First Christmas

九戸政景

First Christmas

 雪も降り出し、寒さで温かい物が欲しくなり始める12月のある日、昼食後にクラスメートの神代陽かみしろあきらと話をしながら廊下を歩いていると、陽は両手を頭の後ろで組みながら退屈そうな表情を浮かべた。


「はあ……なんか面白い事でもねぇかなぁ」

「面白い事って……例えば?」

「そうだな……強いて言うなら、漫画の中のような出来事だな」

「漫画の中のような出来事、ねぇ……流石にそんなの起きないだろ」

「だよな……あーあ、それじゃあ帰ってから妹とその彼氏を弄って遊ぶか」


 少し残念そうな声で言う陽に対して俺は小さく溜息をつく。


「お前なぁ……そんな事をしてると、妹さんからまた怒られるぞ? この前だって怒られたばかりなんだろ?」

「まあな。けど、アイツらはからかうとスゴく良い反応をするんだよ。だから、俺はアイツらをからかうのを止めない」

「……はあ、どうなっても知らないぞ」


 陽の言葉を聞いて呆れ気味に言った後、俺は顔を前に向けた。すると、少し離れたところで窓から外を見ながら暗い表情を浮かべている女子生徒が目に入ってきた。


「ん、あの子は……」

「どうした──って、ああ、アイツを見てたのか」

「ああ、なんだか暗い表情なのが気になってさ」

「おおよそ、何かあったんだろうけど、たしかに少々気になるな。せっかくだし、話くらい聞いてみるか。もしかしたら、独り身のお前の将来の伴侶になる人かもしれないしな」

「……もうツッコまないからな。さて、それはさておき行ってみるか」

「ああ」


 陽が返事をした後、俺達は暗い表情をしている女子生徒のところへと向かい、その隣で足を止めてから声を掛けた。


「なあ」

「はい……って、あの……貴方達は?」

「俺は聖山樹ひじりやまいつき、こっちはクラスメートで友達の神代陽だ」

「よろしくな。それで、さっきから暗い顔をしてたみたいだが、何かあったのか? そろそろクリスマスだってあるんだから、そんなに暗い顔をしてたらつまらないぜ?」

「……そのクリスマスが原因なんです」

「クリスマスが原因って……一体どういう事だ?」


 俺の問いに女子生徒は暗い表情のまま答える。


「……私の家は古くから続く呉服屋なんですが、父があまり外国の物が好きじゃない人で、そのせいか家にあるのは日本に昔からある物ばかりな上に食事も常に和食なんです」

「へえ……珍しい家だな。まあ、世界は広いから、そういう家があってもおかしくは無いか」

「そうかもしれません。ですが、そういう家なせいで、私の家では一般的にやっているような行事を小さい頃からやってきませんでした」

「……もしかして、それがクリスマスか?」

「……はい。クリスマス以外にもやった事が無い行事はありますが、私が辛いのはそういった行事を楽しみにしている人達の楽しそうな顔を見る事なんです。

 楽しそうに話をしている様子を見たりその声を聞いたりしていると、その楽しさを共有出来なくて哀しくなってきて……」

「なるほどな……」


 陽の言う通り、そういう家だってあってもおかしくない。けれど、だからと言ってその経験が無い事で哀しい思いをしないといけないというのも少し可哀想な気もする。彼女はこの先も同じような気持ちを味あわないといけないのだから。

 暗い表情を浮かべる彼女の顔を見ながら何か方法は無いかと考えていたその時、陽が手をポンと叩く。


「そうだ。それなら、クリスマスを祝えば良いんじゃないか?」

「クリスマスを祝うって……」

「陽……そういう行事をやらない家なのに祝おうっていうのは無理が無いか?」

「普通ならな。けど、もしも和風なクリスマスが出来たなら問題は無いんじゃないか?」

「和風なクリスマス……?」


 陽の言葉に疑問を感じていると、陽は頷きながらニヤリと笑う。


「そうだ。クリスマスみたいな行事をやってこなかったのは、あくまでも外国の行事だったからだろ? だったら、色々工夫して和風なクリスマスとしてやろうとすれば、そのお父さんももしかしたら認めてくれるんじゃないか?」

