心臓怪火 2
急に着物の男はそんなおかしな質問をしてきたので、俺はつい笑ってしまった。
殺したい奴なんて、訊かれなくても生きてりゃ一人や二人くらいは居るだろうに。
「はっはっ! なーに言い出すのかと思えば、お兄さん、そんなんいるに決まってんだろ!?
あのクソ上司さえいなけりゃあ、俺が天下取れるってのによぉ!
他の奴らも見る目がねぇぜ」
言いながら俺が面白可笑しくなって笑っていると、着物の男は柔かに微笑みながら小さな瓶を差し出してきた。
その瓶の中には赤い液体が入っている。
「貴方の願い、叶えられると言ったらどうしますか?」
「は?
どういう事だよ?」
着物の男が手に持つ赤い液体の入った小瓶と、着物の男の顔を交互に見ながら俺はそう問い掛ける。
まさか、こいつ裏の人間なのだろうか?
だとしたら、関わったら危ない。
いつもの俺だったら、きっと聞く耳も持たずにそこで家に帰っただろう。
しかし、その夜だけは、そうしなかった。
この着物の男の話に、ほんの少しでも興味を持ってしまったのだ。
「そのままの意味ですよ。
貴方には素質がある。
選ばれた者なのです」
「素質? 選ばれた?
何かよく分からねえが、そう言われると悪い気はしねぇな」
俺は揶揄う様に着物の男の肩をバシバシと叩いた。
選ばれた、だなんて、まるで何かの物語の主人公にでもなった気分だ。
そんな事を言われれば、誰だってちょっとは興味が湧くものだろう?
「そんで何かい?
その赤い血みたいな液体でも飲めば俺はたちまちトップになれるとかって事かい?
って、そんな漫画みたいな話あるわきゃねぇか」
「もし、あったとしたら?」
冗談のつもりで笑いながら話していると、依然着物の男は相変わらず薄い笑みを浮かべてそんな事を言ってきた。
まるで本気だとでも言いたげなその瞳を見て、俺はぴたりと笑う事をやめる。
「そりゃあ本当にそんな事出来たら願ったり叶ったりだよ。
喉から手が出るくらいには欲しいさ」
「なら、この力を差し上げますよ」
すると、着物の男は小瓶の蓋を開けたかと思うとたちまち俺の目を目掛けて小瓶の中の液体を振るってきた。
「なっ!?
てめー何する……
うっ、うぐぅ……」
俺は慌てて目を閉じて、飲みかけの缶ビールを手放し両手で液体を拭おうとしたが、しかしちっとも拭けなかった。
ーー何故?
男が戸惑うのも無理はなかった。
何故なら液体はまるで意思を持っている生き物かの如くぬるりと男の手を避けて閉じた瞼の中に侵入していったのだから。
「い、痛いっ! うぅっ!
ああ!」
目にまるで針が刺さった様な激痛が走り、俺は居ても立っても居られず膝からくず折れる。
それからどれほど時が経ったのだろうか?
その痛みは永遠かと思われていたが、徐々にそれは引いていった。
「どうですか?
目を開けてみて下さい」
着物の男に呼びかけられ、いつもの俺ならここで着物の男に何しやがったとキレている筈なのに、何故かそんな感情は湧かず大人しく目を開けた。
男の瞳は緑色から、先程の液体と同じ鮮やかな赤色に変化していた。
しかし鏡もないこんな路上では、男は自身の瞳の色の変化など分かる筈もなかった。
「どうやら上手く適合した様ですね。
まあそれでも生き延びられるかは貴方次第ですが。
では私はこれで」
着物の男はそう言うとフラリと姿を消した。
「あ、ああ!
あっつい! 熱い!」
熱い…… 熱い! 熱い!!
身体が、まるで全身丸焦げにでもなったかと錯覚するくらい熱くて堪らなかった。
それから俺は燃える熱さの中紫のシャクヤクの花を一輪口から吐き出し、そのまま倒れてしまった。
……何故か口から吐き出したシャクヤクの花は、体液で濡れる事なく綺麗な状態だった。
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