何れ人か神の花〜今日も殺し損ねた少女と一つ屋根の下で暮らしています〜

本田ゆき

第一章

心臓怪火 1

 ここはウィスタリアという小さな国。


 この国はあらゆる面で出来過ぎている程に住みやすいとされていた。


 まず、四季が比較的はっきりとしており、気候も穏やかで農作物も採れ、海もあるので漁業も盛んだ。


 そして、多種多様性だのごちゃ混ぜ文化だのと言われるほど海外からの移民も多く、元々が現地人だという人の方が少ないのではとも噂されている。


 そのお陰で、表向きには色んな国の文化を楽しめる人気の観光スポットとして……

 そして、裏向きには故郷の国では生きていけない様なならず者が紛れ込める土地として、本当にあらゆる人達にとって住みやすい国となっていた。


 なので勿論犯罪率も高く、いつだって人が殺され、盗みが多発し、マフィアだの殺し屋だのがいたりと物騒な事件が横行していたりするのだが、不思議と暗黙の了解で表の人間と裏の人間はきちんと棲み分けしており、興味本位やおかしな事に巻き込まれでもして裏の世界にさえ足を踏み入れなければ基本的に犯罪に巻き込まれる様な事はないという風に奇妙なまでに上手い具合に出来た仕組みになっている。


 要するに裏の世界は大体自業自得の人達の溜まり場なのだ。

 まあ、時たま不運にも何もしていないのに巻き込まれる人も居るらしいが……。


 そして、俺はそんな一風変わった国に住んでいる、ごくごく普通のサラリーマンだ。


 俺は生まれも育ちもこの国なのだが、掘りの深い顔に金色の短髪、緑色の目という外見から恐らく欧米人の血が強いと言われている。


 勿論表側の人間であり、裏の人間と関わるなんて馬鹿な事はしない。


 そんな俺は今日も今日とてスーツを着て、会社の愚痴を溢しながら缶ビールを飲んで家へと帰るために歩いていた。


「ったく、何なんだよあのクソ上司。

自分は楽な仕事ばっかりして下っ端の俺らには面倒ばかり押し付けて上の奴に媚売って出世しやがって!

俺だって出来るってのによぉ」


 大分飲み過ぎてしまったか、足元が少しふらつくが、まあこの程度なら問題なく家に帰れるだろうーー。


「おやおや、随分と荒れていますね?」


「ん?

誰だてめー」


 そんな俺の前に、黒い羽織を纏った若い青年が優しそうに微笑みながら声をかけて来た。


 歳は恐らく二十三、四くらいで、その黒い羽織の下には黒い着物を着ており足元は黒い足袋に草履を履いている。


 そして、髪はサラサラの黒髪に瞳も黒く、その肌だけが対照的に白く見えた。


「何だいお兄さん、和装だなんて珍しい格好してんな?

まあこの国は色んな人種のるつぼだか言われてるけどよぉ」


 俺は着物の男の出で立ちを不思議な物を見る様に眺めながらそう言った。


「ああ、この服お気に入りなんですよ。

ところで……貴方には殺したい程憎い人がいますか?」

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