「それは……」

「たしかにあり得るかもしれないな。けど、どうやって和風にするんだ? 和風なクリスマスなんてイメージが沸かないぞ?」

「そうだな……俺も全部浮かんでるわけじゃないけど、クリスマスツリーをモミの木じゃなく日本に昔からある松にするのはありだと思ってるし、オーナメントも幾らでも工夫出来る。

 その分、本来のクリスマスらしさは薄れるだろうし、そうした事でお父さんに許してもらえるわけじゃないけど、やってみる価値はあるんじゃないか?」


 楽しそうに笑みを浮かべる陽を前に俺達は顔を見合わせた。けれど、俺達の間からその提案を否定する声は出ず、揃って頷いてみせると、陽はニヤリと笑う。


「決まりだな。それじゃあまずは連絡先の交換をしとこうぜ」

「あ、はい。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は星野美夜ほしのみよといいます。これからよろしくお願いします」

「うん、よろしく」

「よろしくな、星野。それと……今回の件が上手く行ったら、この独り身君と是非デートくらいしてもらえると……」

「陽、いらん事言うな。星野、コイツの言う事は気にしなくて良いからな。コイツはすぐ巫山戯ふざけるような奴だから」

「ふふっ……いえ、一緒にお出かけするくらい良いですよ。そういう経験も無いので、これも良い機会だと思ってやってみたいです」

「そ、そうか」


 星野から思いもよらない回答が返ってきた事、そしてそれが異性であり一般的には美少女と呼ばれるくらいの容姿の相手からだった事に俺は少しドキリとし、何となく気恥ずかしさを感じていた。

 そして、微笑む星野の顔を見て、頬が徐々に熱くなってくると、俺の様子を見た陽がニヤリと笑う。


「おやぁ? 樹、もしかして星野の返事を聞いて嬉しくなっちゃった系か? 美少女とのデートが出来そうなのを知ってワクワクしてる系か?」

「……うっさい、別にそんなんじゃないから。というか、やるのは良いとしても、準備って大丈夫なのか? 色々考えなきゃ無い事だってあるんだし、いつもみたいに余裕綽々ってわけにはいかないぞ?」

「大丈夫大丈夫。俺達二人は料理が出来るし、何を飾るかは相談して決めれば良い。それに、ウチにはがいるから、何かあったらバッチリアドバイスをもらってくるさ」

「クリスマスのプロ……?」


 陽の言葉に首を傾げていると、同じように疑問を感じたらしい星野が俺に話し掛けてくる。


「クリスマスにもアマチュアとプロがあるんですか?」

「いや、無いと思うけど……陽、どうなんだ?」

「まあ、一般的なクリスマスには無いけど、ウチにはそう呼んでも差し支えない人がいるって事さ。ただ、問題はどうやってツリー本体を用意するかだけど……そこはどうにかなる気がするし、あまり考えなくて良さそうだな」

「どうにかなるって……そんな適当で良いのか?」

「適当じゃなくて俺の勘だ。俺の勘はよく当たるって言われてるから、心配はいらないぜ」

「まあ……そこまで自信があるなら信じるけどさ」

「はい……」


 信じるとは言ったが、ツリー本体がどうなるかについては正直不安でしかなかった。だが、俺も星野もそれについてはどうにも出来なかったため、陽の言葉を信じるしかなかった。

 そして、俺達が不安を感じながら再び顔を見合わせていたその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「あ……」

「時間か。とりあえず、クリスマスまでは後2週間くらいだし、今日の内から夜に通話とかで話し合いをした方が良いな。それと、出来そうなら週末にも会って話がしたいけど、二人は時間を取れそうか?」

「週末……まあ、部活はもう卒業してるから、時間は取れるな」

「私も大丈夫です」

「了解。それじゃあ星野の初クリスマスに向けて頑張っていくぞ!」

「ああ!」

「はい!」


 陽の言葉に対して俺達は声を揃えて答えた。ツリー本体の件も含めて準備や星野のお父さんの反応など心配な点は多い。

 けれど、こうして星野と出会って話を聞いたのは何かの縁だし、星野自身も乗り気なら俺はそれを応援したい。そうする事で俺に得があるわけじゃないけど、ただ単に星野が喜ぶ顔が見たいと感じたのだ。

