躍する程に踏み込む。


「ズズズッ」


 太刀を振るうと鬼武者の残りの腕を斬り払う・・・

 そして左手で腰の短刀を素早く抜くと、鬼武者の眉間に短刀を突き立てた・・・


「ギイイイイ」


 けものの短い悲鳴とともに鬼武者は痙攣けいれんし動かなくなる。

 鬼武者の体がらいだかと思うと・・・何かが空中に飛び出す・・・

 鬼武者の禍々まがまがしい殺気はスッと消え、体は砂の様に砕けて行った。


 争いの跡の散乱した松明の火は消え、静けさだけが闇夜を包んだ。

 

◇◆◇◆ 和解

 三人は於結の部屋に集まっていた。

 小十郎が先日退治した鬼武者について古那に聞く。


「古那殿。あれは何だ?」


 腕を組んで思案する。


「話からすると・・・狐憑きつねつきだな」

「普通は生身の人間にとり憑くと言うが・・・」

「亡くなった武者にとり憑いたようだ」


「どうやら、六波羅の地に恨みを抱いたヤツがいるな」

「さらに野槌のづちを操り住まわせているとは・・・厄介なヤツだ」

 

 目を丸くして聞いていた於結。

 急いで開いていた古文書をめくり確かめる。


「しかし・・・我が家に伝わるこの短刀を始めて”魔物”に使こうたが・・・」

「本物だった・・・」


 内心驚く小十郎に古那があきれた様に言う。


「当たり前だ。その短刀は・・・一国に値する”鬼切りの短刀”だぞ」


 小十郎が短刀の刃を真剣に見つめる。


―――この短刀を振るい、御先祖様は魔物退治の伝説を創ったのか・・・


 ◆

 短刀を熱心に見る小十郎の顔を於結がうれしそうにながめていた。

 於結は思い出した様に笑う・・・ふふっ。



 渡辺小十郎は、宮廷の仕事が非番になると於結の屋敷にやって来る。

 小十郎と古那が二人で連れ立って出かけると、いつも擦傷だらけで戻って来る。

 今まで無口な印象の小十郎であったが、古那と接する様になって口数が増え、笑顔が増えた・・・古那に似て於結に対する言葉使いも多少砕けてきた。


―――きっと古那の影響だわ・・・でも・・・ちょっとうれしい・・・


 兄の様な存在の小十郎に少しだけ近づけた様な気がした。


 古那と小十郎が初めて会った日・・・あの時もこの部屋で三人、膝を突き合わせ座っていた・・・

 ドンッと小十郎が自分の膝を打ち鳴らす。


「ふうっ」

「大体の事情は解りましたが・・・よろしいのですか・・・」


 事情を聞いた小十郎はひたに拳を当て、大きな溜息を吐き、観念した様子でうな垂れる。

 於結が小十郎に向けるキラキラした瞳を見て、小十郎はまた深い溜息をついた・・


「・・・」


 三人の中央に置かれた徳利とっくりを於結が持ち上げ、トクトクと目の前の盃に注いだ。

 甘い芳醇な香りが部屋に漂う。


「これは俺が造った薬酒だ。飲んでくれ!」


 古那は大きな盃を両手で持つと一気に飲み干し、床に置いた。


「はあああ~!・・・小十郎よ!・・・今度は真剣勝負しようぞ・・・」


 ニヤリと笑うと、ギンッと自分の闘気を小十郎に放つ。

 肌に刺す闘気に「ふっ」と唇を緩める小十郎。

 小十郎も左手で盃を手に取ると一気に酒を飲み干した。

 腹の中が一気に熱くなり、脳天まで血が駆け上がる。


「私も古那の体を元に戻す!」


 と於結が二人の様に盃を取ると一気に酒を飲み干した。


「あれれっ」

「あれれっ」「あれれっ」

ゆい姫様っ!」


 駆け上がる高揚に於結の目が回る・・・

 慌てた小十郎が床に寝転がった於結に詰め寄った。


 於結は小十郎と古那をチラッと見ると又、思い出す様に笑った・・・ふふっ。




 

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