 もっとも、そんな事を口にしたら、陽からまたからかわれそうなので言わないが、出来る限り星野も星野の家族も笑って終われるようなクリスマスにしたい。誰か一人でも納得せずに終わるクリスマスなら意味は無いから。


 星野の不安そうだけどどこかワクワクした顔を見ながら俺は心にそう誓った。




 クリスマスイブの昼、俺達は星野の家にお邪魔し、協力してクリスマスパーティーの準備をしていた。


「よし……これで丸鶏の照り焼きなんかの準備もだいぶ終わったし、抹茶と餡子の和風ケーキも冷蔵庫にしまってある。それにしても……まさか星野の家でやる事になるなんてな」


 パーティー用の料理を作るために借りている台所を見回しながらそんな事を独り言ちる。

 星野家の台所は思っていたよりも広く、フライパンや電子レンジのような一般的な家庭にはあるような物も置かれていたり食材やレシピも事前に準備されていたりしたため、料理の準備自体は特に滞る事は無かった。

 ただ、星野の話ではお父さんは外国の物があまり好きではないとのだったのに、台所用品は色々揃えられていたし、準備前に星野に家の中を軽く案内してもらった時にも幾つか外国から伝わってきた物を見かけていたのが少し気になっていた。


「……まあ、好きじゃないというだけだから、家事や日頃の生活のためにそういう物は買ってあるのかもしれない。けど、引っ掛かる点はまだあるんだよな」


 引っ掛かっている点、その内の一つが開催場所がこの星野家という事だ。話し合いの初め頃は星野を俺の家か陽の家に呼び、星野の家族には星野自身の思いを伝えて許可を貰った上で行うという話になっていた。

 しかし、俺達と話をしていた星野の様子が気になってこの件を聞いたお母さんから、それならウチでやって欲しいと言われた事で開催場所が星野家になり、パーティーの準備をする間、お父さんには外で時間を潰してもらうようにお母さんの方から取り計らってもらっていた。

 そうしてもらえたのは正直助かる。けれど、お母さんが気になったくらいなら、お父さんだって星野が最近何をしているのか気になってもおかしくなく、星野自身から話を聞いていなくても娘が誰かと何かをしようとしていると勘づくはず。

 なのに、それについて星野達に問い質したりもせず、お母さんからの時間稼ぎのための用事も疑う事無くやってくれている。


「……本当に何も気付いてないという可能性ももちろんある。けど、お父さんが今回の件について怪しんでるとしたら、どうして俺達の計画について何も言ってこないんだ?」


 お父さんの思惑がわからない事に不安を感じていたその時、台所の入口側からこちらに向かって近づいてくる足音かも聞こえ、俺はそちらに視線を向けた。

 すると、台所に入ってきたのは、陽達の様子を見に行っていた星野のお母さんで、お母さんはゆっくりと近づいてくると、作っていた料理を見て少し驚いた様子を見せる。


「あら……とても美味しそう。聖山君、いつもお家でお料理をしているの?」

「あ、はい。普段は母の手伝いをしていて、休みの日には自分が代わりに作るようにしているんです」

「なるほど……ふふ、聖山君のお母様は本当に嬉しいと思うわ。いつもお手伝いしてもらっているだけじゃなく、お料理を作ってもらえるんだもの」

「そうでしょうか……」

「ええ、私はそう思うわ。日々料理を作る側からすれば、色々な事を加味しながら献立を考えたり他の家事との兼ね合いを気にしたりしないといけないの。

 でも、手伝いをしてくれたり料理自体を代わったりしてくれれば、他の家事にももう少し時間を割けるし、自分の日々の疲れを癒やす時間にも使える。端から見れば、それは少ない時間かもしれないけれど、それだけでも十分助かるものよ」

「そうなんですね……」

「ええ。だから、聖山君も無理をしない程度にこれからもそれを続けてみて。そうすれば、お母様も本当に助かるはずだから」

「わかりました」


 俺の返事を聞いてお母さんは嬉しそうに頷くと、何かを思い出したようにクスリと笑った。


「それにしても、ツリーの本体に使えそうなエゾマツが見つかって本当に良かったわ。娘から話は聞いてると思うけど、ウチではクリスマスやハロウィンのパーティーなんてした事が無くて、クリスマスツリーも用意した事が無かったから、どうしようかと思ってたの」

「そうですよね。でも、どうしてエゾマツが家にあったんでしょうか? 陽がクリスマスツリーならどうにかなる気がするって言ってたので、とりあえずその勘を信じていたんですが、形もちょうど良く剪定されて大きさも程良いエゾマツが家から見つかるなんて何だか都合が良いような気がするんです。

 それに、娘さんもあのエゾマツについては知らないと言っていましたし……」

「……そうね。たしかにちょっと都合が良いかもしれない。けど、クリスマスツリーとして使うのにちょうど良いエゾマツがあって困る理由も無いのも事実。

 それなら、これは娘のために頑張ろうとしてくれている貴方達へのサンタクロースからのプレゼントだと思えば良いんじゃないかしら? サンタクロースは良い子にはプレゼントをくれるというし、そう考えれば別に違和感も無いから」

「それはたしかに……」

「でしょう? それじゃあこの件についてはおしまい。部屋やツリーの飾り付けは美夜達がやっているけど、お料理は私達の担当だからお話しばかりしていると準備が終わらないもの」

「はい」


 お母さんの言葉に返事をした後、俺はお母さんと手分けをして料理の準備を再開した。そして

 、それから数時間が経って日もすっかり暮れてそろそろ腹も空きだした頃、飾り付けも終わってクリスマスツリーや料理の準備も済んだ居間の光景を見て俺は満足感に満ちていた。


「ふぅ……何とか形になったな」

「だな。でも、準備期間が短かったにしては結構頑張った方だろ」

「そうですね。これまでクリスマスを祝った事が無いので比較は出来ませんが、私は十分満足しています。お二人に手伝って頂いてここまで出来たんですから。聖山君、神代君、本当にありがとうございます」

「どういたしまして。けど、俺達も話し合いや準備は楽しかったし、俺達こそ星野にはありがとうって言いたいな」

「そうだな。けど……この事を星野のお父さんにはどう説明したら良いんだろうな。そう簡単にはわかってもらえるとは思えないし……」

「そうですよね……私が叱られるのは構いませんが、私のお願いを聞いてくれた聖山君達が怒られるのは申し訳ありませんし……」


 俺と星野が不安を感じながら俯いていたその時、お母さんは小さく溜息をついてから襖の方をチラリと見る。


「……あなた、そろそろ出て来たらどうですか? せっかく美夜とそのご友人方が頑張ってくれたのですから、それを確認するくらいはしても良いと思いますよ?」

「……え?」

「出て来たらって……え、まさか……!?」


 俺達が揃って襖に顔を向けると、陰から諦めたような表情を浮かべる星野のお父さんが現れ、居間にゆっくり入ってくると、陽はニヤリと笑いながらお父さんに話し掛けた。


「星野のお父さん、やっぱりそこにいたんですね」

「……やっぱり、か。どうやら君は私が襖に隠れて君達の様子を見ていたのを知っていたようだな」

「はい。それだけじゃなく、エゾマツを準備していた事や襖の陰に娘さんのためのプレゼントを隠してるのも気付いてますよ」

「え……」

「お父さん、それは本当ですか?」

「……そこまで気付かれてるなら嘘をつく必要も無いな。彼の言う通り、そこのエゾマツを準備したのは私だ」

「本当にお父さんが……ですが、どうして? お父さんはそういう行事が好きじゃないんじゃ……」


 星野が戸惑った様子で訊く中、俺は今まで感じていた引っ掛かりの正体がわかったような気がした。


「……もしかして、このエゾマツは娘さんのためですか?」

「え……?」

「この家を案内してもらってた時から気になってたんだ。お父さんが外国から伝わってきた物が好きじゃなく、クリスマスなんかをこれまで祝った事が無いのに家には日本古来からある物以外の物も幾つか置かれていた。

 あれはお母さんの日々の家事や家族の生活のためにそういった物は買ってあるからで、あのエゾマツもクリスマスツリーとして使うためにわざわざ用意した物なんじゃないかなと思うんだ。

 形も大きさもクリスマスツリーとして使うのにちょうど良い感じだし、たぶん星野が小さい頃からこのエゾマツは準備されてたんだと思う。良い感じに育った時にはこうしてクリスマスツリーとして使うために。そうですよね?」

「……そうだ。君達も知っているようだが、私は日本古来からある物の方が好きで、外国から伝わってきた物はそこまで好きじゃない。それに加えて、世間でハロウィンやクリスマスの事で騒いでいるのも煩わしさを感じていたため、たとえ子供が生まれてもウチではそういう事はしないと決めていた。

 だが、いざ美夜が生まれてくると、その考えは一変した。娘がそういった行事で喜び笑うその姿を見たいと親として思ってしまったのだ」

「でも……それならどうして今までそういった行事をやろうと言ってくれなかったんですか? そういう姿を見たいと思ってくれていたのなら、やろうとしてくれても良かったのに……!」


 星野が怒りのこもった声を上げ、それに対してお父さんが申し訳なさそうな表情を浮かべていると、お母さんはクスリと笑いながら俺に視線を向けてきた。


「聖山君、君ならその答えが分かってるんじゃない?」

「……はい。たぶんですが、これかなという答えは思いついてます」

「え……聖山君、それじゃあどうしてなんですか?」

「……星野が最初にやるクリスマスを特別な物にしたかったからだと思う」

「特別な物……?」

「ああ。俺や陽が自分の家でやってきたようにクリスマスはその時期になれば毎年祝ってる物だ。けど、初めてのクリスマスの体験っていうのは一度しかない。

 だから、星野のお父さんはそんな一度きりのクリスマスを娘にとって心から楽しめて特別な思い出になるような物にしたいと考えて、クリスマスツリー用のエゾマツやパーティーの料理用の食材を用意していたんだ」


 星野の話から感じ取れたお父さんの印象は自分の拘りに家族を付き合わせているただ厳しいだけの人というものだった。けれど、本当はとても家族思いで、家族に良い時間を過ごしてもらうためなら様々な工夫をこらそうとしたり気を遣ってくれるような優しい人なのだと家の中の様子を見てわかった。


「でも、星野に最高のクリスマスを過ごしてもらいたいと思うあまりその準備が整うまで星野にはクリスマスを経験して欲しくなかった。

 だから、そういうのはやらない家庭だと星野には伝え、お母さんにも協力してもらいながら自分の計画を勘づかれないようにしながら秘密裏に進めていたんだ。もっとも、星野からしたら今日までとても辛い思いをする事になってたみたいだけどな」

「……はい。他の人がクリスマスを楽しそうに過ごしていたり話をしていたりする様子を見て、私はどうしてそういった経験が出来ないのだろうと思い、寂しさと辛さを感じていました」

「……すまなかった、美夜。お前に最高のクリスマスを過ごしてもらいたいと思ってこれまで準備をしてきたが、私が想像していたよりも美夜には辛い思いをさせてしまっていたみたいだな」

「…………」

「美夜、お前にこの事を許してもらおうとは思っていない。だが、母さんは私の計画に協力してくれていただけで、全ての責任は私にある。それだけはわかってほしい」

「……そうですね。今日までの辛さを考えたら、お父さんの事を簡単に許す事は出来ません」

「…………」

「ですが、私のためにお父さんが頑張ってくれていたという事実はとても嬉しいですし、その事を蔑ろにするつもりもありません。なので、お父さんもこのクリスマスパーティーに参加して、私達の頑張りもしっかりと見てください。それで手打ちにしたいと思います」


 星野のその言葉にお父さんはとても驚いた表情を浮かべる。


「美夜……」

「私もお父さんとは特別な思い出を作りたいですから。それに、ようやく我が家を訪れてくれた頑固者のサンタクロースをそのまま帰すわけにはいきません。お父さんからは礼を尽くしてもらったら、それ以上のお返しをするように教えられてきましたから」

「……そうか。まったく……容姿は母さん似だが、その頑固で生真面目な性格は誰に似たんだろうな?」

「ふふ、そんなのはわかりきっていますよね?」

「そうだな。そういう事なら私もしっかりと参加させてもらおう。美夜が私の参加を望んでいるのに、それを断るなんて出来ないからな。それと……聖山君と神代君だったか。君達にもだいぶ世話をかけたな。美夜のために頑張ってくれて本当にありがとう」


 深々と頭を下げるお父さんを前に俺が照れくささを感じる中、陽はなんて事無い様子でニッと笑った。


「お礼なんて良いですよ。俺達だって話し合いや準備は楽しかったですし、良い経験をさせてもらいましたからお相子です。

 それに、今回の件はこの樹が廊下で偶然見かけた娘さんの様子に気付いたから出来た事で、話し合いや準備も樹が一番頑張ってくれてました。だから、一番感謝されるべきは樹なんですよ」

「陽……」

「そこで相談なんですが、樹を娘さんの許嫁にして色々学んでもらい、ゆくゆくはお父さんの跡を継いでもらって家業を盛り立ててもらうのはどうでしょうか?」

「え……あ、陽……?」

「樹は日頃から家事の手伝いをしているようですから、家庭内のあらゆる苦労も理解していますし、今回の件のように他人の感情の機微にもすぐ気づく事が出来る事から家庭を顧みないような真似はしないと思います。

 それに、結構真面目で一途なところがあるので、他の異性に目を奪われて娘さんを悲しませるような事も恐らくありませんし、学校の勉強も熱心にやっているので、呉服屋の事や和服の事などについても熱心に学んでくれると──」

「ちょ……陽、いきなり何やってるんだよ!?」

「何って……お前の売り込みだよ。今日までの事を思い返したら、お前と星野は結構気が合ってたような気がするし、お互いを意識してるような様子が見られた。

 だったら、今回の件をきっかけに二人をくっつけた上でその関係を親公認の物にして、今の内から優秀な呉服屋の店主を育てあげようと思ったんだ。お前だって星野の事は嫌いじゃないし、星野みたいなべっぴんさんが彼女になったら嬉しいだろ?」

「それは……でも、いきなりそんな事を言われても星野やご両親が困るんじゃ……」


 突然の陽の発言に困惑しながらも星野達に視線を向けた。すると、星野は頬を軽く紅潮させながら俯き、お父さん達は別に陽の発言に嫌悪感を抱いていない様子で微笑んでいた。


「私は聖山君さえ良かったら美夜の恋人になって欲しいと思うわ。まだそんなにお話はしていないけれど、聖山君はとても誠実で優しい人だと感じたし、聖山君の事を話す美夜の顔はとても楽しそうだったもの」

「うむ……偶然出会ったとはいえ、美夜の哀しみにも気付き、その上このクリスマスパーティーを成功させるために尽力してくれたのは本当に感謝しているからな。

 それに、どこの馬の骨とも知らぬ男に近寄って来られて美夜を不幸にさせられるくらいなら聖山君のような男に娘を任せる方がずっと良いだろう。この様子だと美夜自身も聖山君の事は意識しているようだしな」

「え、えっと……星野、ご両親はこう言っているけど、星野自身はどうなんだ?」

「……私も聖山君──いえ、樹君が恋人になってくれるならとても嬉しいです。最初は神代君と一緒に私のお願いを叶えてくれようとしている事への感謝の気持ちだけでしたが、話し合いや準備を一緒にしていく中で徐々に樹君の表情や仕草に惹かれ始めてる自分もいて、その内に樹君のように優しくカッコいい人が恋人だったらと思うようになったんです」

「星野……」

「樹君はどうですか? 樹君は私の事をどう思っていますか?」


 少し不安を感じているのか上目遣いで俺を見る星野の目は軽く潤んでおり、その魅力に溢れた星野の姿にドキリとすると、俺の心臓はドクンドクンと激しく脈打ち始めた。

 星野が話してくれたのと同じように俺も一緒に話し合いや準備を進めていく中で度々星野を目で追っていたりその表情や仕草に愛らしさや魅力を感じたりしており、俺自身もいつしか星野に恋愛感情を抱くようになっていた。

 けれど、俺達の関係はあくまでも初めてのクリスマスを成功させるための仲間であり、そんな想いを抱かれても星野が困るだけだと思い、この想いは伝えずに諦めるつもりでいた。


「……俺も星野──いや、美夜の事が好きだ。この先の人生で美夜以上に好きになる相手は出来ないと断言出来るくらい好きだ」

「樹君……」

「俺も美夜の色々な一面に惹かれだしてたし、美夜みたいな女の子が彼女になったらすごく嬉しいと思ってる。ただ、美夜はそうじゃなくて、俺達の関係はあくまでもクリスマスを成功させるための仲間に過ぎなくて、こんな想いを抱いても困らせるだけだと思ってた。

 でも、美夜の気持ちを聞いて俺はこの想いに嘘はつかないって決めた。この想いを押し込めて嘘をつくのは潔くないし、気持ちをまっすぐに伝えてくれた美夜に対して不誠実だからな」

「…………」

「美夜、俺の彼女になってくれ。今の俺はまだまだ力の無い若僧に過ぎないけど、どんどん色々な力をつけて、絶対に美夜の事を幸せにしてみせるから」


 心臓がまだ激しく脈打ち、これまでに経験した事が無い程の緊張と不安を感じながら美夜の返事を待っていると、美夜は俺の顔をジッと見てから嬉しそうに笑い、静かに俺の体を抱きしめた。


「美夜……」

「……樹君、これが私の答えです」

「……ああ、ありがとう。改めてこれからよろしくな、美夜」

「はい、こちらこそこれからもよろしくお願いします」


 美夜の体を抱きしめ返し、美夜から伝わってくる体の温もりと心臓の鼓動に愛おしさを感じた後、どちらともなくゆっくりと離れ、俺達は愛する恋人の顔を見ながら静かに微笑んだ。

 そして、一応陽にもお礼を言おうと思い、陽に視線を向けると、何か嬉しい事でもあったのか陽は携帯の画面を見ながら笑っていた。


「陽、何か良い事でもあったのか?」

「……ああ、お前達が恋人同士になれた事もそうだけど、ウチの妹の彼氏がクリスマスのプロ見習いとして今年もしっかりと頑張ってきて今はウチで妹達と楽しそうにしてるみたいだからさ」

「クリスマスのプロ……そういえば、あの時もそんな事を言ってたけど、結局クリスマスのプロって何なんだ?」

「クリスマスには欠かせないあの人の事だよ。さあ、そんな事より俺達も目いっぱいクリスマスを楽しもうぜ。せっかく豪華な料理もあって、俺達にとって嬉しい事が二つもあったんだからさ」

「……ああ、そうだな」


 陽の言葉に返事をし、美夜達も揃って頷いた後、俺達にとって色々な初めてで溢れたクリスマスパーティーを始めた。

 こんなに楽しいパーティーが出来ているのも美夜と恋人同士になれたのも偶然美夜を見かけた事がきっかけだったが、今の俺にとってあの出会いは少し早いサンタクロースからのクリスマスプレゼントだったんだと思えた。

 そして、このプレゼントに対しての感謝を述べる事は出来ないけど、その代わりに俺もいつか出来るであろう家族のために陽の言うところのクリスマスのプロになろう。

 そうなっている自分の姿を想像してクスリと笑っていると、隣に座る美夜がそっと俺の耳元に口を近付けてきた。


「樹君、今日は本当にありがとうございました。樹君は私にとってお父さんに負けないくらいとても素敵なサンタクロースですよ」

「……うん、ありがとう。美夜、メリークリスマス」

「はい、メリークリスマス」


 嬉しそうに言う美夜の言葉に頷いた後、俺は幸せと温かさを感じながらこれまでで最高だと言える程に楽しいクリスマスパーティーに意識を向けていった。

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